2014年07月19日

もののあわれについて688

六条の院は、なま心苦しう、さまざま思し乱る。紫の上も、かかる御定めなど、かねてもほの聞き給ひけれど、「さしもあらじ。前斎院をもねんごろに聞え給ふやうなりしかど、わざとしも思しとげずなりにしを」など思して、紫「さる事やある」とも問ひ聞え給はず、何心もなくておはするに、いとほしく「この事をいかに思さむ。わが心はつゆも変はるまじく、さる事あらむにつけては、なかなかいとど深さこそまさらめ。見定め給はざらむ程、いかに思ひ疑ひ給はむ」など安からず思さる。今の年ごろとなりては、ましてかたみに隔て聞え給ふことなく、あはれなる御中なれば、しばし心に隔て残したることあらむもいぶせきを、その夜はうちやすみて明かし給ひつ。




六条の院、源氏は、何か気になり、あれこれと、思案する。紫の上も、このような、婿君選びのことなどを、以前からちらちらと、耳にしていたが、そんなことは、あるまい。前斎院にも、熱心におっしゃったようだが、ご自分のお考えで、諦めたのだしなど、思い、そんな話がありますの、と伺うこともされず、平気な顔でいらっしゃるゆえ、源氏は、可愛そうで、この事を、何と思うだろう。私の心は、少しも変わるはずはなく、そんなことになれば、かえって、一層深くなるだろう。それが、解らない間は、どんなに疑うだろう。など、気掛かりである。
近頃は、一層、お互いに隔てなく、あはれなる仲であるから、しばらくでも、心に隠していることがあるのも、気が重い。その夜は、そのまま寝て、朝を迎えた。

あはれなる御中なれば・・・
この、あはれ、は、二人の仲のことである。
しっくりと、うまく行っている状態である。
ここでも、また、あはれの風景が、広がっている。




またの日、雪うち降り空の気色ももののあはれに、過ぎにし方行く先の御物語聞えかはし給ふ。
源氏「院のたのもしげなくなり給ひたる、御とぶらひに参りて、あはれなることどものありつるかな。女三の宮の御事をいと捨て難げに思して、しかじかなむ宣はせつけしかば、心苦しくて、え聞えいなびずなりにしを、ことごとしくぞ人は言ひなさむかし。今はさやうのこともうひうひしく、すさまじく思ひなりにたれば、人づてに気色ばませ給ひしには、とかくのがれ聞えしを、対面のついでに、心深きさまなる事どもを宣ひ続けしには、えすくずくしくもかへさひ申さでなむ。深き御山住みにうつろひ給はむ程にこそは、渡し奉らめ。あぢきなくや思さるべき。いみじき事ありとも、御為めあるより変はる事はさらにあるまじきを、心なおき給ひそよ。かの御為のこそ心苦しからめ。それもかたはならずもてなしてむ。誰も誰ものどかにて過ぐし給はば」など聞え給ふ。




翌日は、雪がちらついて、空模様も、物思いさせ、昔のこと、将来のことを、話し合われる。
源氏は、院が、弱り遊ばしたのを、お見舞いに参上したところ、悲しいことが、色々ありました。女三の宮の御事を、とても残して行く気がしないと、こうこうこういうことを、仰せられたので、お気の毒で、お断り申し上げようもなくなったのを、大袈裟に、皆は取り沙汰するだろう。もう今は、そのようなことも、気恥ずかしく、とんでもないと思うようになったので、人を通して、それとなく、おっしゃったときは、何とか、逃げましたが、お目にかかった折に、お心の深くに、思いのことを色々と、仰せられたので、素気無く、お断りも出来ずに。山深いお寺に、お移り遊ばす頃、お連れ申し上げよう。
面白くなく思うだろうが、どんなことがあっても、あなたは、今までと変わることなく、私を信じてください。あの方こそ、お気の毒なこと。あちらも、見苦しくないように、お持て成ししょう。どなたも、行く末長く思って暮らされたら、などと、申し上げる。

空の気色ももののあはれに
空模様も、もののあはれ・・・
それは、それを見る者の心境である。
何となく、物思わせる、風情である。

あはれなることどもの
色々なことがあった。
色々な話である。
色々な悩み事・・・

あはれ、という言葉でしか、表現の出来ない事ども、である。




はかなき御すさびごとをだに、めざましきものに思して、心安からぬ御心ざまなれば、いかが思さむと思すに、いとつれなくて、紫「あはれなる御譲りにこそはあなれ。ここには、いかなる心を置き奉るべきにか。めざましく、かくてはなど咎めらるまじくは、心安くてもはべなむを、かの母女御の御方様にても、うとからず思しかずまへてむや」と、卑下し給ふを、源氏「あまりかううちとけ給ふ御許しも、いかなればと、うしろめたくこそあれ。まことは、さだに思し許いて、われも人も心得て、なだらかにもてなし過ぐし給はば、いよいよあはれになむ。ひがごと聞えなどせむ人の言聞き入れ給ふな。すべて世の人の口といふものなむ、誰が言ひ出づる事ともなく、おのづから人のなからひなど、うちほほゆがみ、思はずなる事出で来るものなめるを、心ひとつにしづめて、有様に従ふなむよき。まだきに騒ぎて、あいなきものうらみし給ふな」と、いとよく教へ聞え給ふ。




ほんの少しの、冗談でも、見ていられないと思うほど、気にされる性質だから、どんな思いかと、思うが、全く平然として、紫の上は、本当に、お気の毒な、お頼みごとです。私が、どうして信じないことがありましょう。見ていられない、ここにいるとは、けしからぬなどと、お咎めがありませんなら、安心して、ここに居らせてください。あちらのお母様、女御様の御縁からでも、仲良くしていただけますでしょうか。と、謙遜されるので、源氏は、そのように、心からお許しくださるとは、どうしてかと、気になります。実は、そういう風に、ご理解してくださっても、あなたも、あの方も、お互いにわかって、和やかに暮らしてくださると、益々、あなたが愛おしく思われます。陰口を言ったりする人の、話を信じることはありません。総じて、世間の噂というものは、誰が言い始めたことともなく、自然に夫婦の仲などを、事実と違えて、その結果、意外な話が出来上がると、言います。自分の心一つに納めて、成り行きに任せるのが、よろしいでしょう。先走って、騒ぎ立て、つまらない焼きもちは、しないでください、と、十分に教えなさる。

あはれなる御譲り
ここでは、本当に、気の毒だという気持ちで、使う。

いよいよあはれになむ
益々、あなたが、愛おしい・・・
その前後の言葉から、あはれ、という意味が、益々と広がる様である。




posted by 天山 at 06:13| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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