2014年08月01日

国を愛して何が悪い146

仏教伝来が、古代日本に与えた影響を考えることは、とても、重要なことだ。
ものの考え方、つまり、思想というものは、根本的な精神活動を促がすものになる。

仏教伝来は、欽明天皇から、推古天皇で、日本書記は、その当時のことを仔細に、説明している。

だが、
いま読んでみると、仏教というこの全く新しい思想に直面したとき、古代上流氏族の示した反応は、宗教的にはおそろしく張合いのにいものだった。
と、亀井は、書く。

少なくとも聖徳太子の出現までは、仏教伝来の過程とは、古代史上、同属間の流血の歴史であった。
亀井

そのことは、後で説明するが・・・
仏教というものが仏像によって、入って来たことが大きく関係していると、私は思う。

勿論、仏典も多く入ったが、目に見える形では、仏像である。
それが、拝む対象であることが、重要だ。

それ以前は、そのような拝むような対象にする、像は何一つ無い。

そして、古代の造形美術は、仏像制作の形で、昇華したのである。
その造形美術は、今尚、多くの人の心に、感動を与える。

だから、当時、仏教とは、新しく拝むもの、その対象として、成り立ったはずだ。

だが、そこで問題が起きる。
つまり、それを受け入れる氏族と、それに反対する氏族である。

仏教伝来の過程とは、書紀に即してみるかぎりでは、要するに蘇我一族独裁の確立過程であり、入鹿までをふくめると、蘇我一族三代にわたる一篇の殺人物語が構想されそうである。書紀の編纂者は、皮肉のつもりではなかったろうが、これが崇仏派の勝利の記録であった。
亀井

蘇我氏と、物部氏の氏族争いに発展する。
そして、蘇我氏が勝利した。

その間に、色々な事件があるが・・・省略する。

崇仏と殺人とは、矛盾なく、平然と行なわれたらしい。或いは矛盾の苦悩や告白があったとしても、伝わらなかったのであるか。一方でおびただしい血を流しながら、同時に最大の崇仏派といわれる蘇我馬子ほど奇怪な存在はない。
亀井

少し話は逸れるが、新しい宗教の受容に際しては、いつものことながら、殺人が行なわれる。それは、世界史全体に言える。

古い宗教を根絶やしにする。つまり、皆殺しにするのである。
それ程、宗教の持つ、狂気は、激しい。

そこで、元々の日本の、神ながらの道、との関係は、どのようなものになったのか。

ここで、当時、仏のことを、審神、となりのかみ、と呼んだことを加えておく。
隣の神という意識である。

それ以外に、何も知らないのである。
それ故に、日本の神々の祟りを怖れたのである。

「神ながら」と「仏教」との対立は、信仰内容についての対決などというものではなく、主としてこの「祟り」をめぐっての恐怖からの争いであったように思われる。それが政権争奪と露骨にむすびついて展開した。
亀井

つまり、蘇我馬子も、書紀では、その入信の様を、舎利の奇蹟と伝えている。

奇蹟とか現世利益とか、いづれにしても功利的な性格をつよく帯びた信仰であったらしい。
と、亀井も、書く。

仏教の教義や、教えなどというものではない。

そして、蘇我一族が、勝利してから、人々は、自然の異変に対しては、神々に祈り、病気については、仏に念ずるという、形に進んで行くのである。

仏教礼拝は、とくに病苦にむすびついていたようである。たとえば法隆寺建立の発願の動機は、用明天皇の病気であり、薬師寺建立の発願の動機も、天武帝皇后の病気である。
亀井

仏教の役割が、病に対するものになって行った過程がある。
それは、新式の加持祈祷から、薬博士、採薬師などを伴ったことによる。

新しい文化への、医学的信頼が芽生えた。
仏教が、その代わりになったと、言えるのである。

それは、当時としては、最大の魅力だった。
仏教というものが、浸透して行ったのは、まず病苦からの解放である。

奈良朝に至っても、同じことで、特に、薬というものが、信仰と結び付いたといえる。
そして、それと合わせての、加持祈祷である。

その意味で功利的だが、しかしいかなる信仰も、動機のなかにはこの種の功利性をふくむものだ。直接的な恐怖が存するからである。
亀井

それでは、神ながらの道、とは、曖昧であるが、区別があったといえる。

多くの自然災害では、神ながらの道、を。
病の時は、仏を念ずる。

以後、神仏混合が生まれる素地が出来上がる。

殺人があったとはいえ、大量殺人ではない。
氏族の争いである。
一般民衆が、犠牲になったということではないのが、幸運だった。

これが、西欧、中東などの場では、民族虐殺ということに、発展する。
posted by 天山 at 06:01| 国を愛して何が悪い3 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月02日

国を愛して何が悪い147

八百万の神々と、その裔と、様々の自然現象の神格化と、一種の汎神的性格をもつ「神ながら」は、もとより宗教的体系ではない。多神教とか汎神論という名称も実は不適当であり、そもそも「神道」ですらない。宣長の指摘したように、その点についてはおよそ「道々しき意も語も見えず」であり、その存在とは「おのづからのまにまに」という以外にないようなものだ。神像も所有しなかった。玉と鏡と剣によって象徴され、神と人との交わりの上で具体的に捕捉しうるものとしては、言霊美以外にない。神語、祝詞、寿詞、うた等の表現を通して、言霊美によって、神々の作用を感受し、或いは反応する。
亀井

更に、
外来思想の刺激に対して、論理的に反応を呈するようないかなる構造も所有しないのである。無体系のまま、結果としては、無限の抱擁性を示しながらの「神ながら」である。
亀井

