2014年06月01日

沈黙を破る91

聖者として、作られた、マザー・テレサについて・・・

生前から、多くの研究がなされていた。
その多くは、大半が、批判である。

マザー・テレサが亡くなった、翌年、ローマカトリックは、即座に、聖人の手前の、福者として、列聖した。
次ぎは、聖人として、列聖するのだろう。

その、カトリックが、名誉挽回のために、マザー・テレサを利用した。
次第に、衰える、ローマカトリックの力・・・
そこで、広告塔として、彼女を利用し、大々的に、世界に喧伝した。

そして、マザー・テレサの、虚像と実像が、きっくりと、明確に現れた。

だが・・・
世界の多くの人たちは、特に、カトリック信者は、聖者だと、信じている。

最近の研究では、カナダで、その報告がなされた。
カルトに似た、団体の主である。

インド、コルカタの貧しい人々を集めて、死者の家を作る。
そこで、彼女は、苦しんで死ぬことを、説くのである。

苦しんで死ぬことが、救いになる。

あれほど、莫大な寄付を得た彼女は、一切の、治療をさせなかった。
実に、不思議である。

ただ、時に、彼女が手を当てて、病を癒す祈りを上げると、患者は、回復に向った。
その、カラクリは、薬を投与したからである。
祈りの結果ではない。

あれほどの資金に恵まれても、そのような施設を造ることは、無かった。
不思議である。

そして、自分の心臓の病は、アメリカの病院に入院して、楽に、痛みなく、手術を受けている。
あれほど、苦しむことを奨励した人が、である。

自分は、痛みの無い、治療法を使う。
とても、矛盾しているが・・・
信じた人には、そんなことは、どうでも、いいことだ。

それでは、彼女は、あの寄付の莫大なお金を、何に使用したのか。

それは、自分の建てた、修道会を世界各地に作ったということである。
生前、自分の修道会を、世界に作る、創立者という聖人は、少ない、というより、いない。

その死後、弟子たち、共感者たちが、その意思を受け継ぎ、修道会を大きくする。
しかし、彼女は、生きているうちに、それを大きくした。

とても、経営能力に長けていたということだ。

私は、彼女の、行為を批判しない。
だが、彼女の、行為のあり方を、批判する。

騙しのテクニックである。

そして、カトリック教会の、宣伝に、大いに貢献したということだ。
カトリック側も、それを良しとした。

それらの、研究とは別に、私なりに、疑問がある。
それは、イエスの声を聞いたという、彼女の話である。

幻覚、幻聴・・・
自分が、イエスだと、判断しただけであり、客観性は、無い。

更に、インドの地である。
どんな霊が、現れたのか・・・

十字架に付けられたイエスが、私は乾く、と彼女に言った。
イエスの、乾きは、貧しい人たちに、奉仕せよと、聞えたのか・・・

人はそれぞれ、信仰の思いや、勘違いが違う。
マザー・テレさの、イエスは、そういう乾きの、イエスだったのだろう。

ここで、心理学を出す必要は無い。

自分が、描いたイエスが、自分の目の前に、現れる。
当然である。
自分の内に無いものは、現れないのである。

ただし、その現れたイエスが、ナザレのイエスなのか、何処のイエスなのか・・・
それが、問題である。

或いは、単なる、いたずら好きな、霊の可能性もある。

ということで、私は、多くの研究より、そちらの方が、興味がある。

生きている人間は、聖人にはならない。
聖人になるのは、死んだ人間である。

その遺徳を偲ぶ意味で、聖人になるのである。

しかし、彼女は、生きているうちに、聖人になった。
彼女に会う人たちは、皆、感動した。
それほどに、彼女には、何か、大きな力、気力、波動、思いという、想念があったのだろう。

その根拠は、何であったのか・・・
怖ろしく、魔的なものの、存在を感じるのである。

何も出来ない、無力な人々を集めて・・・
それだけでも、怪しい。

死ぬ寸前の人たちを、集めて・・・
それも、怪しい。

そして、あなたは、愛されている、云々・・・
あなたは、大切な人である、云々・・・

それでは、どうして、治療を受けさせなかったのか。
金は、たっぷりと、持っていたのに・・・

彼女の修道会の、名称は、小さな兄弟・姉妹会、である。
修道服は、白地に、青の帯を三本。

ちなみに、私は、現在の修道会の活動を、批判するものではない。

posted by 天山 at 06:24| 沈黙を破る2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月02日

神仏は妄想である。478

新約聖書の写本について、様々な議論があるが・・・

更に、テキストの内容の違いなど、大したことではないという教会関係者もいるが・・・

アーマン氏の、結論を書く。

写本が重要であることは、当然といえばあまりに当然ではないか。新約聖書をどう解釈するかは、写本にかかっている。そして、歴史的イエスについて知り、イエスの死後、キリスト教会がどのような歩みを辿ったのか知るためにも、写本が必要なのだ。写本などどうでもいいと触れ回っている輩は、歴史的事実を知ることで当惑してしまう人々を、何とかなだめすかそうとしているとしか思えない。そうでないなら、自己欺瞞に陥っているのだ。
アーマン

微妙な食い違いから、当時の様子が伺える。
更に、教義に関しても、それは大きな影響を与えることになる。

例えば、十字架上のイエスが、口にした言葉、「父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているのか知らないのです」という台詞を、省略した書き手もいた。
ルカ福音書

初期キリスト教は、この言葉を、自分たちがしでかしたことが分らないユダヤ人を、赦す言葉であると、解釈した。

二、三世紀に、キリスト教徒の間で、反ユダヤ主義が広く見られたという時代背景を見れば、一部の書き手が、この一節を省いたことも、頷ける。

当時、多くのキリスト教徒は、ユダヤ人が、自分たちの行いの意味を、重々承知していて、神が彼らを赦す道理がないと考えていたのである。

ユダヤ人を赦す道理が無いから、省く・・・

こうして、時代背景により、違いが出てくるのである。

後に、この反ユダヤ主義、思想が、ユダヤ人に対する、強烈な差別を生むことになる。

さて、話は続く。

問題の大きさからいえば、私たちが、神の啓示の言葉がどのようなものだったか分らないことよりも、聖書に記された言葉が、神の啓示だと考えることのほうが深刻だ。加えて、神が、現在私たちの手元にある聖書を、本当に聖典として認めたのかどうか、知ることはできない。正しい文書だけが聖書に収められていると、どうして言えるだろうか? 神から霊感を授けられた書など、他には存在しないと、どうして断言できるだろうか?
アーマン

