2014年06月26日

もののあわれについて684

太政大臣も、「この衛門の督の、今まで一人のみありて、御子たちならずは得じと思へるを、かかる御定めども出で来たなる折に、さやうにもおもむけ奉りて、召し寄せられたらむ時、いかばかり、わが為にも面目ありて嬉しからむ」と思し宣ひて、内侍のかんの君には、かの姉北の方して伝へ申し給ふなりけり。よろづ限りなき言の葉をつくして奏させ、御気色賜はらせ給ふ。




太政大臣も、この衛門の督が、今まで、独身を通して、内親王でなければ、妻にしないと思っているが、この御決定が、問題になった時に、そのようにお願い申し上げて、お呼び出しにあずかったならば、どんなにか、私にとっても、名誉で、嬉しいことか、とおっしゃり、尚侍の君には、その姉君の、北の方を通じて、申し上げるのである。
あらん限りの言葉を尽くして、院に申し上げなさり、ご内意をお伺いする。





兵部卿の宮は、左の大将の北の方を聞えはづし給ひて、聞き給ふらむ所もあり、かたほならむことは、と、えり過ぐし給ふに、いかがは御心の動かざらむ、限りなく思し焦られたり。




兵部卿の宮は、左大将の北の方を貰い受けそこねてからは、玉葛ご夫妻のお耳に入るところもあり、いい加減な結婚は、と、選り好みしていらしたので、どうして、心が動かないことが、あろう。切りもなく、やきもきしていられる。




藤大納言は、年ごろ院の別当にて、親しく仕うまつりて侍ひなれにたるを、御山籠りし給ひなむ後、より所なく心細かるべきに、この宮の御後見にことよせて、顧みさせ給ふべく、御気色せちに賜はり給ふなるべし。




藤大納言は、長年、院の別当を勤め、親しくお仕えしていたので、御山入された後は、頼るところもなく、心細いであろうと、この姫宮のお世話役を口実にして、お心にかけてくれるように、御内意を、熱心に伺っているらしい。




権中納言も、かかる事どもを聞き給ふに、人伝にもあらず、さばかりおもむけさせ給へりし御気色を見奉りてしかば、「おのづから便りにつけて、漏らし聞しめさるる事もあらば、よももて離れてはあらじかし」と、心ときめきもしつべけれど、女君の今はとうちとけて頼み給へるを、年頃つらきにもことつけつべかりし程だに、ほかざまの心もなくて過ぐしてしを、あやにくに、今更にたち返り、俄にものをや思はせ聞えむ。なのめならずやむごとなき方にかかづらひなば、何事も思ふままならで、左右に安からずは、わが身も苦しくこそはあらめっ」など、もとよりすきずきしからぬ心なれば、思ひしづめつつ、うち出でねど、さすがに、ほかざまに定まりはて給はむも、いかにぞやおぼえて、耳はとまりけり。




権中納言、夕霧も、このような事を、お聞きになり、人を通しもせず、あれほど、水を向けたご様子を拝したこととて、自然に、何かの機会を持って、こっそりと、お耳にお入れすることがあれば、よもや知らぬ振りも、されないだろう、と、胸躍る思いもしただろうが、女君が、もう大丈夫と、心から頼りにしていられるのを、昔、冷たいことを口実に出来たことを、他への浮気心も起こさず終わったことなのに、意地悪く、今頃、昔に戻り、不意に悲しませたり出来ようか。並々ならぬ、高貴なお方に関わりを持ったならば、何事も、意に任せず、両方に気を使って、自分も苦しいことだろう。などと、よそに決まってしまったら、どんなことかと思われて、聞き耳を立てるのだった。

ほかざまに定まりて・・・
自分以外の、他の男に・・・




東宮にも、かかる事ども聞しめして、東宮「さしあたりたる只今のことよりも、後の世の例ともなるべき事なるを、よく思しめしめぐらすべき事なり。人柄よろしとても、ただ人は限りあるを、なほしか思し立つことならば、かの六条の院にこそ、親ざまに譲り聞えさせ給はめ」となむ、わざとの御消息とはあらねど、御けしきありけるを、待ち聞かせ給ひても、朱雀院「げにさることなり。いとよく思し宣はせたり」と、いよいよ御心だだせ給ひて、まづかの弁してぞ、かつかづ案内伝へ聞えさせ給ひける。




東宮におかせられても、このような事をお聞きあそばして、さしあたりのことより、後々の世までの、例になるはずのこと。十分に、お考えあそばさなければならないことです。人柄がよろしいと言っても、臣下は臣下、矢張り、そのようにお望みならば、あの六条の院にこそ、親代わりとして、お譲りすることです。と、わざわざのお便りというのではないが、ご内意があったのを、お待ち受けで、お聞きあそばして、いかにも、その通りの言だ。実によく考えて、おっしゃる。と、益々、その気になって、第一に、あの弁を召して、とりあえず、思し召しの程を、お伝えされた。