まさに、今、現在もそのようである。
神仏混合は、仏教側によって、成ったものであり、神ながらの道からは、別に歩み寄りは無い。その必要が無かったのである。

つまり、抱擁性というもの。
仏教、儒教、さらには、道教というものの影響も、その抱擁性の中に取り込んでしまった。
恐るべき、抱擁性である。

対して、仏教は、人間の生死についての思索、来世の明確な観念を持つ。
そして、思想としては、体系的である。
しかし、一つだけ、神ながらの道と共通するのは、強烈な反撃、非寛容は無い。

一神教のような、排他的、非寛容は、無いのである。

ここに、
「神ながら」と仏教との、こうした性格から、ここには西洋的な意味での「転身」は生じない。つまり「神ながら」を徹底的に否定し、それを捨てて仏教へ帰依するとか、逆に仏教を峻拒して、「神ながら」を固執するといった、肯定否定の強烈な態度はみられない。異質的な信仰は、同一人の内部でも共存していたのである。
亀井
ということになる。

古代日本の、もし、それを信仰というならば、実に、宗教というものの、姿が、全く、異なるのである。

宗教とは、レリジョンという英語であり、更に、宗教とは、ユダヤ、キリスト、イスラム教に言えるのである。

日本には、宗教と言えるものが無いと、断定した方が、すっきりする。

西欧の宗教学が、輸入されてから、宗教という観念が発達し、更には、日本の神道までも、宗教と判断されるようになった。

神道は、宗教ではないとも、言える。
古代からの、伝統である。

だから、宗教としての神道とも、言えないと、亀井は言う。

天皇からはじめ、氏族たちも、神祇祭祀と仏教礼拝を、同時に行なっている。

更に、出家した後も、神々、神社に対して、軽んずることがなかった。

これは、奇跡的にことである。

シルクロードの仏教国は、現在は、皆、イスラムになっている。
それには、大量虐殺が、行なわれた。

一神教が、関わると、そのような事態に陥るのが、当然なのである。
日本には、そのようなことが、無かった。

私は、ここに、日本人の無限抱擁性を見る。

その、無限抱擁性が、民族の特徴だとすると、日本は、日本文明圏といえるし、また、世界の何処にも無い、国と言える。
そして、そこから、あらゆる外来の思想から、技術から、何から何まで、自国のものにしてしまう、特技、才能があると、言える。

明治期、西洋から、多くのことを学んだが、結局、皆々、日本流にして、咀嚼し、そして、日本製を作り上げてしまったのである。

見事な民族である。

無限抱擁性とは、母性的である。
つまり、日本の精神を作り上げたものは、その、母性的精神であるとも、言える。

縄文期、日本は、遺伝子学から、人種の坩堝だったことが、証明されている。
そこにも、何らかの、影響があるのかもしれない。

更に、縄文期は、争いというものが、無かったことも解っている。
争うことなく、共生、共存出来た、風土であったとも言えるのだ。

さて、亀井氏の、言う、神人分離の考え方からも、その自覚が、芽生えてきた時期の、仏教伝来であった。

「神ながら」の状態そのものが、次第に変化し、或いは崩壊し、神から別れを開始した人間と、人間であることの悲劇の自覚の発生と、この過程(私は精神の流離とも呼んできた)に対して、応えなければならない何ものかが必要であったということだ。
亀井

人間としての、自覚・・・
それは、様々な自然現象、更に、病などによる、無力など。
曖昧な精神的意識から、明確になりつつある、精神的自覚である。

ただし、それでも、仏教は、まだ、多くの人の心に、語り掛けるほどの思想を提示しなかった。また、それを欲しなかった。

ただ、一人、聖徳太子が存在するのみ。
仏教の内面化を試みた人であった。

彼は、仏典の解釈まで、書き残している。
そこには、仏教伝来と、蘇我一族を巡る、古代史上最大の、同族殺戮の続いた過程が、大きく影響していたと思われる。
彼も、蘇我家の血を引く者の一人だった。
posted by 天山 at 06:00| 国を愛して何が悪い3 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月03日

国を愛して何が悪い148

仏教伝来の過程とは、蘇我一族をめぐっての、古代史上、最大の同族殺戮のつづいた過程であった。

馬子、蝦夷、入鹿と、蘇我三代の間に、起こった悲劇である。
馬子の独裁確立までには、一帝、二皇子、二氏族の巨頭、帰化人顧問らが、殺害されている。
勿論、他にも、多くの人の死がある。