私も、同じように言う。
全く、その通りである。

聖書に収められていない、すべての、文書を簡単に、偽文書、偽書だと言う、人たちが、いる。勿論、キリスト教徒である。

彼らは、聖典が、どのような歴史を持って成り立ったのか、考えてみたこともないのである。
最初から、そのようであった、思い込んでいる。

どの文書を聖書に含めるか、という問題は、長期に渡り、議論に議論を呼び、それでも、決まらなかった。
現在も、決まっていないのである。

信じがたいことだが、世界中のすべの教会が最終的な合意に達したことは、ただの一度もなかった。歴史を通じて、いつもどこかの国で(シリア、アルメニア、エチオピア)、私たちの使っている聖書とは微妙に異なる聖典を持つ教会があった。
アーマン

只今の、27の書からなる、新約聖書は、16世紀の、宗教革命に対抗して開かれた、トリエント公会議まで、いかなる公会議によっても、承認されたことはなかったのである。

これは、当時、旧約聖書外典を、旧約聖書から外そうとする、プロテスタントの運動に対抗して、これも同時に、聖典に入れることにしたという。

教会の成立後数世紀の間、あまたのキリスト教集団が、多種多様な神学論や教会組織論を擁護した。これらの集団は、最も根本的な問題のいくつかについて、全く異なる主張を展開した。
アーマン

聖典の発展に伴う難題は、自分たちこそ正しいと主張し、信者を獲得しようと競合しあう集団一つひとつが、彼らの見解に権威を与えてくれる聖なる書物を、独自に保有していたということだ。こうした書物の多くは、使徒によって書かれたとされていた。一体誰が正しいのか? 紛議の結果、ようやく出来上がった聖典は、最終的に勝利した集団が護持していた書を収録したものだった。しかしそこに辿りつくまでには、何世紀もかかったのである。
アーマン

その様子については、以前、色々な派閥の話として、書いた。

イエスの死後、150年ほども経ると、様々な、集団が、我らこそ正しいと、言い張るようになる。
イエスと、その使徒の教えを正しく継承していると称する、キリスト教集団である。

そして、改宗者を獲得する闘争の過程で、最後に勝ったのが、ローマを中心にしている、集団である。
ローマ帝国の首都ローマの教会は、信徒の数、資金力、組織力で、抜きん出ていたのである。
更に、ローマ皇帝の後押しである。

現在に至る、ローマ・カトリックである。

私が簡単に言えば、ローマ・カトリックは、初期ユダヤ人のキリスト教徒を皆殺しにして、白人のための、宗教を作り上げた。
それが、キリスト教の前進である。

最も、戦闘的で、世界で最初に大規模な戦争を仕掛けた、キリスト教徒である。

その、白人キリスト教と、白人至上主義が、加わり、世界をまたにして、人種差別と、植民地政策で、現在までの、混乱を作り出したのである。

ローマ法王とは、西欧の王位に比べて、遥かに、権力と権威を持つ者となった。そして、それを、許した、西欧の歴史である。

今、キリスト教の存在価値があるとしたなら、白人の野蛮性を、抑えるという意味で、友好だろう。
彼らは、宗教が無ければ、倫理も人倫も無い、野獣のようになる。

世界の根本的問題・・・
それは、ユダヤ教と、反ユダヤ主義の、キリスト教による。

現代の、イスラム原理主義のテロリストの登場も、ユダヤ、キリスト教の存在によるものであるといえる。


posted by 天山 at 05:35| 神仏は妄想第九弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月03日

神仏は妄想である。479

聖書という、キリスト教の聖典の出来方について、どのような事実を挙げても、信仰には、関わりが無い。
つまり、信じてしまったのである。
だから、聖書は、どのように出来たのかなどに、関心が無い。

更に、聖書を読まずとも、信じてしまえば、済むことである。

その伝道者の情熱に動かされて・・・
信じる。

日本に最初に、ザビエルが伝えた天主教というものも、聖書など誰も読むことがなかった。
ただ、宣教師の神の、天主のお話で、信じた。
更に、マリア様の存在である。

その時の神の名は、ゼウスであり、そして、聖母マリアが、手だった。

それは、日本に限らず、ブラジルなどでも、地場の信仰対象だったものと、マリアを重ねてしまい、それを聖母マリアに仕立てたのである。
黒いマリア像である。

信じてしまえば、人間は、勝手に自己暗示で、十分に過ごせる。

つまり、信仰とは、自己暗示であり、対象は、我がうちに在る、神や仏なのである。
自己暗示に酔いしれることほど、心地よいことは、無い。

神仏が存在するも、しないも、心一つの問題である。

完全に正統的で、使徒的な言説が述べられているように見えながら、聖典から外された書物も数多くあった。「ペトロの黙示録」「バルナバの手紙」「クレメンスの手紙」などである。
アーマン

現在に至る、聖典のリストを作ったのは、エジプト、アレクサンドリアの有名な司教だった、アタナシウスである。
その間も、色々な議論があったが、五世紀以降、彼が指定した正典は、大方の正統教会の正典として定着する。

中世を通じて、聖書の写本を作る書記は、二十七の書だけを書き写した。アタナシウスのリストが、世界的な宗教会議で承認されることは、千年以上なかったが、印刷技術が発明される時代まで、広く活用されたこのリストは、事実上承認された形となった。十五世紀に活版印刷が開発され、聖書が簡単に複写できるようになると、アタナシウスの正典は、もはや不動のものとなった。これ以降、正典に収められるべき書や、その順番が確定された。今日、英語圏のどこで新約聖書を買おうと、その内容はすべて同じである。
アーマン

