2014年05月30日

もののあわれについて677

我々はここでは理知及び意志に対して感情が特に根本的であると主張する必要を見ない。この三者のいずれを根源に置くとしても、とにかくここでは「もの」という語に現された一つの根源がある。そうしてその根源は、個々のもののうちに働きつつ、個々のものをその根源に引く。我々がその根源を知らぬということと、その根源が我々を引くということは別事である。
「もののあはれ」とは畢竟この永遠の根源への思慕でなくてはならぬ、歓びも悲しみも、すべての感情は、この思慕を内に含む事によって、初めてそれ自身になる。意識せられると否とにかかわらず、すべての「詠嘆」を根拠づけるものは、この思慕である。
和辻 改行は、私

永遠の根源への思慕・・・
こうして、和辻によって、価値付けられた。

これも、一つの試みである。

かくて我々は、過ぎ行く人生の内に過ぎ行かざるものの理念の存する限りーー永遠を慕う無限の感情が内に蔵せられてある限り、悲哀をば畢竟は永遠への思慕の現れとして認め得るのである。それは必ずしも哲学的思索として現れるのみではない。・・・
和辻

様々な人生の、日常生活の中で、心の動く時・・・

人生における一切の愛、一切の歓び、一切の努力は、すべてここにその最深の根拠を有する。「もののあはれ」が人生全般にひろまるのは、畢竟このゆえである。
和辻

もののあはれ、とは、無限性の感情であると、和辻は、言う。
そして、それは、日本人が見出した、心象風景であると、私は言う。

それは、限りなく、純化され浄化されようとする傾向を持つのだ。

そして、それが、日本人の美意識にまで、高まった。
あらゆる、日本の伝統文化の中に、息づいてあるもの、である。

その美意識に触れると、言葉に出来ない、あはれ、という感情に身を任せるのである。
あはれ、という他に言いようのないもの・・・

そして、また、それが、日常の至る所に存在するのである。

源氏物語の、投げ掛けたもの・・・

それは、平安朝という時代性にもある。

平安朝は何人も知るごとく、意力の不足の著しい時代である。その原因は恐らく数世紀にわたる平和な貴族生活の、限界の狭小、精神的弛緩、享楽の過度、よき刺激の欠乏等に存するであろう。
和辻

その通りであろう。

当時の文芸美術によって見れば、意力の緊張、剛強、壮烈等を讃美するこころや、意力の弱さに起因する一切の醜さを正当に評価する力は、全然欠けている。意志の強きことは彼らにはむしろ醜悪に感ぜられたらしい。それほど人々は意思が弱く、しかもその弱さを自覚していなかったのである。従ってそれは、一切の体験において、反省の不足、沈潜の不足となって現れる。
彼らは地上生活のはかなさを知っている、しかしそこから充たされざる感情によって追い立てられ、哲学的に深く思索して行こうとするのではない。・・・
和辻 改行は私

平和が続くとは、そういう時代を生むということだ。
実は、現代も、そのようである。
だから、平安期のような文芸が現れるか・・・
それぞれ、個別的な、物語量産時期であり、それらは、消費されるだけである。

もう、時代が違うのである。

かく徹底の傾向を欠いた、衝動追迫の力なき、しかも感受性においては鋭敏な、思慕の情の強い詠嘆の心、それこそ「物のあはれ」なる言葉に最もふさわしい心である。我々はこの言葉に、実行力の欠乏、停滞せる者の詠嘆、というごとき倍音の伴うことを、正当な理由によって肯くことができる。
和辻

源氏物語の中に、込められているものは・・・
永遠への思慕に色づけられたる官能享楽主義、涙にひたれる唯美主義、世界苦を絶えず考慮する快楽主義・・・
和辻が、掲げるものである。

確かに、本文には、それらの思いが多く、述べられている。

例を挙げれば、キリが無いほど。

源氏物語には、戦いの場面は、一切無い。
そのような時代背景である。
切迫したものが無いのである。
だから、宿世や、末の世を嘆く。

そこには、多分に、仏教、特に、浄土の教えがある。
平和なるが故に、厭世観が強く、出家を目指す生き方である。

悲惨でも、悲劇でもない故に、陥る、神経症的な、何かに対する、怯え。
理解不能な、病を、物の怪として、扱う等々・・・

後に、著される、平家物語などの、勇ましさは、全く存在しない世界。

そして、最大なる特徴は、女たち、女房たちである。
女房文学・・・

平安期の、文学の担い手は、すべて女で占められる。
その視点は、女のものである。
ここにも、注目することが、出来る。

私は、源氏物語の前に、紫式部日記を、書き付けている。
それから、物語へと、進めた。
その、紫式部の、抑うつ感は、甚だしいものがある。

物語制作は、その前後であるから、更に、物語の内容に影響していることが、見て取れるのである。



posted by 天山 at 06:08| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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