そして、三代に殺された主なる人々は、血族であったという、事実である。

しかし、蘇我氏は、同時に地方では、しきりに寺を建て、仏教崇拝を行なっている。

ところで・・・
もし、蘇我氏が天皇家を廃して、王朝を創ったならば・・・
今の、日本の姿は、無かった。
権力闘争の歴史が、延々として、続いたことだろう。

天皇家の存続が、日本という国の、骨子、基礎となり、権威というもので、国を統一出来たと言える。

一時期の、戦国時代は、実に不幸な時期である。
だが、それでも、天皇の権威は、失われることがなかった。
また、武家たちも、それを考えることがなかった。

天皇を敵にすることは、国民を敵にすることと、同じとして、考えられたのである。
それは、天皇が、国民の側に立っているからである。

その天皇には、誰一人、敵は存在しなかった。

皇居の佇まいを見れば、一目瞭然である。
いつでも、天皇を襲うことが出来る程度の、建物だった。

蘇我氏は、古代の最初の、朝敵と言える、家系だったと、私は言う。

馬子の父は、朝鮮からやってきた、帰化人である。
馬子で、二代目となる。

そして、また、蘇我氏は、朝鮮からの帰化人を、顧問として置いていたことである。
彼らが、様々な陰謀を巡らしたとも、考えられる。

さて、その朝鮮から仏教も渡来してきた。
そして、その来たものは、大乗仏教である。
ここに、日本仏教の最大の、汚点がある。

それは、大陸、中国から、朝鮮を通って来た。
その間に、どれほど、大乗仏教が、変節したか・・・
大乗仏教自体が、変節したものである。

ただし、救いは、その慈悲性、抱擁性にあった。
日本古来からの、かんながらの道に対決することはなかった。

対決させたのは、蘇我氏と、物部氏の豪族の覇権争いの形相である。
仏教の問題より、そちらが重大だ。

さて、一人、仏教を内面化させた、聖徳太子であるが・・・
それについては、省略する。

確かに、聖徳太子の仏教理解の精神は、後々まで、日本の精神に影響を与えたと考える。しかし、その内容については、これからの精神史を見つめて行くことで理解出来る。

それより、重大なことがある。
日本の精神である、歌道の発祥とも言える、万葉集である。
その、万葉集には、仏教のことが、一切取り上げられていないというより、歌が無いのである。

推古朝から奈良朝にいたる期間は、幾多の大寺をはじめ、無数の氏寺、知識寺、国分寺等の建立された時代である。仏教芸術の黄金期と称されている。一般の民間人からは遊離した存在ではあったが、それにしても、何らかの表現が万葉集に残っていてもいい筈だ。また仏教に帰依した皇族氏族もいたわけだから、歌のかたちでの信仰告白があってもよさそうに思う。
亀井勝一郎

だが、全く、それが無いのである。

万葉びとは、一切、仏教に関する歌は、詠まないのである。

これが、謎である。
そして、これを解けば、何かが解るのだろう。

亀井の解くところを見る。
歌の伝統の深さ、それは殆ど生理的と言ってもいいほど心に密着していたためであろうか。神人分離という時代苦をにないながらも、言霊の美による鎮魂という、太古からの原則はきびしく守られ、それは帰依とはっきり区別されていたためであったのか。そもそも発想の根本が異質のものである。たとえば仏教徒であった聖武天皇も、歌となれば態度は全く別である。同時に、万葉びとの生へのつよい讃美、執着、現世肯定の態度とも関係があったろう。

そのようである。
そこで、歌の伝統の深さである。
万葉集以前に、すでに歌の伝統があったのである。

万葉集に結実する以前から・・・
その精神が存在した。
だから、深い伝統なのである。

それは、ここで言う、太古以前、縄文期から続いていた、精神の系譜である。
歌は息遣いである。
それが、長い年月をかけて、作られて行く。
深い伝統と言われる程の年月である。

少しばかり前に渡来した、仏教には、係わり得ないことだった。
更に、仏教の教えがまだまだ、未熟であった。
その理解に達するには、漢文の仏典を我が物にしなければならない。
咀嚼するために、長い年月が必要である。

勿論、仏典により、日本人は、体系的な思想というものを、見ることが出来た。
日本の精神は、鎌倉時代に出来たという、禅家がいるが・・・
違う。
それは、単に、漢字かな混じり文が完成したということである。

精神は、それ以前に、歌という姿で、成り立っていたのである。
そして、その歌は、仏教が根付くと共に、更に、深まって行った。

日本の伝統、歌の道は、廃れることがなかった。
現在も、尚、更に。
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2014年08月04日

伝統について72

笠無みと 人には言ひて 雨障み 留りし君が 姿し思ほゆ

さかなみと ひとにはいひて あまつつみ とまりしきみが すがたしおもほゆ

笠がないからと、他人に言って、雨を避けて留まった君の姿が、思われる。

何のことは無い歌である。
ただ、姿を思うに、すべてがこもる。
その姿を、忘れなれないのである。
恋だ。

妹が門 行き過ぎかねつ ひさかたの 雨も降らぬか そを因にせむ

いもがかど ゆきすぎかねつ ひさかたの あめもふらぬか そをよしにせむ

妻の門の前を、通り過ぎることが出来ない。久方の雨が降って来ないのか。それを口実に、家に入られるのに。

通い婚の時代の、特徴的な歌。
妻の家に入る、口実が欲しい・・・

夕占問ふ わが袖に置く 白露を 君に見せむと 取れば消につつ

ゆふけとふ わがそでにおく しらつゆを きみにみせむと とればけにつつ

夕方の道に、恋占いをしようとして立つ私の、袖に置いた白露を、あなたに見せようと手に取れば、消えてしまった。

当時は、辻占という、道に立ち、人の言葉を聞いて、それを占いとした。
その際に、袖の白露を、相手に見せようと思うが、儚く消えてしまった。
それは、恋の占いの暗示か・・・

恋も儚く、消えるのか。

桜麻の を原の下草 露しあれば 明してい行け 母は知るとも

さくらをの をふのしたくさ つゆしあれば あかしていゆけ はははしるとも

桜麻の、麻原の下草には、露が一面におりている。夜が白んでから、お帰りください。母に知られたとしても。

母に知られてもいいと言う。
つまり、大胆である。
それ程、心に決めた相手なのだ。

当時は、結婚相手を母が認めるか否かが、問題だったのだ。

待ちかねて 内には入らじ 白袴の わが衣手に 露は置きぬとも

まちかねて うちにはいらじ しろたえの わがころもでに つゆはおきぬとも

待ち続けている。家の中には、入らないで。白袴の袖に、露が置かれても。

袖に露が置かれる。そのままで、待ち続けている。
冷たい、露に濡れて待っているのである。

朝露の 消やすきわが身 老いぬとも また若ちかへり 君をし待たむ

あさつゆの けやすきわがみ おいぬとも またをちかへり きみをしまたむ

朝の露のように、消えやすい我が身は、年を取っても、また若返り、あなたを待つのだ。

つまり、永遠に・・・
恋し続ける、心を歌う。

老いたとしても、また、若返り、あなたを待つ・・・
この強い思いが、歌を歌わせる。

言葉に力があることを、信じるのである。

言霊・・・
自然発生的に、そのような考え方を持った日本人である。
posted by 天山 at 05:59| 伝統について2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月05日