若き日の、アーマン氏は、福音主義の信者だったが・・・

聖書は、神によって、与えられたものである、ということを、信じきっていたのである。

だが、
もちろん今の私は、もはや聖書をそんなふうに見ていない。それどころか、聖書は神の啓示などではなく、実に人間的な本だと思っている。・・・
私の意見では、これは、どう見ても神の業ではなく、人間味溢れる教会指導者たち(全員が男だが)が、何が正しいのか決めるために、最善を尽くした結果だ。
と、言う。

もう、これ以上の説明は、必要ないだろう。
聖書は、人間が、悪戦苦闘して、作り上げた書物であるということである。

神が、手を下したことは、無い。
神は存在しないからである。

更に、その神というものも、一つの霊であった。
霊的存在は、退化もするし、上昇もする。

旧約聖書に登場する、神という存在は、すべて人間のことである。
だから、あのような、残虐なことが出来たのである。

モーゼ五書・・・
モーゼが作り上げた、神、である。
モーゼが支配した、神。

神との契約は、モーゼとの契約である。
モーゼが主体で、神は、従である。

私が神であるというより、神という存在を置いた方が、易い。
そして、民族の神として、祭る。

何もおかしなことはない。
おかしなことは、全人類を救う神というから、おかしくなる。

ユダヤ人の神であり、ユダヤ人のみの、救いの神であるとすると、済むのである。
勿論、今の今まで、ユダヤ人は、救われていないが・・・

勿論、キリスト教徒も、救われていない。

救いということが、永遠の命を得るということであれば、誰も永遠に生きている者は、いない。
勿論、天国で永遠に生きているのかもしれないが・・・

だが、それを確認する方法は無い。

原始から人間は、目に見えないものを、畏れた。
それを、単純に宗教に似た、信仰と当て嵌めるのは、誤りである。
原始時代は、原始時代の、ものの見方がある。

現在の宗教と、信仰と、原始のそれが、同じ訳は無い。

人間の精神が複雑化するにつれて、それ、宗教的な行為も、複雑になった。
特に、おかしいのは、特殊能力を得るなどという、宗教と、その信仰である。

更に、また、奇跡が起こるという、宗教と信仰である。

常識、良識を持って、対処することが、唯一の道である。

宗教も信仰がなくとも、生命に対する、畏敬の心があれば、すべては、解決する。
今ここに、存在している、私という、現実を見ることである。
その私は、何によって生きているのか。
あるいは、何によって、生かされているのか、である。
posted by 天山 at 07:13| 神仏は妄想第九弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月04日

神仏は妄想である。480

福音書が、作られたものであれば、それによる、キリスト教というものも、作られたものである。

突然、天から声が聞えて、キリスト教が出来た訳ではない。
そんなことは、この地球が出来てから、一度も無いことである。
更に、人類の歴史にも無いことである。

大方のキリスト教徒にとって、信仰とは、キリストを信じ、彼を通して神を崇拝することだからだ。聖書を信仰することとは別物なのである。
アーマン

カトリックの信仰告白という、ミサの前に唱える文句にも、聖書を信じるなどとは言わない。
そこには、キリストを信じると、言う。

聖書が非常に人間的な本であるというだけではなく、キリスト教そのものが、発展し、今日の私たちに伝えられてきた経緯から見て、人間が創った宗教であるということだ。
アーマン

つまり、神は、宗教を創らない。
また、仏も宗教を創らない。

では、何故、宗教を創るのか・・・
それは、少数の人間の欲望からである。
支配欲か・・・名誉か・・・

あるいは、お金儲けか・・・
確かに、宗教屋というものが、多い。
特に、新興宗教などは、明らかに、宗教屋である。

日本でも、詐欺で逮捕された多くの、教祖がいる。

さて、
キリスト教の中核は、何と言っても苦悩するメシアへの信仰であろう。「メシア」という用語は、ギリシャ語の「キリスト」に対応するヘブライ語である。
アーマン

だが、キリスト教のメシアは、旧約聖書が存在しなければ、存在しないものである。
だが、ユダヤ人は、イエスをキリスト、メシアとは、認めない。
何故か・・・

キリスト教のメシア観と、ユダヤ教のメシア観が違うのである。

イエスは、ユダヤ教の一派であった。だから、本来は、イエスの考え方から、出なければならないが・・・
キリスト教は、白人によって、勝手に出来上がってしまったのである。

非ユダヤ人によって・・・

キリスト教が誕生するまで、伝統的にユダヤ教には、苦悩するメシアの待望論は存在しなかった。
アーマン

キリスト教は、旧約聖書から、苦悩するメシアについて、頻繁に引用してきた箇所がある。しかし、イエスを信じないユダヤ教徒の反論は、非常に説得力がある。

つまり、キリスト教が引用する、旧約聖書の箇所は、メシアについて、一切言及されていないのである。

ユダヤ人は、これらの記述は、メシアではなく、誰か別の人間(あるいは大勢の誰か)のことを指していると、伝統的に解釈してきた。
アーマン

私たちが知る限り、キリスト教成立以前のユダヤ人は、誰一人として他人の罪のために苦しみ、死んだ後に生き返るメシアを待ち望んでいなかった。ならば、メシアとはどのようなものなのか? 私たちは、イエスの時代に書かれたユダヤの古文書から、ユダヤ人が思い描いていた多様なメシア像を知ることができる。そうしたメシア像は、イエスとかけ離れていた。
アーマン

全くその通りで、メシアとは、油を注がれた者、である。
旧約聖書には、メシアが多数登場するのである。

彼らは、与えられた使命を果たすために、神が選び、愛した者であることの象徴として、儀式で、油を塗られた。
祭司や王たちである。

古代イスラエルの伝承では、神がダビデ王に、子々孫々の至るまで、イスラエルの王として、君臨することを約束したとある。
しかし、歴史が移り変わると、この約束が、破られた。