この宮の御事、かく思しわづらふさまは、さきざきも皆聞き置き給へれば、源氏「心苦しき御事にもあなるかな。さはありとも、院の御世の残り少なしとて、ここにはまたいくばく立ちおくれ奉るべしとてか、その御後見の事をば受け取り聞えむ。げに次第をあやまたぬにて、今しばしの程も残りとまる限りあらば、大方につけては、いづれの御子たちをも、よそに聞き放ち奉るべきにもあらねど、またかく取り分きて聞きおき奉りてむをば、殊にこそは後見聞えめと思ふを、それだにいと不定なる世の定なきさなりや」と宣ひて、




この宮の御事を、このようにご心配とのことは、以前からすべて聞いていらしたので、源氏は、お気の毒なことだ。そうであっても、院の御寿命が残り少ないからといって、この私が、どのくらい生きるのかと思って、宮のお世話を、お引き受けできるか。なるほど、年の順通りで、ほんの暫くでも、後に生きる寿命があるなら、特に縁組せずとも、どの御子たちをも、他人扱いするべきではないが、それに、このように特別に、お伺いいたした方を、別してお世話しようと思うけれど、それさえも、無常な世の中の定めというもの。と、おっしゃり、




源氏「ましてひとへに頼まれ奉る筋に、むつび慣れ聞えむことは、いとなかなかに、うち続き世を去らむきざみ心苦しく、みづからの為にも浅からぬほだしになむあるべき。中納言などは、年若くかろがろしきやうなれど、行くさき遠くて、人柄も、つひに朝廷の御後見ともなりぬべき生ひさきなめれば、さも思し寄らむに、などかこよなからむ。されど、いといたくまめだちて、思ふ人さだまりにてぞあめれば、それにはばからせ給ふにやあらむ」など宣ひて、みづからは思し離れたるさまなるを、弁は、おぼろけの御定めにもあらぬを、かく宣へば、いとほしくもくちをしくも思ひて、内々に思し立ちにたる様などくはしく聞ゆれば、さすがにうち笑みつつ、源氏「いとかなしくし奉り給ふ御子なめれば、あながちにかく来し方行く先のたどりも深きなめりかしな。ただ内にこそ奉り給はめ。やむごとなき先づの人々おはすといふ事は由なきことなり。それに障るべき事にもあらず、必ず、さりとて、末の人愚かなるやうもなし。故院の御時に、大后の、坊の初めの女御にていきまき給ひしかど、むげの末に参り給へりし入道の宮に、しばしはおされ給ひにきかし。この御子の御母女御こそは、かの宮の御姉妹にものし給ひけめ。容貌も、さしつぎには、いとよしと言はれ給ひし人なりしかば、いづかたにつけても、この姫宮、おしなべての際には、よもおはせじを」など、いぶかしくは思ひ聞え給ふべし。




源氏は、まして、すっかり頼まれる者として、親しむのは、かえって、自分が世を去る時は、お気の毒で、自分にとっても、大きな障りとなるに違いない。中納言などは、年も若く、地位も低いが、前途が長くて、人柄も結局は、朝廷の御後見役ともなるはずの将来があるから、そうしても、何もおかしくない。だが、生真面目で、思う人を妻にしているので、それに遠慮されるのではないか。などとおっしゃって、ご自分のことは、思いもかけないという様子なので、弁は、いい加減な御決定でもないのに、こうおっしゃるので、お気の毒にも、また、残念と思い、内々で御決定された事情など詳しく申し上げると、あのように仰せられたが、笑って、源氏は、とても可愛がっていられる皇女らしい。ひとえに、このように過去のこと、未来のことと、ご心配が深いのだろう。迷わず、今上に差し上げなさるがよい。れっきとした、古参の女御方がおいでだという、ご遠慮は意味がないこと。そんなことに、妨げられるべきではない。必ず、後から参った人が、軽く扱われるものでもない。故院の御時、大后が、東宮の最初の女御として威勢を振るったが、遥かに後からお上がりになった、入道の宮に、しばらくの間は、圧倒されなさった。この姫宮の、お母様の女御が、あの入道の宮の御姉君でいらっしゃる。お顔も、入道の宮の次に、お綺麗だと、言われた方だから、どちらから見ても、この姫宮は、並々の方では、まさかあるまい。など、気になるような、言い方である。



posted by 天山 at 06:16| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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