霊学172

さて、シュタイナー、神智学の第一巻を読んでいる。
次ぎは、三つの世界である。

魂の世界

人体を構築している素材と力とは、物性の世界から取り出されている。人間はこの世界についての知識を、外的感覚の知覚を通して得ている。この感覚だけを信頼して、もっぱらその知覚能力だけしか開発しようとしない人は、他の両世界、魂の世界と霊の世界について何も知ることができない。
シュタイナー

簡単に言えば、魂、霊の世界を知るための、努力が必要であり、人間は、そのように進化するものである、ということである。

人は「霊的」世界に対立する意味で、物質界を「感覚的」世界とも呼んでいるのである。
シュタイナー

そして、シュタイナーは、この誤解を避けるために、「高次感覚」という言い方をする。
この、高次感覚を得ること、それが、神智学の目的である。
また、その方法も伝授するのである。

それで、また、延々と理解するための、議論が続くが・・・
省略して書くことにする。

本質は現象の背後には存在しない。本質とはむしろ、現象を通して表面に現れてくるものなのだ。本質はいくらでも多様化されるから、別の感覚に対しては別の形姿で自己を現すことができる。その場合でも現れているのは常に本質的部分である。ただ感覚に限界があるために、その本質が全体的本質ではないだけなのだ。
シュタイナー

感覚に限界があるから、その本質が全体的ではないとは、理解できる。
全感覚を開くことは、人間にはできない。
しかし、シュタイナーは、それを求める。

高次感覚を開発するには、人間が、努力しなければならないのである。

人間のために物質的環境世界を知覚し、それに適応できるに足る身体を育成してくれるのが自然であるとすれば、魂界と霊界を知覚するに足る魂と霊を育成することができるのは、人間自身だけである。
シュタイナー

確かに、その通りである。
人間だけである。
それだけの、能力がある。
また、それだけの、創造力がある。

妄想でなければ、いいのだ。

自然自身がまだ発達させなかった高次の器官をこのように育成することは、自然に反した行為ではない。なぜなら高次の観点から見れば、人間が為し遂げるどのような事柄もまた自然に属しているからである。
シュタイナー

つまり、それは、異常なことではない。自然なことである。

魂界や霊界は物質界の隣にあるものでも、その外にあるものでもない。それらは空間的に物質界から区別されているのではない。
シュタイナー

つまり、魂的、霊的に目覚めた人に、以前は物体として現れていた事物が、魂的、霊的特性を、明らかにする。

この目覚めた人・・・
この、目覚めた人になる為に、シュタイナーが説いている。

高次の器官とは、魂や霊でできた組織ということを、知るべきだと、言う。

当然である。

したがって高次の世界で知覚されるものが霧のように稀薄な物質的素材であるかのように予期してはいけない。そのように予期するかぎり、ここで「高次の世界」と呼んでいるものを、明瞭に理解することはできないだろう。
シュタイナー

そして、その段階に達するためには、容易ではない。

魂的、霊的なものが物質の微妙な形態に過ぎぬという偏見をまず除こうとしさえすれば、それ程到達し難いものではない。
シュタイナー

われわれの、周囲の世界を、ただ肉体の感覚が教えるものから知ろうとしても、無理なのである。

われわれの胃、心臓、肺、脳を構成し支配している素材と力が物質界のものであるように、われわれの衝動、欲望、感情、情熱、願望、感覚といった魂の特性は魂的世界のものである。人間の魂は、肉体が物体的世界の一部分であるように、魂的世界の一部分なのである。物体の世界と魂の世界との第一の相違は、後者の世界のすべての事物や本性が前者の世界の場合よりも、はるかに精妙で動的で、自由に形態を変えうるということであろう。
シュタイナー

物質界とは、全く異なった、新しい世界と言う。

物質界における物質的素材や力の場合と同様に、魂の世界の存在者や構成体も、魂的素材から成り、魂的力の支配をうけているということがいえる。
シュタイナー

上記を読めば、当たり前のことである。

魂の世界の存在者や構成員・・・
ここからが、問題になる。

存在者も、構成員も、我々、つまり、私であろう。
何故、存在者と構成員が出てくるのか・・・

これからそれを見てゆくが・・・
突然として、飛躍するのである。

つまり、私の、魂的存在、霊的存在が、存在するということ。
これが、かく乱させる元である。

posted by 天山 at 05:51| 霊学3 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月06日

霊学173

物質界の構成体が空間的拡がりと空間的運動とを固有のものとしてもっているように、魂界の存在者や構成体は敏感な反応と衝動的欲望とを固有のものとしてもっている。それ故魂の世界は欲望=願望の世界、もしくは「欲求」の世界とも呼ぶことができる。
シュタイナー

シュタイナーの説明は、混乱する。
これから、また、説明が続くが・・・

こういう言い方は人間の魂の世界から取ってこられている。
シュタイナー

繰り返しと、勝手な解釈である。

したがって、ここで確認しておかなければならないが、魂の世界の中で、人間の魂以外の諸部分に現れる事象は、ちょうど外なる物質世界の素材や力が人体を構成している素材や力と異なるように、人間の魂の諸力とは異なっているのである。
シュタイナー