ダビデ王朝が四百年以上統治した、ユダ王国は、紀元前586年に、バビロニアに滅ぼされた。
ダビデの血を引く王の、治世は、終わったのである。

しかし、神は、ダビデの子孫が、王であり続けることを、約束したのである。
それでは、神の約束は、歴史的な現実と、どのように折り合いをつけるのか・・・

一部のユダヤ人は、神が、自分に背いた民を罰した後、塗油された王を復活させ、イスラエルを治めさせることによって、約束を守ると考えた。この王こそがメシア、すなわち新たに油を塗られた者であり、イスラエルの敵を倒し、この地に独立国家たるイスラエルを再建する、ダビデのような、偉大な戦士にして王なのだ。
アーマン

しかし・・・
ペルシャ人がバビロニア人にとって代わり、ギリシャ人、エジプト人、シリア人、そして、ローマ人へと支配者が変転して行く。
イエスの時代まで、ダビデの末裔が王位に就くことはなかった。

残念、無念である。
結局、神の約束も、人間が、作り上げた妄想だったのである。
あるいは、神の心変わりか・・・

伝承、神話に登場させる、神々とは・・・
それは、人間の、空想であり、また、人間力の徴、象徴として書かれているのである。
あるいは、自然の働きなど・・・

もし、霊界に旧約聖書に登場する神が、存在しているとすれば、それは、そういう人々の意識の塊が、それを創り上げているということである。

人間の、妄想力は、現実に映像を創る程、強いのである。


posted by 天山 at 09:25| 神仏は妄想第九弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月05日

神仏は妄想である。481

キリスト教成立の謎を解く
バート・D・アーマン著
上記を手手掛かりにして、書き続けてきた。

その聖書と、福音書に関して・・・
滅茶苦茶な矛盾の中で、更に、一つの民族宗教、ユダヤ教から出た、新しい宗教というもの。作り上げられたキリスト教を見てきた。
まだ、終わらないが・・・

だが、私は、知る。
それでも、信じる人たちがいる。
事実を提示しても、信じる人がいる。

反社会的行為を成した、新興宗教のオウム真理教でも、今、なお、信者がいるという。
一度、信じてしまうと、信じ続けるという、癖が出来る。

更に、人間は、何か、信じるものが必要なのか・・・

そのようである。
何せ、自己に関する、幻想にさえ、気づかぬ人がいる。
更には、自己妄想である。
それは、精神疾患ではない。

人間の精神に根付く、畏怖、恐怖、不安、心配、その他、心理的に、存在する諸々の、感情の行き着く先に、何かを信じるという、感情が芽生える。

人間は、宗教でなくとも、何かを信じている。
そういう存在が、人間であると、得心する。

どれ程の、教祖が、詐欺罪で、捕らえられたか、知れない。
だが、その信者たちは、それでも、信じ続けるという場合も、多々ある。

問題は、それ、である。
全く、何も信じない人はいない。

ある人は、科学を信じている。
医学を信じている。

そして、解らないものを、信じるのは、人間の本能でもあると、言える。

ここで、宗教心理学などを持ち出さなくても、いい。
それこそ、余計な謀である。

念仏から、題目から、朗誦に至るまで、様々な、信仰形態が存在する。
それで、救われる、或いは、現世利益を求める。
人間は、そのような存在なのである。

だから、宗教を学ことと、信仰は、別物として考えるべきだ。

あらゆる宗教は、人間の幻想、妄想から、はじまっている。
そこに、理屈を付ける。

日本の伝統宗教は、神道だと言うが・・・
伝統は、宗教ではない。
つまり、神道が、宗教ならば、伝統ではない。

更に、そこに、教義や、教学なるものが現れると、伝統ではなくなる。
それは、宗教になる。

日本の新興宗教は、神道系、仏教系、そして、僅かであるが、キリスト教系、その他、諸々。しかし、既存の宗教を基にして、新しく作り上げる方が、易い。

更に、新興宗教から、また、新しい新興宗教が出来るというように。

教祖がいて、教義があり、組織がある。
そして、宗教の一丁出来上がりである。

だが、宗教とは、名ばかりで、すべてが、営業、産業なのである。
そこで、消費されるものを、見てみるがいい。

寄付から、献金から、上納金から、何から何まで、金である。
どんな宗教を問わず、金である。
商売と言わずして、何と言うのか・・・

信ずる行為と、同じように、金を出させる行為も、宗教の得意技である。

結果、信ずる者は、騙されるのである。

そこには、不思議が付きまとう。
信仰により・・・云々・・・
だが、信仰により、死ななかった人はいない。

どんなに、奇蹟を言っても、不死ということは、無い。
つまり、それが、宗教の限界なのであり、すべてが、ウソであるということである。
信じて、死なないとなれば、本当かも、しれない。

何せ、死を恐れて、信仰の道に入る人も多々いる。

宗教的なものを、信じるという行為は、自分の何かを、明け渡す行為と同じである。

ナザレのイエスは、ユダヤ教の信者だった。
そして、ユダヤ教の改革を目指していた。
ユダヤ教から、一歩も出ていないのである。

更に、イエスの信仰は、黙示的である。
つまり、預言的である。

だが、何一つも、起こらなかった。
起こったことは、自分が磔られたということである。
反体制の活動をしたという、理由で。

それは、ユダヤ教指導者にもあてはまり、ローマに対しても、あてはまった。
単なる、遊行の説教をしていただけである。

その福音書が、これほどに、矛盾だらけであるという。
それが、面白いことに、何の反省も無く、取り入れられて、イエスを人類のメシアだの、仏陀と並ばせて、人類の大師だと言う者もいる。

ナザレのイエスに、権威がついたからである。
仏陀も、そうである。

だが、仏陀の国だったインドは、結局、仏陀以前のバラモンから、ヒンドゥーへと、今も、抜けられない。

紀元前からの、カースト制が未だに残り、人々を、苦しめる。
信仰とは、実に、怖ろしいものである。

この、宗教的にも平和な日本で、信仰、信教の自由を享受している、日本人には、宗教の恐ろしさが、中々解らないのも、頷ける。


posted by 天山 at 06:02| 神仏は妄想第九弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月06日

神仏は妄想である。482

イエスの時代、多くのユダヤ人は、今日のユダヤ人の大半がそうであるように、未来のメシアについて、あまり考えていなかっただろう。しかし、メシアを待ち望むユダヤ人は、ヘブライ語聖書の「詩篇」二編一節から九節のような、メシアに関する記述に記されている約束を、神が果たすと信じていた。
アーマン

