2014年07月21日

もののあわれについて690

源氏「過ぐる齢も、みずからの心にはことに思ひとがめられず、ただ昔ながらの若々しき有様にて、改むる事もなきを、かかる末々のもよほしになむ、なまはしたなきまで思ひ知らるる折も侍りける。中納言のいつしかとまうけたなるを、ことごとしく思ひ隔てて、まだ見せずかし。人より殊に数へとり給ひける、今日の子の日こそなほうれたけれ。しばしは老を忘れても侍るべきを」と聞え給ふ。尚侍の君もいとよくねびまさり、ものものしき気さへ添ひて、見るかひある様し給へり。

尚侍
若葉さす のべの小松を ひきつれて もとの岩根を 祈る今日かな

と、せめておとなび聞え給ふ。沈の折敷四つして、御若菜、さまばかり参れり。御かはらけ取り給ひて、

源氏
小松原 すえのよはひに 引かされてや 野辺の若菜も 年をつむべき

など聞えかはし給ひて、上達部あまた南の廂に著き給ふ。




源氏は、年は取るが、自分では、特に気にならず、まだまだ昔のままの、若々しい恰好のままで、変えることもないが、このように孫たちが出来て、きまりの悪いほどまで、自分の年齢が、感じられることもあります。中納言も、さっさと、作ったらしいのに、大袈裟に、分け隔てして、まだ見ません。誰より先に、お祝いくださった、今日の子の日は、やはり嫌なものだ。しばらくは、年を忘れていたかった。と、申し上げる。
尚侍の君も、すっかり成長して、貫禄まであり、会ってよかったと思う姿である。

玉葛
若草の芽吹く野原の小松を、二本も引いて、育てて下さった、岩の千歳を祈る今日です。

と、無理にも、母親ぶって、申し上げる。沈香木の折敷を四つ並べて、若菜を型ばかり召し上がる。御盃を取られて、

源氏
小松原の、将来ある齢にあやかり、野辺の若菜も、長生きするでしょう。

などと、お話になる。上達部が大勢、南の廂に、到着される。




式部卿の宮は参りにくく思しけれど、御消息ありけるに、かくしたしき御仲らひにて、心あるやうならむも便なくて、日たけてぞ渡り給へる。大将のしたり顔にて、かかる御仲らひにうけばりてものし給ふも、げに心やましげなるわざなめれど、御うまごの君だちは、いづかたにつけても、おり立ちて雑役し給ふ。籠物四十枝、折櫃物四十、中納言をはじめ奉りて、さるべき限り取り続き給へり。御土器くだり、若菜の御羹まいる。御前には沈の懸盤四つ、御杯どもなつかしく、今めきたる程にせられたり。




式部卿は、伺いにくい思いだったが、ご招待があり、親しい関係で、訳があるように取られてはと、日が高くなってから、お出になった。
大将が、得意そうに、このような間柄ゆえ、大きな顔で、取り仕切っているのも、いかなも、癇に障るにちがいないが、孫の若君たちは、どちらからも縁続きゆえに、熱心に雑役をされる。籠物四十枚、折櫃四十、中納言をはじめとして、相当な方ばかりで、列を作り、差し上げる。
杯が流れ、若菜の、おつゆを召し上がる。御前には、沈香木の懸盤が四つで、食器類も、見事に、今、流行のやり方である。

式部卿の娘が、大将の北の方だったが、玉葛と結婚したため、式部卿は、出掛けづらかったのである。




朱雀院の御薬のこと、なほたひらぎはて給はぬにより、楽人などは召さず。
御笛など、太政大臣の、その方は整へ給ひて、太政大臣「世の中に、この御賀より、まためづらしく清ら尽くすべき事あらじ」と宣ひて、すぐれたる音の限りを、かねてより思しまうけたりければ、忍びやかに御遊びあり。




朱雀院のご病気が、まだ良くならないので、楽人などは、お呼びにならない。管楽器などは、太政大臣が、整えて、世の中に、この御賀のほかに、立派に素晴らしくなるようなものはない、と、おっしゃり、優れた音のものばかりを、前々から用意していらしたので、目立たぬように、合奏をなさる。




とりどりに奉る中に、和琴は、かの大臣の第一に秘しける御琴なり。さるものの上手の、心をとどめて弾きならし給へる音、いと並びなきを、こと人は掻きたてにくくし給へば、衛門の督のかたくいなぶるを責め給へば、げにいと面白く、をさをさ劣るまじく弾く。何事も、上手の継ぎといひながら、かくしもえ継がぬわざぞかしと、心にくくあはれに人々思す。調に従ひてあとある手ども、定まれる唐土の伝へどもは、なかなか尋ね知るべき方あらはなるを、心にまかせて、ただ掻き合はせたるすががきに、よろづの物の音ととのへられたるは、たへに面白くあやしきまで響く。父大臣は、琴の緒もいと緩に張りて、いたうくだして調べ、響き多く合はせてぞ掻き鳴らし給ふ、これは、いとわららかにのぼる音の、なつかしく愛敬づきたるを、「いとかうしもは聞えざりしを」と、親王たちもおどろき給ふ。




皆が、それぞれ勤める楽器の中でも、和琴は、太政大臣が、とっておきにしている名器である。このような達人が、心を込めて、演奏される音色は、まことに、またとないほどであり、他の人は、掻き鳴らしにくいと言うので、衛門の督の、強く辞退するのを、無理にお命じになると、なるほど、実に見事に、殆ど負けないほどに、弾く。
何事も、名人の跡継ぎと言っても、これほどには、とても継ぐことは出来ないものだが、と、奥ゆかしく、感心なものと人々は、思うのである。調子に乗って、楽譜の残っている弾き方や、決まった型のある唐の秘曲なら、かえって、習い方も明確だが、心のままに掻き合わせる、すががきに、他のすべての楽器の音色が、一つになったのは、見事で、趣があり、不思議に聞える。
父の大臣は、琴の緒も、緩く張って、ひどく調子を落として調べ、余韻を多く響かせて、掻き鳴らしされる。衛門は、酷く明るく、高い調子で、親しみのある、朗らかな感じで、これほどまでとは、知らなかったと、親王たちも、驚くのである。

心にくくあはれに人々思す
このままで、理解出来る様子である。
現代語に訳す必要はない。

父の大臣とは、太政大臣のことである。



posted by 天山 at 05:55| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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