翻訳が悪いのか・・・
上記は、魂の世界の中で・・・
人間の魂以外の諸部分に現れる・・・
人間の魂の諸力とは異なっている・・・

(衝動、願望、要求は魂の世界の素材に対する名称である。この素材的部分は「アストラル的」と特徴づけられる。魂の力の方がより考慮されるなら、「欲望存在」について語ることができる。しかし「素材」と「力」とをこのように区別したとしても、物質界におけるような厳密な区別にはなりえないということを忘れてはならない。或る衝動を「力」と呼ぶこともできるし、「素材」と呼ぶこともできる。)

混乱させ、かく乱させるのならば、その霊界は、魔系に近い。

魂の世界には物質界とまったく異なる法則が支配している。
シュタイナー

当たり前である。

ところが魂の構成体の多くは当然他の世界の構成体と結合している。たとえば人間の魂は肉体と結合しており、人間の霊とも結合している。それ故人間の魂の中のいとなみは同時に体や霊の世界の影響をうけている。魂の世界を観察するときには、このことが考慮されなければならない。そして他の世界の働きによるものを魂の法則であるとは思ってはならない。
シュタイナー

繰り返し、くどい説明が続くのである。
そして、拡散してゆき、その拡散から、一体、どこの霊学に飛躍するのであろうか。

魂的事象と物質的事象のひとつの重要な相違は前者における相互作用が本質的に内的であるというところにある。物理空間にたとえば「衝撃」の法則が働いている。・・・
魂の空間においては、互いにぶつかる二つの構成体の相互作用は両者の内的特性に依存している。それらはもし相性がよければ、相互に浸透し合い、いわば合体する。もし相反する特性をもっていれば、相互に反発し合う。
シュタイナー

普通に、当たり前のことなのだが・・・
特別に聞えるのである。

それでは、このまま続けてみる。

魂の世界の事情に通じるための第一の仕事は、物質界で固体、液体、気体の区別を立てるのと似た仕方で、その構成体を分類することであろう。そうするためには、このためにもっとも重要な二つの根本的な力を知らなければならない。すなわち共感と反感とである。魂的構成体の中でこの二つがどのように作用し合っているかが、その構成体の種類を決定する。
シュタイナー

そして、更に、区別と、区分けをしてゆく。

ここで、共感とは、魂的構成体が、他のものを惹きつけ、他のものと融合しようとし、他のものとの相性を強く働かせる力である。となる。
それでは、反発とは、その逆だ。

そして、それには、三種類の魂的構成体があるという。

第一は、反発が、共感に勝る場合である。
第二は、共に同じ力がある。
第三に、共感が、反発に勝る場合である。

それを、延々と、説明する。

そして、その後に、
魂の素材のより高次の諸段階は、反発が完全に退き、共感だけが本来の作用として現れることによって特徴づけられる。
と、いうことだ。

その場合、この共感の働きは最初魂的構成体そのものの諸部分の内に現れる。この諸部分は相互に惹きつけ合う。
シュタイナー

だから、共感というのだろう・・・とは、考えない。
何せ、説明、そして説明である。

或る魂的構成体内部の共感の力は快と呼ばれるものの中に現れる。そしてこの共感のどのような場合の減少も不快なのである。寒さが減少した熱さに過ぎぬように、不快はただ減少した快に過ぎない。
シュタイナー

私も、次第に、笑みがこぼれてくる。

快と不快とは人間の感情の世界(狭義での)としていとなまれているものをいう。この意味で感じ取るということは魂が自分自身の内部で活動するということである。快、不快の感情の在り方次第で、魂の気分がきまってくる。
シュタイナー

これでは、大笑いである。
シュタイナーは、何かの病に冒されていたようである。

何か、非常に狭義なもの、狭義な世界に、冒されていた。
だが、続けてみる。
その霊界を見るまで・・・

posted by 天山 at 05:36| 霊学3 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月07日

霊学174

共感を自分自身の内部での活動に留めない魂的構成体はもう一段高次の段階にいる。この段階は、すでに第四段階がそうであったように、共感の力が対抗する反感によって妨げられぬ点で、低次の三段階と区別される。
シュタイナー

高次の種類の魂の素材によって、多様な魂的構成体が、ひとつの共同の魂的世界として、まとまるということ。

この高次の魂の素材は魂的空間の中で演じる、この素材は或る魂的構成体が他の存在、他の本質を、これらの存在、本質そのもののために、いわば吸収するようにさせる。別の言い方をすれば、他の存在の光で自分を照らすようにさせる。
シュタイナー

他の存在の光で、自分を照らす・・・
上手い言い方である。
実際、宗教的な言い方である。

魂は、これら高次の諸領域を知ることによって、はじめて真の魂の在り方に目覚める。
シュタイナー

次ぎの文は、宗教に色々な言葉で、言い方で、使用される言葉である。

魂は暗闇での重苦しいいとなみから解放され、外に向って開かれ、輝き、みずから魂的空間の中へ光を投げかける。低次の諸領域の魂的素材だけしか存在しない場合の、反感によって他から自分を閉ざそうとする、不活発で陰気なその内的いとなみは、今や内から起こって、外へ流れ込む力と活動性とに変わる。
シュタイナー

これを、そのまま、或る宗教の信仰の状態に当て嵌めることができる。
更に、そうして、信仰する、つまり、反感を持たず、信じ込ませると、上記のような言葉が、生きてくる。