その箇所である。

なにゆえ、国々は騒ぎ立ち
人々はむなしく声をあげるのか。
なにゆえ、地上の王は構え、支配者は約束して、
主に逆らい、主の油注がれた方に逆らうのか
「我らは、伽をはずし
縄を切って投げ捨てよう」と。
天を玉座とする方は笑い
主は彼らを嘲り
憤って、恐怖に落とし
怒って、彼らに宣言される。
「聖なる山シオンで
わたしは自ら、王を即位させた。」

主の定められたところに従ってわたしは述べよう。
主はわたしに告げられた。
「お前はわたしの子
今日、わたしはお前を生んだ。
求めよ。わたしは国々をお前の嗣業とし
地の果てまで、お前の領土とする。
お前は鉄の杖で彼らを打ち
陶工が器を砕くように砕く。」

明らかに期待されていたのは、ダビデの系譜に連なり、ダビデの後継者と同じく神の子である、卓越した、力強い王の出現だった。
アーマン

それは、兎も角として、いつも思うことは、怒り、打ち砕くなどという、記述である。何処にも、平和的な書き方が無いのである。
そして、領土である。いつも、領土を与える、云々。

これが、ユダヤ、イスラエルの最大の問題だったことが、解る。

さて、当時のユダヤ人は、メシアを力強い、王として、認識していたということだ。

つまり、
イエスが生きていた時代、多くのユダヤ人が期待していたのは、力漲る、軍人たる王であるメシアだった。
アーマン

と、すれば、イエスは、メシアなどではない。
全く、的外れなのである。

しかし、イスラエルの復興者に対し、違う期待を抱いていたユダヤ人もいた。特に、イエスや彼の信者も受け継いでいた黙示的思想的伝統では、将来の救世主は、単なる地上の王ではないと考えられていた場合もあった。彼は、圧倒的な力で、悪の勢力を駆逐するために神から遣わされた、地上の宇宙的審判者だった。
アーマン

そして、この神聖な人物は、コンテクストによって、呼び名が変わる。
時には、人の子、と呼ばれることもあった。

イエスも、黙示的思想的伝統を受け継いでいたといえる。
しかし、それは、奇想天外な、妄想である。

そして、何一つとして、預言が成就したことは無い。
その、暴力的な預言の数々である。

砂漠の宗教らしい、野蛮さである。

しかし、すべてのユダヤ人の期待には、共通点もあった。彼らは、来るべき時代のメシアは、威厳と力強さを兼ね備え、その絶対的な力で、神の敵を打ち負かし、神の民や他の国々を、厳格に統治する者であることを望んでいた。
アーマン

つまり、願望である。
その、願望を、預言として、書き記した。

民族の願望を、聖書という書にまとめたと、いえる。
ある意味では、気の毒な民族である。

一度築いた、ユダヤ王国・・・
それが、分離し、更に、崩壊した。
それ以後、そのような王国は、成り立たなかった。
それのみか、いつも、何処かの国の、属国として、成り立っていたのである。

主なる神は・・・
存在しなかった。
それでも、それを信じるしか、術が無い。
それが、ユダヤ民族の定めである。

そこから、人類の救い主が現れるとは・・・
全く、神仏は妄想である、と言わざるを得ない。

であるから・・・
イエスは、全く論外だった。

何せ、ユダヤ人にも、知られていなかった存在である。
ほんの一部の地域のみで、説教を繰り返していた。
それも、黙示的な・・・

そして、ユダヤ教の体制批判と、ローマ帝国にも、逆らうような体制批判である。
それでは、殺される。

磔にされたイエスを、メシアだとは、誰も、認めることが出来ないのである。

ユダヤの律法に背き、反体制分子として磔刑に処せられた男だ。イエスは、ローマ人を追い払うことができず、逆に虫けらのように叩き潰されてしまった。大方のユダヤ人にとって、そんなイエスをメシアと呼ぶことは、笑止千万であり、ほとんど(あるいは実際に)、神への冒涜以外の何ものでもなかった。
アーマン

ところが、それに目をつけたのが、キリスト教を、創り上げた者たちだった。

posted by 天山 at 05:58| 神仏は妄想第九弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月07日

国を愛して何が悪い134

新渡戸稲造の、武士道を見て、それから、日本の精神史についてと、考えていた。このまま、精神史に向ってもいいが。
その前に、もう一度、省みることがある。

黄文雄氏の、日本人から奪われた国を愛する心、という、著作である。
とても良い、教科書といえる。

そこから、同感することを、取り上げて、少し紹介したい。

日本人は「平和」と言う言葉が、国によってその意味するところが大きく異なることを理解すべきである。戦後日本人は「愛国心」を軍国時代の産物として過剰に危険視してきたが、むしろ「平和」のほうが「愛国」より多大な危険を含んでいることに気づくべきである。そうしないかぎり、自らの唱える「平和」が他国に利用され、破滅への道を進み続けることになる。


例えば、平和を口にしつつ、虐殺を行なう中国を見ることにする。

さて、その前に、世界の多くの国は、平和を望むと公言する。
だが、戦争を望んでいる国ほど、声高に、平和を強調するということだ。

その中でも、中国が抜きん出ているのである。

黄氏の、解説で、進む。

かつて、中国において「世界革命」「人類解放」などの「歴史使命感」を果たせというムードが高まっていた時期、中国ではしきりに「平和五原則」が叫ばれていた。この平和五原則は、1954年にインド政府と中国政府が結んだ協定であり、領土・主権の尊重、相互不可侵、内政干渉せず、平和互恵、平和共存の五項目を謳ったものだった。


ところが・・・
当時、チベットを侵攻占領した中国共産党が、インドからのチベットに対する、影響力を排除する目的で交わしたものである。
この平和五原則で、中国は、インドの内政干渉を受けることなく、チベット人の虐殺を遂行できるようにしたのである。

