2014年07月27日

整体4

体の第三の、情報胃ステムは、自律神経に関する回路である。

自律神経は、生命を維持する、呼吸器、肺、循環器、心臓、消化器、胃腸、という内臓の機能をコントロールする。

自律神経は、交感神経と、副交感神経との二つに分れ、両者が弛緩、緊張を繰り返して、バランスを取ることにより、内臓の働きが、正常に保たれる。

過度に緊張した場合などは、ストレスと呼ばれて、不調和を起こす。

自律神経にも、遠心性回路と求心性回路があるが、これは、明確に分かれているのではなく、自律神経を作る、線維の中に、交じり合っている。

だが、この回路は、皮質まで達していないということだ。
これは、内臓の活動が、無意識下で行なわれていることを、意味する。

無意識下・・・
これが、曲者である。
意識の下、或いは、意識の奥にある、意識である。

これに対して、遠心性の回路は、脳が感覚器官を通して、外界から得た刺激を、情動反応、快不快の感情として、それは、ストレスという一種の情報に変換して、末端の内臓器官に送り込んでいる。

遠心性回路の場合と、求心性回路の場合では、その働きが違うということである。

それを、自律神経は、両方、絡み合っているということだ。

胃が痛む。
それは、機能的に、問題があるのか、心因性のものか・・・
更に、心因性が初めにあり、その後、それにより、機能的に不調和を起こして、潰瘍などを作ったということも、考えられる。

長い間の、生活習慣により、胃潰瘍を生じた場合、それは、単に心因性のみならず、生活習慣にもよる、という判断をするのである。

そして、整体の場合は、最初に、心因性の方を、重く見て、胃の調子の、反射区の部分を刺激して、楽にする。
それから、医者を勧めることになる、場合もある。

足裏などは、強い痛みを感じる部位、内臓に問題があると、見る。

自律神経は、多分に、感情の問題となり得る。
通常の言い方をすると、心の問題である。

それを、専門的に説明すると、第一の外界感覚つまり、運動回路と第二の、全身内部感覚の中枢は、大脳皮質である。
これらの回路の中枢は、皮質の各部分に、ほぼ局所化されて、収められている。

手足の運動神経の中枢は、皮質の体性感覚野に集中する。
ところが、自律神経の中枢は、大脳皮質ではなく、古い皮質と呼ばれる、大脳辺緑系のさらに下の、内部のある、脳幹にある。

脳幹は、間脳から延髄にかけての、部分だ。

心理的に見ると、この皮質下の中枢は、情動と深く関係する。

意識が、感情の働きを自覚する部位は、前頭葉にあるが、情動が発生する場所は、間脳の視床下部と呼ばれる部分である。

更に、自律神経は、遠心性も求心性も、皮質まで達しないので、情動作用は、第一の回路による、外界感覚や第二の回路による、身体感覚のように、普通の状態では、体の特定部位に、局所化された形で感じることができないのである。

これは、生理心理学の問題である。

生理心理学では、意識、心の働きの代表的なものは、感覚、思考、感情の三つに分ける。

このうち、感覚と、思考とは、身体の特定の部位に対応した形で、働いている。

手足の、内部感覚も、指の一本一本について、区別して感じることが出来る。
感覚作用は、体の特定の部位に、局所化されて結び付いている、意識の働きである。

また、思考の意識作用、感覚は、どの部位かを限定しにくいが、主として、皮質の前頭葉と結び付いて起こる。

だが、情動、怒る、悲しむといった感情は、全身的なもので、体のどの部分と結び付いているのか、解らない。

つまり、情動は、全身で表現されるということだ。
更に、恐ろしいのは、その際の、息は、猛毒であるということ。

その、息をまともに受け取ると、受け取った側にも、大きな影響を与える。
例えば、悲しむ人と、長い時間過ごすと、同じような、体の反応を起こすのである。

整体の患者さんの持つ、その情動を受けることで、より、それが鮮明に解る。

更に、それを受けないための、手段が必要だ。
整体の訓練である。

情動は、全身、つまり、脳にも影響を及ぼすので、脳波が、そのようになる。その、脳波の影響を、受けるということになる。

それは、オーラと違った意味で、人に与える影響が大きいと考える。

三つの回路を、整理すると、以下のようになる。

外界からの感覚刺激は、最も表層にある、第一の外界回路、運動回路から入り、第二の、全身内部感覚の回路を通して、最も、低層にある第三の情動、本能回路まで達する。

そこで、快、不快の、情動的反応を引き起こす。
その反応は、第二の回路に戻り、それを作動させ、更に、第一の回路が活動して、外界への、身体運動となる。

ここで言えば、人間の状態は、快、不快で、すべて現せるという。

人間は、何が快適なのかが、問題なのだ。
その快のために、整体という、痛みを伴う療術を受けて、不快を快に変換しようとすると、考える。

ちなみに、心理学は、哲学から生まれたものであり、哲学による、考察も必要であることだ。

勿論、医学、その他の科学からも影響を受けて、心理学が出来上がった。


posted by 天山 at 06:20| 整体 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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