高次の諸領域では自由に放射し、自由に流出する。
シュタイナー

さて、今度は、また、魂は、三つの低次領域と、三つの高次領域に、区別されるのだ。

その区別である。
1――燃える欲望の領域
2――流動的感応性の領域
3――問題の領域
4――快と不快の領域
5――魂の光の領域
6――魂の活動の領域
7――魂の生命の領域
以上である。

はじめの、三領域は、共感と反感との関係から得られる。
第四領域では、共感が、魂的構成体自身の中だけに働いている。
そして、高次の三領域を通して、共感の力は、益々自由になり、輝き、活気づけつつ、この領域の魂的素材は、魂の空間に吹き渡り、自分だけでは、自己存在の中に埋没しかねない魂的構成体を、覚醒させる。

1から7までの、領域は、互いに浸透し合っている。

そして、高次の領域・・・
により、云々・・・

ここまで、書きつけると、シュタイナーを研究する者が現れて、ひとつの学問のように、扱うようになる。
そして、解釈の仕様によっては、派閥が出来る。

更には、見者になるものもいる。
覚醒して、悟る者もいる。
皆、自己申請である。

更には、霊能者を名乗る者も現れる。
そして、その能力で、霊を扱うという・・・

シュタイナーは、独自の時代区分を創り上げ、その流れの中に、今こそ、霊学、神智学が必要とのことで、講義をした。
シュタイナー哲学、思想・・・
そこから、教育学も、現れた。

だが、それも、たった一つの方法である。

さて、次ぎは、魂の世界における死後の世界、である。
体、魂、霊・・・
それぞれに、死後の世界がある。

魂は人間の霊と体との結合部分である。
シュタイナー

共感と反感の力は相互の関係を通して、欲望、感応、願望、快と不快等々を生ぜしめるが、これらの構成体と構成体との間に働くだけでなく他の世界である物質界や霊界の存在者たちにも働きかける。
シュタイナー

物質界や霊界の存在者たち・・・
これが、躓くのである。

魂が体に宿っている間は、魂は体に起こるすべてに関与しているといえる。肉体の物質的組織が規則的に働いているときは、魂の中に快さと楽しさが生じ、その組織活動が妨げられるときには不快と苦痛が生じる。
シュタイナー

そして霊の働きの中にも魂は関与する。或る思想は魂を喜びで充たし、他の思想は嫌悪感を生ぜしめる。正しい判断は魂の気に入り、間違った判断は魂を不愉快にする。
シュタイナー

正しい判断・・・
それは、どんなものか。
そして、間違った判断・・・

この、正しい、間違うということに関しても、多くの議論が湧き出るだろう。
もし、シュタイナーが、すべて正しいとなれば・・・
彼は、神になるだろう。
そして、そのような人たちもいる。
シュタイナー教徒である。

posted by 天山 at 05:31| 霊学3 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月08日

霊学175

霊は人間の中心点である。
シュタイナー

当然である。
霊学を名乗る以上は、それである。

体はこの霊が物質界を観察し、そこで活動するのに必要な仲介者である。そして魂はこの霊との仲介者である。魂は空気の振動が耳に与える物質的作用から音の感覚を引き出し、この音を快として体験する。
シュタイナー

シュタイナーの時代の、脳学は、いかがなものだったのか。
彼は、脳の働きには、一切、触れない。

これは、脳の働きを、自分専用の言葉で、解説しているように見える。

魂はこれをすべて霊に伝え、霊はそれによって物質界の理解に達する。一方、霊の中に現れる思考内容は、魂の中でそれを実現しようという願望に転化され、これによってさらに体を道具として行為となることができる。
シュタイナー

実に、混乱させる話である。

物質界の中では、魂という仲介者を通してのみ、霊に対処するという。

未発達の人間を例にとろう。彼の魂は肉体の機能に執着する傾向をもつ。彼は物質界が感覚に与える印象だけに快感をもつ。そして彼の霊的生活もまたこのことによってまったく物質の領域にまで引き下ろされる。彼の思考内容は物質的な要求を満足させることだけに奉仕する。
シュタイナー

これは、古代インド、そして、仏教、ジャイナ教などでは、当たり前のことである。
例えば、空の思想など・・・
シュタイナーも、飛んでしまう話だ。

霊的自我は、転生を重ねる間、ますます霊的なものに導かれるようにならねばならない。その認識は永遠の真理の霊によって、その行動は永遠の善によって、決定されなければならない。
シュタイナー

そして、この漠然とした言葉で、浮いてしまうのだ。
更に、霊的自我・・・
色々な、自我が出て来ているが・・・
大丈夫なのだろうか。

死とは、物質界の現実として考察するなら、体の機能のひとつの変化である。死んだ体は魂と霊の仲介者であることをやめ、その機能を物質界の諸法則にまったく従属させ、まったく物質化し、そして自己をそのなかに解消させてしまう。感覚的には、ただ体のこの物質的経過だけが、人間の死として観察される。
シュタイナー

簡単なことを、複雑に記述するのが、得意のようである。

そのあと魂と霊とに何が起こるかは、肉体の感覚では捉えられない。
シュタイナー

当然である。体は、死んだのである。その意識も、無くなる。

だから肉体的感覚による観察とこの観察の上に打ち立てられた学問とは、死後の魂と霊にとって何の役にも立たない。魂界と霊界とにおける諸経過の観察に基づくまさに高次の認識がそのためには必要となる。
シュタイナー