チベット人の、虐殺は、三百万人・・・
呆れる。

こうした野心を隠蔽するための言葉のすり替えは、中国の得意技である。


現在は、日本に対して、ウソ偽りの言葉は、当たり前なのである。
それも、平和という言葉を全面に、押し出す。

平和を阻害しているのは、日本であるというのだ。

そのためには、どんなウソも、平然と言う。

本音では革命戦争を望んでいるのだが、それを公にするのは当然ながらまずい。そこで、「平和」という建前を声高に叫び、「平和的交渉」や「平和的努力」をするフリをするのである。


フィリピンでの、平和的対話をしている、その間に、フィリピンの南沙諸島に軍艦を向けていたという事実。

2004年、6月28日、平和五原則の創立50周年大会が開かれた。
そこで、温家宝前首相は、「平和五原則は平和の原則だけではなく、発展の原則である。経済分野での平和原則とは、各国の経済自主権を尊重し、平等で国際経済に参与し、公平に競争し、互恵をして共同で、利益を獲得することだ」と述べた。

ところが・・・
その一ヶ月前には、日中境界海域で、春暁ガス田を開発中であることが、発覚した。

しかも、資源が複数国の境界にまたがる場合は、埋蔵割合に応じて、関係国間で配分することになる。日本側が、データーの提出を求めたが、それを無視し続けているのである。

更に、同じ年の、11月、中国は、原子力潜水艦を、日本の排他的経済水域を侵犯した。日本が強く抗議したが、中国側は、技術的な問題で、誤って入り込んだという、言い訳、ウソを言う。

更に、その一ヵ月後、沖ノ島周辺の、日本の排他的経済水域に、再び、海洋調査船が、無断で、侵入しているのだ。

これらのことから、中国の言う、平和という言葉は、意味合いが全く違う。

中国の言う、平和は、中国の勝手にしていいという、意味なのである。
中国の、思うとおりに出来ることが、中国の言う、平和なのである。

日本人には、理解出来ないのである。

このように、「平和」とはきわめて危険なものなのだ。その一方で「平和」とは万民にとって魅力的な言葉である。「平和」という言葉は、トゲのあるバラのごとく、人類の歴史においてじつにさまざまな役割を果たしてきたのである。


人類は有史以来ずっと、「平和的手段」で戦争を避けるべきだと語り続けてきたが、本当にそれが実現されるというのは理想でしかなく、現実の「平和的手段」とはワナばかり、落とし穴ばかりの油断ならないくせ者なのだ。


だから・・・
日本の、平和愛好者、平和主義者は、何も、平和について、解っていないのである。
平和念仏と言われる、所以である。

戦争がなければ、平和か・・・
そう、戦争の無いことを、平和と思い続けているのである。

それで、今でも、70年前の、憲法九条を、平和憲法として、たてまつる、のである。

全く、状況が違うにしても、それが、いいと、思う。

有事が起きた時のことを、考える余地が無い。
つまり、国際社会から見れば、アホの極みである。

更に、自国民を護れなくて、何が、平和か・・・

アメリカ、イギリスは、一人の自国民のために、軍艦を派遣するのである。


posted by 天山 at 05:58| 国を愛して何が悪い3 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月08日

国を愛して何が悪い135

中国は今日に至っても、台湾は中国の伝統的固有の領土だと主張している。その一方で、この領土問題は「平和的手段」での解決を望むと言っている。だが、中国の言う「平和的手段」とは「民意を問う」のではなく、中国の言いなりになり、自己主張を押し通すという意味だ。中国の「平和」とは、あくまで「共産主義の平和」「覇権国家・中国としての平和」なのだ。その証拠に、中国は「四つの原則の堅持」のひとつとして共産党独裁の堅持をいまだに明言している。
黄 文雄

だから、尖閣諸島に対しても、日本側に問題があると、平然として言う。
勝手に、中国領だと叫んで、それでいて、平和的に解決をと言う。

それが、日本人には、理解出来ないのである。
平和と聞けば、思考が止まる、日本人である。
しかし、中国は日本の領土を我が領土だと言い、紛争を招くのは、日本側だと、言う。
全く、無茶苦茶なのである。

日本が、自国の領土を護るのは、当たり前であるが、中国は、平和的に、日本の領土を、我が物であると、言うのである。

そして、意のままにならなければ、武力を盾とする。
どこに、平和があるのか・・・

つまり、平和の概念自体が違うということである。

日本人も、早くそれに気付くべきだ。
が・・・

武力行使を辞さないというのが、中国の言う「平和」なのであると、明確にしておく。

だから、黄氏が、
日本人は「平和」と言う言葉が、国によってその意味するところが大きく異なることを理解すべきである。
と、言う。

更に、
むしろ「平和」のほうが「愛国」より多大な危険を含んでいることに気付くべきである。
とも、言う。

日本の知識人は、中国で平和運動家が「漢奸」呼ばわりされる事実やその理由、歴史について、あまりにも知らなさすぎ、勉強不足である。


全く、逆の発想なのである。

中国、北朝鮮のように、戦争を切り札に敵国を恫喝する国にとっては、日本の平和運動というのは、必要不可欠な、戦力となる。
そして、日本の平和運動家は、その戦略に乗せられているのである。

更に、愚かしいのは、彼らは、それに気づいていないのである。
馬鹿も、ここまで来ると、手が付けられない。

憲法九条を、平和憲法と、叫ぶ人たち・・・
戦争放棄、軍備撤廃とは、敵国にさせて、従わせるものなのである。

だから、いつまでも、日本は、アメリカによって、その核兵器によって、守られてきたのである。
アメリカは、日本が、盾を突くことなく、アメリカの言いなりになるようにと、定めた憲法である。

