2014年07月20日

もののあわれについて689

心の中にも、「かく空より出で来にたるやうなることにて、のがれ給ひがたきを、憎げにも聞えなさじ。わが心にはばかり給ひ、いさむることに従ひ給ふべき、おのがどちの心よりおこれる懸想にもあらず。せかるべき方なきものから、をこがましく思ひむすぼほるるさま、世人に漏り聞えじ。式部卿の宮の大北の方、常にうけはしげなる事どもを宣ひ出でつつ、あぢきなき大将の御事にてさへ、あやしく恨みそねみ給ふなるを、かやうに聞きて、いかにいちじるく思ひあはせ給はむ」など、おいらかなる人の御心といへど、いかでかはかばかりのくまはなからむ。今はさりともとのみ、わが身を思ひあがり、うらなくて過ぐしける世の、人わらへならむ事を、下には思ひ続け給へど、いとおいらかにのみもてなし給へり。




紫の上の心境も、このように空から降ってきたようなことで、逃げることは出来ないのに、憎らしい様子は見せまい。私に遠慮して、私の言うことを聞いているような、当人同士の心から出た恋でもない。せき止めようもないものの、馬鹿のようにぼんやりとしているところを、世間には見せたくない。式部卿の宮の、大北の方が、始終呪わしいことを口にしてしられたが、つまらない大将の事にまで、変な具合に私を恨んだり、ねたんだりしていられたというが、私がこうだと聞いたら、さぞかし、きちんと報いがあろう。などと、おっとりした、紫の上であっても、どうして、この程度の邪推は、なさらないことがあろう。今となっては、何でもとばかり、いい気になって、隔てなく暮らしてきた仲が、物笑いになるだろうと、心の中では、考え続けるが、表は、おっとりとされていた。




年もかへりぬ。朱雀院には、姫宮、六条の院にうつろひ給はむ御いそぎをし給ふ。聞え給へる人々いと口惜しく思し嘆く。内にも御心ばへありて聞え給ひける程に、かかる御定めを聞しめして、思しとまりにけり。さるは、今年ぞ四十になり給ひければ、御賀の事おほやけにも聞しめし過ぐさず、世の中の営みにて、かねてより響くを、事のわづらひ多く厳しきことは、昔より好み給はぬ御心にて、皆かへさひ申し給ふ。




年も明けた。
朱雀院では、姫宮が六条の院に、お移りされるためのご準備をなさる。求婚していた人々は、大変残念に思い、嘆くのである。主上におかれても、お気持ちがあり、申し入れていらっしゃるうちに、このようなご決定をお耳に遊ばして、諦めになった。
実は、源氏は四十になったので、その御賀の事は、朝廷でも聞き流さず、国を挙げての行事として、前々から評判だったが、色々と、煩わしいことが多く、儀式ばったことは、昔から、好きではない性分で、皆、ご辞退申し上げる。




正月廿三日子の日なるに、左の大将殿の北の方、若菜参り給ふ。かねて気色も漏らし給はで、いといたく忍びて思しまうけたりければ、にはかにて、え諌め返し聞え給はず。忍びたれど、さばかりの御勢なれば、渡り給ふ儀式など、いと響きことなり。




正月、二十三日は、子の日だが、左大将の北の方、玉葛が、若菜を差し上げる。
前もって、そんな気配も見せず、ひどくこっそりと用意されたので、にわかのことで、とてもご辞退できない。こっそりではあるが、あれほどの御威勢だから、お渡りになるときの儀式などは、騒ぎが格別である。




南の大殿の西の放出にお座よそふ。屏風、壁代よりはじめ、新しく払ひしつらはれたり。うるはしく椅子などはたてず、御地敷四十枚、御しとね脇息など、すべてその御具ども、いと清らにせさせ給へり。螺鈿の御厨子二具に、御衣箱四つすえて、夏冬の御装束、香壺、薬の箱、御硯、ゆすつる器、かかげの箱などやうの物、うちうち清らをつくし、同じき金をも、色つかひなしたる、心ばへあり。今めかしく、尚侍の君、物のみやび深く、かどめき給へる人にて、目なれぬ様にしなし給へり。大方の事をば、ことさらにことごとしからぬ程なり。




南の御殿の、西の放出に御座所を整える。屏風や壁代をはじめ、新しいものと取り替えた。儀式ばって、椅子などは、立てず、御地敷四十枚、座布団や脇息など、すべて、この式のための、お道具は、大変美しく調えた。螺鈿の御厨子を二つ、御衣箱四つを置いて、夏冬のお召し物、香壺、薬の箱、御硯、ゆするつき、髪上げの箱などといったものを、内々で、美しくされた。御かざし台は、沈や紫檀で作り、見事な文様の限りをつけ、同じ金属でも、色を使いこなし、趣があり、当世風で、尚侍の君は、風雅の心深く、才気のある方で、目新しい形に、整えられた。気を配り、一通りの事を、仰々しくない程度にしている。




人々参りなどし給ひて、おましに出で給ふとて、尚侍の君に御対面あり。御心のうちには、いにしへ思し出づる事どもさまざまなりけむかし。いと若く清らにて、かく御賀などいふことは、ひが数へにやと覚ゆるさまの、なまめかしく人の親げなくおはしますを、めづらしくて年月へだてて見奉り給へば、いと恥づかしけれど、なほけざやかなる隔てもなくて、御物語り聞えかはし給ふ。




一同が、参上されて、源氏が、御座所にお出になるとき、尚侍の君と、御対面がある。お心の中では、昔を思い出すことがお二方にはそれぞれあるだろうが、源氏は、大変若く、綺麗で、御四十の賀などというのは、数え違いかと思えるお姿で、美しく、子を持つ親らしくない様子を、見事だと、お久しぶりにお逢いするため、恥ずかしい思いがする。目立つほどの、よそよそしさもなくて、お話し合いなどされる。

尚侍の君とは、玉葛のこと。




幼き君もいと美しくてものし給ふ。尚侍の君は、「うち続きても御覧ぜられじ」と宣ひけるを、大将「かかるついでにだに御覧ぜさせむ」とて、ふたり同じやうに、振り分け髪の何心なき直衣姿どもにておはす。




幼い子も、とても可愛らしい。尚侍の君は、年子を一度に御覧に入れたくないと、おっしゃったが、大将は、こういうときでも、見ていただきたいと言って、二人共に、同じ恰好で、振り分け髪の無邪気な、直衣姿である。




posted by 天山 at 06:01| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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