もっともなことであるが、その学問があればこそ、シュタイナーの学問の意味もある。
霊界を信じない、学問は、当然、役に立たないだろう。

しかし霊の本源的な姿をこの魂的世界の中に見出すことはできない。魂はただ霊の創造の場である物質界と結び付けるべき存在なのである。霊がより完成された形姿をとって新しく生まれ変わってくるには、そのための力と鼓舞とを霊界から取ってこなければならない。
シュタイナー

だが、霊を拘束する魂が、物質の本性に貫かれ、色付けされていたので、霊自身も、物質界の方向に向わざるを、得なかった、とのこと。

死後、魂はもはや体ではなく、霊だけと結び付いている。
シュタイナー

繰り返し、繰り返しが、実に多い。

魂は魂本来の環境に生きている。したがってこの魂界の諸力だけが魂になお作用できる。魂界でのこの生活は、はじめのうち、霊も加わっている。
シュタイナー

魂、魂本来、魂界・・・

つまり、霊は、魂と結び付いている。
体は、無くなった。

いつ体が死ぬかは体の法則によってきまっているので、魂と霊が体から去っていくのではなく、人体の力が人体組織の中でもはや働けなくなったとき、この体が魂と霊の拘束を解くのだ、といわねばならない。
シュタイナー

ここ、ここに至ると、笑う。

同様のことが魂と霊との関係についてもいえる。
シュタイナー

もう、この辺りで、いいだろう。

これに洗脳されるのは、大いに、危険である。
その、シュタイナーの思考の中に、埋没してしまう。
そして、何かが、解ったような気になる。

勿論、まだ続ける価値がある。

もう一度言うが、これも、シュタイナーの頭、脳によって、書かれた著作である。
彼は、脳について、何も触れない。
それは、脳の働きを知らないからだ。

posted by 天山 at 06:30| 霊学3 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月09日

霊学176

ここから、少し長い引用になるので、読みやすく改行する。

死後の魂の運命を知るには、その解消過程を考察しなければならない。
魂は霊を物質の方に向わせる課題を背負っていた。この課題を果たし終えた瞬間に、魂は霊の方向に向う。
この課題との関係からいえば、体が魂から離れ、したがって魂がもはや結合部分の役割を果たす必要がなくなるとき、魂は本来ならただちにもっぱら霊的に活動できる筈である。

体におけるいとなみを通して体の影響をうけ、体に惹きつけられることさえなければ、魂はもっぱらそのように活動することができる筈である。
もし魂が体に宿ることで、その影響に染まることがなかったなら、体を脱したあと、ただちに霊的魂的な世界の法則だけに従い、感覚体験を今までのように求めたりはしなかったであろう。
もし人間が死に際して、完全に地上世界への関心がなくなる程にまで、地上存在と結び付いた欲望、願望等のすべてを満足させていたなら、そうできたかもしれない。しかし現実にはそうできない場合には、この方向でまだ充たされていないものが魂に付着している。
シュタイナー

再び生まれ変わってきたとき、償いをつけることができるような、この世の因縁と、死後の魂を生前の特定の生活に執着させるような、この世の因縁とを、注意深く区別しておかなければ、ならない。

前者は、運命の法則、カルマを通して解決される。
後者は、死後の魂が、自分で、その因縁を取り除くことしか、出来ない。

死後の世界・・・
死後の魂は、霊的、魂的な世界の法則に従うことで、霊を自由に活動させるため、物質存在への執着を、一切絶つのに必要な、一時期を持つ。

仏教では、49日、神道では、50日と言われているが・・・

キリスト教の世界であるから、何度も、説明しなければならないようだ。

死後も、多くの欲望、願望等が魂の中に残る人は、長く続く・・・
当然である。

シュタイナーは、あくまでも、魂と、霊とを、区分けて考えている。

魂の中には、快楽と共に、快楽への欲望も生きている。
ということは、単に、魂というより、意識であろう。
無意識の領域である。

シュタイナーが言うのは、霊学の心のことである。

これについては、仏教の或る一派の方が、実に深く考察している。

魂の欲望は、体が存在してのものである。
だが、その記憶を持っているということだ。

快楽の欠乏に際して魂が経験する焼け付くような苦しみは、魂が快楽を可能にする身体器官を失ったところからきている。
シュタイナー

どこまでも、説明尽くし・・・
勿論、誤りではない。

身体を使わなければ充たせないような欲求を求めても無駄だと魂が悟るまで、持続する。
シュタイナー

当たり前だ。

そして、また、説明が続くが・・・

魂の世界は、死後の人間の最初の滞在の地である場合、「欲望の場所」と呼ばれるが、魂のこの状況を知り、それを教義に取り入れいるさまざまな宗教体系は、この「欲望の場所」を「煉獄」「浄火」と名付けている。
シュタイナー

煉獄は、キリスト教が後々に、名付けた言い方である。
煉獄で苦しむ霊魂のためにと、祈るのである。

天国に入る前の段階で、何かの世界が、必要になったのだ。
後付の意味である。

そこに、シュタイナーが、あるべきような説明を付けた。

そして、また、説明が始まる。

魂界のもっとも低い領域は燃える欲望の領域である。
シュタイナー

この領域を通過する間に、物質生活に関わる、粗野で利己的な欲望が、消滅させられる。
霊界参入と同じである。
それを複雑怪奇にした。

同じことの繰り返し・・・
更に、魂界から、領域から、実に混乱する。

シュタイナーが混乱しているのだろう。

なぜならこの欲望をまだ捨てることができずにいる魂は・・・
この領域の作用をまともに受けざるをえないからである。・・・

その他のいたるところには反感が働いており、その反感が魂を圧倒している。・・・

リフレイン・・・
更に、また、リフレインである。

共感と反感が均衝を保っているのが、魂界の第二領域の状態である。
シュタイナー

これも、以前の箇所で書いたもの。

第三は、共感と願望の支配する状況が観察される。
シュタイナー

魂界の第四領域である快と不快の領域は、魂に特別の試練を課す。
シュタイナー
そして、第五は、魂の光の段階。

自殺者は特別の仕方でこの領域の諸体験に耐えていかなければならない。・・・
突然穴が空けられてしまったという感情が生み出す苦悩の他に、自殺の原因となった充たされぬ欲望と願望とが苦悩を生み出す。
シュタイナー