フィリピンを植民地化し、その後独立させた後に、フィリピンの憲法に、戦争放棄を掲げたのである。
楯突かないように・・・

戦争放棄が、単純に平和に続く道だと、信じているのである。
つまり、念仏平和主義である。

ところが、世界は、そんな甘いものではない。

アメリカが、手を引けば、即座に、中国は日本侵攻をはじめるだろう。
そんなことも、知らないのが、日本の平和運動家なのである。

兎も角、今は、まだアメリカの後ろ盾があるから、いいが・・・

そういう意味では、アメリカ人も、日本の平和運動家たちを、笑っている。

一体、自国を誰が守るのか・・・と・・・
日本のために、米兵が死ぬだろうか・・・

日本人が、アメリカ人のために、死ぬだろうかと、同じである。
自国のためでさえ、死ねない者が、他国のために、死ねる訳が無い。
と、考えられないのである。

それほど、日本は、平和にボケでいるということだ。

アメリカでは、金が無いので、軍縮をし、更に一部では、日本の核武装も視野に入れてと、考える人たちもいるのである。
もう、自分たちで、国を守るべきだと。

今までは、アメリカに守られていたので、言いなりになり、大枚な金をアメリカに貢いでいた、日本である。

だが、状況は、もっと厳しいものになっている。
アメリカは、世界の警察であることを、辞めた。

オバマ大統領は、国内問題で、手一杯になっている。
シリアへの、軍事介入も、ロシアに抑えられて、実行しなかった。
すでに、アメリカは、衰退しているのである。

平和主義者や平和運動家が実際に平和をもたらした例はなく、それどころか逆に戦争を招来することにもなりうるのである。


当然のことながら、自衛のための軍事力を保持し、独立を守ろうとしても他国に蹂躙されれば、いくら平和主義者が平和を主張しても、そんなものは瞬時に吹き飛んでしまう。


つまり、妄想の域、自己満足の域の中にあるだけで、現実とは、遠い、遠い、更に、よく解らない、平和を唱えているのである。

日本には、言霊というものがあり、言葉にすることは、成るという、考え方の伝統を持つが、それは、日本にのみ、言えることである。
世界には、通用しない。

posted by 天山 at 09:07| 国を愛して何が悪い3 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月09日

国を愛して何が悪い136

今時期、北朝鮮を「地上の楽園」などという者がいるだろうか。
もしかして、昔の思いのまま、ボケてしまった人には、いるかもしれないが・・・

まさか、北朝鮮が、「地上の楽園」とは、誰も、言わないだろう。

ところが・・・
朝鮮戦争後の、1950年代から、60年代の社会主義政権樹立後に、「地上の楽園」という、プロパガンダが繰り返し喧伝され、これに日本の知識人たちが、心酔し、陶酔した時期がある。

驚くべき、蒙昧であるが、事実である。

彼らは、日本のような議会制民主主義制度よりも、人民専制、プロレタリア独裁を「真の民主主義」だとして本気で憧憬の念を抱いた。こうした「友好人士」たちは、日本の教育機関やマスメディアに入り込み、戦前の日本や国家の防衛構想などに対して、徹底的に批判を加え、日本の戦争犯罪を告発し続けた。そして国家、それも日本国だけを否定し、日本人に自虐史観と贖罪意識を与えてきたのである。こうした動きは、過去半世紀以上も続き、現在に至っても変わることなく続いている。
黄 文雄

えっ・・・
現在に至っても・・・続いているとは・・・

それならば、余りにも、アホである。
しかし、見渡してみると、確かに、存在しているようである。

戦後半世紀以上にわたり、「世界革命、人類解放」の世界基地だった、ソ連、中国、北朝鮮をはじめとする、社会主義体制の国々を見れば、日本における、市民運動、平和運動というものが、実に、滑稽で、的外れなものか、わかるというものである。

市民運動、平和運動とは、名ばかりで、実に暴力的な運動でもあるが・・・
日教組、労働組合、マスコミ、その他・・・

社会主義国家の多くが、建国後、しばらくして貧困、経済停滞の苦境に陥り、その一方で、国民は独裁体制化で、人権抑圧、圧制に苦しむという状態だった。

皮肉なことに、人類解放を目指す社会主義こそが、もっとも多くの国民を苦しめてきたのである。

これは、もう、説明や、一々例を挙げるまでもないことである。

平和を唱える、革命勢力も、圧制、暴力を必要とするという、二律背反性にあったのである。

だが、日本の進歩的文化人や平和主義者は、こうした共産主義国家が暴力革命を認めていることには目をつむり、あるいは、暴力革命を平和のための手段だと美化し、ひたすら平和愛好勢力だと強調した。


何故か・・・
富裕層のドラ息子のような、言動を良しとしていたのか・・・

自分たちは、痛くも、痒くもない所にいて、のうのうと、よくぞ、言ったものである。

日本という、平和で恵まれた環境だから、こそ、それが出来たのだろう。
そして、現在も、である。

そして、その勢力の中から、政治家まで登場するという・・・愚劣である。

今も、政党には、日本共産党、そして、旧社会党の、社民党などが、存在する。
そして、寝惚けたことを、繰り返し、喧伝しているのである。

更に、組合、中でも、日教組、マスコミ・・・
偏狭と狂乱のグループは、健在である。
信じられないことだが・・・

先の、友好人士とは、中国共産党、北朝鮮が、日本の軍事武装化に反対する、平和主義者たちを、日本の良心、日本の良識と言い、煽てて、彼らを、友好人士と呼んだのである。

そして、彼らを自国に招いて、徹底的に、プロパガンダしたのだ。

日本に帰国しては、それを鵜呑みにして、社会主義を喧伝し、日本を、米帝の走狗、と罵ったのである。

実に、面白いことに、中共、北朝鮮礼賛が続いていた間、実際両国では、熾烈な内紛、粛清、虐殺が行なわれ、多くの人民の命が奪われていたのである。

中国を見ると、日中戦争終結から1949年まで、国民党、共産党の内戦が繰り広げられ、毛沢東率いる共産党が勝利し、共和国が成立した後も、三反五反運動、反右派闘争、大躍進、文化大革命という、階級闘争、奪権闘争が続いた。

文化大革命が終息したのは、1976年。
共和国の建国から、25年以上も、闘争が繰り返されたのである。
そして、明らかになったことは、7000万人から8000万人にものぼる餓死者と、虐殺された者たちである。

北朝鮮では、1994年から98年の間、少なくとも、300万人ほどの、餓死者が発生し、各方面での、粛清もあった。勿論、今でも、それは続いている。

これでも、礼賛する・・・

私は、これは、別の見方が必要だと思う。
つまり、そういう人たちは、人間性の欠如があるのだ。
何かが、欠落しているのである。

更に、自己満足の最大のもの。つまり、自己満足症候群である。
更に、その逆もある。自己不満足症候群である。
それに加えて、性的な異常に近い、異常性官能倒錯である。

黄文雄氏は、決して利口ではない人たちと、言うが・・・
ところが、賢い馬鹿が多いのである。

もう、これ以上の詮索はしないが・・・この問題に関しては、である。
黄文雄氏の、著作に委ねる。

国を愛するという、人たちを、彼らは、唾棄すべき相手のように、見る。
しかし、一体、彼らは、どんな国が理想なのであろうか。
何せ、中国や、北朝鮮に移住する訳でもなく、ただ、日本に居て、声を上げているだけである。
それほど、日本が自分にとって、不適切ならば、どんどん、出て行くことだが・・・

日の丸も、国歌も、天皇陛下の存在も、それほどに、嫌ならば、出て行くべきだと、思うが。
私なら、そうする。

これから、日本の精神史を眺めてみる。

posted by 天山 at 06:48| 国を愛して何が悪い3 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月10日

国を愛して何が悪い137

日本人の精神について・・・
それは、日本人の精神史となる。

では、まず、精神とは、何か。
私は、人間には、魂と、心、そして、精神があって、成り立つものだと、考えている。

その精神とは、言葉の世界である。
言葉があって、精神が成り立つ。

つまり、日本人の精神とは、日本の言葉があって、成り立つものだ。
それでは、日本の言葉は、いつ頃から、成り立ったのか。
それは、縄文期である。

しかし、その資料が無い。
その資料が出てくるのは、後々である。

言葉の誕生は精神の誕生である。その原始の相はどうであったのか。古事記の成立したのは元明朝の和銅五年(西暦712)である。文字のなかった時代、口から口へと伝えられてきた「やまと」固有の言葉を、外来の漢字で表現することは至難の業であったろう。精神史の一ページはここから始まる。
亀井勝一郎 日本人の精神史研究

この亀井の著作から、紹介することにする。

確かに、口から口へと、伝えられていた時代があった。
しかし、言葉が無かったのではなく、文字が無かったのである。
勿論、古代文字、神代文字の存在も、言われているが・・・

ここで、「やまと」固有の言葉とあるが、大和言葉である。
それは、それほど、たやすく、変化するものではない。

奈良、平安時代まで、その息吹は生きていた。
そして、日本語の語源、原点となった。

後の時代に、言葉の解釈をするのに、漢字の意味を持って成したが、誤りではないが、正確さを欠いたと思えるのである。

日本語は、大和言葉から、理解しなければならないからだ。

漢字に当て嵌めた時代は、特に、音によるものである。
勿論、出来るだけ、漢字の意味合いと、同じようになるべく、努力した跡があるが。

漢字の解釈だけに頼って、言葉の意味を論じると、誤るのである。

更に、現代までも、漢字には、音読みと、訓読みがあり、訓読みは、大和言葉である。つまり、大和言葉は、失われていないのである。

手掛かりは、漢字の訓読みである。

ただ、漢字にして、口伝を書き取ったことは、大変革だったと思う。
まさに、精神の一大事である。

そして、また、書かれたものがあるということは、書かれなかったものもあるという、当たり前のことを、考える。
だから、書かれたものから、書かれなかったものを、探る努力も必要だ。

書かれたものを、単なる資料にしてしまう愚は、専門家に任せる。

文字の無かったといわれる時代を、原始古代、あるいは、神代の時代と呼んでいる。その、神代の時代を、探る努力が必要である。

何故なら、文字がなくとも、言葉が存在したということは、精神が存在したということであるから。

その神代の精神を鑑みて、日本人の精神と、精神史がある。

そして、それは、推理、推測のみならず、霊感が必要である。
日本の祖霊に対し奉り、その霊感を得ることである。

それは、祈りだ。
祖霊に対する祈りこそ、重大なことだ。
何故なら、日本は、祖霊をこよなく大切にし、更に、祖霊が自然に隠れた存在として、自然と共生してきた民族だからだ。

さて、神代の時代の精神を探るとしたら、それはそれは、混沌とした世界である。
何せ、今のように、宗教、文学、歴史などの感覚の無い時代である。
概念、観念というものも、見出せないだろう。

わけのわからない、時代である。
それは、今の時点から観るからである。

その、わけのわからない、時代を、俯瞰するという、試みは、実に危険である。
取り込まれる可能性がある。
つまり、精神的混乱である。

だから、祈りには、知性と理性が必要になる。
勿論、感性と、感受性は、必要不可決である。

古来、古事記を通して神々の世界に深入りした人々をみると、その多くは憑かれた人に成るか、或いは一種の狂人になるか、さもなければ大酒のみになるようである。わけのわからなぬものに堪えてゆくのは容易なことではなかったのだ。現代人である私は、「合理的」に接しようと心がけるが、「合理的」という言葉を反省してみると、私自身が「合理的」と思いこんでいる範囲内で、何とか辻褄をあわせようとしていることに気づく。一応辻褄があうと、解釈しえたと思うのだが、古事記のもつ混沌は、そんなことを容赦なくはねのけてしまう。
亀井勝一郎 現代語にして引用している。

この、合理的という言葉は、西洋哲学の言葉である。
だから、西洋の合理的という、概念を当てるが・・・
それを説明していると、とんだことになるので・・・

だが、ここにも、問題がある。
日本には、体系的な思想がなかったという、指摘がある。
その通りで、それが必要なかった言葉の世界である。
いや、言葉の世界では、体系化された云々がなければ、云々・・・とは、西洋の哲学体系を持っての、言葉である。

それは、それであり、これは、これである。
日本には、体系化された思想が無いというのが、日本の精神の特徴である。
それでは、何故、そうだったのか・・・
それが、問題である。

ただし、現代は、西洋哲学その他諸々の哲学、思想を取り込んで、日本語という世界で、遊ぶ。
それは、また、時代と、時代性であり、生成発展しているのであろう。

posted by 天山 at 06:28| 国を愛して何が悪い3 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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