第六は、活動する魂の力の領域である。

第五、第六を次ぎに続ける。
posted by 天山 at 06:47| 霊学3 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月10日

もののあわれについて691

琴は、兵部卿の宮弾き給ふ。この御琴は、宜陽殿の御物にて、代々に第一の名ありし御琴を、故院の末つ方、一品の宮の好み給ふことにて、賜はり給へりけるを、この折の清らを尽くし給はむとするため、大臣の申し賜はり給へる御伝へ伝へを思すに、いとあはれに、昔の事も恋しく思し出でられる。




琴は、兵部卿の宮が、お弾きになる。この名器は、宜陽殿のもとで、代々の帝に伝わり、第一の楽器という評判のあった名器を、故院の晩年に、一品の宮がお好きで、頂戴されたのを、この質を素晴らしくしようとされて、そのため大臣が、お願いして、頂戴されたという伝来を思うと、胸が迫り、昔の事を、恋しく思い出してしまう。




親王も酔ひ泣きえとどめ給はず。御気色とり給ひて、琴は御前に譲り聞えさせ給ふ。物のあはれにえ過ぐし給はで、珍しき物一つばかり弾き給ふに、ことごとしからねど、限りなく面白き夜の御遊なり。




親王も、酔い、泣きを抑えることができない。お気持ちを伺って、琴は、源氏にお譲り申し上げる。この場の饗宴に、じっとしてはいられない気持ちで、耳慣れない曲を一つだけ、お弾きになる。儀式ばったことではないが、この上なく面白い、今夜の音楽である。

物のあはれに え 過ぐし
何ともいえない気分になり。じっと、過ごしていられない気分になり。
え、は強調の言葉。




唱歌の人々御階に召して、すぐれたる声の限りいだして、かへり声になる。夜のふけ行くままに、物の調ども、なつかしく変はりて、青柳遊び給ふ程、げにねぐらの鶯おどろきぬべく、いみじく面白し。私事の様にしなし給ひて、禄など、いときやうざくに設けられたりけり。




唱歌の人々を、階段のところにお呼びになり、美しい声ばかりで、歌わせて、かえり声になる。夜がふけて行くにつれて、楽器の調子も、身近なものに変わって、青柳を演奏される頃には、ねぐらの鶯も、目を覚ますに違いないほど、大変に面白い。私的な催しの形式をとり、禄などは、見事なものを、用意された。




暁に、尚侍の君かへり給ふ。御贈物などありけり。源氏「かう世を捨つるやうにて明かし暮らすほどに、年月のゆくへも知らず顔なるを、かう数へ知らせ給へるにつけては、心細くなむ。時々は老いや増さると、見給ひ比べよかし。かく古めかしき身の所狭さに、思ふに従ひて対面なきもいと口惜しくなむ」など、聞え給ひて、あはれにもをかしくも、思ひ出聞え給ふ事なきにしもあらねば、なかなかほのかにてかく急ぎ渡り給ふを、いと飽かず口惜しくぞ思されける。




明け方に、尚侍の君、玉葛が、お帰りになる。
源氏から、贈物などがあった。源氏は、こんなに世を捨てたみたいで、一日一日を送っている。年月の経つのも、気づかないみたいだが、こんなに年を知らせて下さると、心細い気がする。時々は、年取ったかと、見比べに来てください。こんな老人、動きにくくて、思うままに、お逢いできないのも、まことに残念だ。などと、申し上げ、しんみりと、また、たのしく、思い出しされることが、ないでもないので、中々、顔を見せただけで、こう急いで、お立ち出るのを、物足りなく、残念に思うのだった。

あはれにもをかしくも
そのままで、十分に通じる表現だ。




尚侍の君も、まことの親をばさるべき契りばかりに思ひ聞え給ひて、あり難くこまかなりし御心ばへを、年月に添へて、かく世に住み果て給ふにつけても、疎ならず思ひ聞え給ひけり。




尚侍の君も、本当の親は、一通りの親と思うのみで、世にも珍しく、親切であった、源氏のお心を、年月が経つにつれて、このように、身が固まると、並々ならず、感謝するのだった。

玉葛の、実の父親は、太政大臣である。
そして、頭の中将は、兄弟である。




かくて二月の十よ日に、朱雀院の姫宮、六条の院へ渡り給ふ。この院にも、御心まうけ世の常ならず、若菜参りし西の放出でに、御帳立てて、そなたの一二の対、渡殿かけて、女房の局局まで、こまやかにしつらひ磨かせ給へり。




こうして、二月の十日過ぎに、朱雀院の姫宮が、六条の院に興し入れされる。
六条の院でも、ご準備が、一通りではない。若菜を召し上がった、西の放出、はなちいで、に、御帳台を設けて、西の一、二の対から、渡殿にかけて、女房の局に至るまで、念入りに、整え、飾りつけされた。

この姫宮の、興し入れを、降嫁という。
つまり、臣下に嫁ぐ意味である。

内親王であるから、当然、源氏より、位が高い。

posted by 天山 at 06:42| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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