2014年05月27日

もののあわれについて674

彼がここに根拠づけたとして持ち出すものは、「物のあはれ」が「心のまこと」「心の奥」であるという思想である。
和辻

「道々しくうるはしきは皆いつはれる上面のことにて、人のまことの情を吟味したるは、かならず物はかなかるべき」ゆえんを説いて、人性の根本を「物はかなくめめしき実の情」に置いた。すなわち彼にとっては、「理知」でも「意志」でもなくてただ「感情」が人生の根底なのである。
和辻

感情に置いた・・・
これは、凄いことである。
理知でも、意志でもない。
つまり、私は、感情を感性と捉える。

従って、表現された「物のあはれ」に没入することは、囚われたる上面を離れて人性の奥底の方向に帰ることを意味する。特に彼が典型とする中古の物語は、「俗の人の情とははるかにまさりて」、「こよなくあはれ深き」、「みやびやかなる情」のかぎりを写している。ゆえに、これを読む人の心には、その日常の情よりもはるかに高い、浄められた、「物のあはれ」がうつってくるのである。
和辻

この、浄められるという、感覚である。
浄化される。
これは、日本の伝統にある、清め祓いの心得だ。

読むことにより、心が清められる、浄化されるという、考え方は、まさに、伝統的な考え方である。

和辻は、
かくして前の疑問は、彼の「人情主義」の立場から解かれている。
と、言う。

そして、更に、
かく「物のあはれ」を根拠づけるとともに、「物のあはれむをば単に感情を対象に即して言い現したものとのみ見ることは許されなくなる。もとより「物のあはれ」はその領域としては「人の感ずべき限り」を、すなわち広さにおいては、単に官能的のみならず道徳的宗教的その他一切の感情をーーーたとえば人の品位に感じる仏心の貴さにうたれるというごときをもーーーまた深さにおいては、およそ人間の感受力の能う限りを、包括しなくてはならない。
しかし最初に定義したごとくいかなる感情も直ちにそのままに「物のあはれ」と見られるべきであるとすれば、右のごとき「物のあはれ」の浄化作用は解き難いものとなるであろう。そこで彼は、(ここに説くごとき論理的必要によってではなていが)「物のあはれ」に性質上の制限を加える。
和辻

つまり、「物のあはれ」とは、言えないものがあるということだ。
というより、「物のあはれ」を知らぬものである。

性質上の制限・・・
それは、「物のあはれ」とは、言えないというもの。

その一つは、法師である。
出家の道は「物のあはれを知りては行ひがたきすぢなれば、強ひて心強く、あはれ知らぬものになりて、行ふ道」であるゆえに・・・
法師が真に法師である限り、「あはれ」を知らぬものである。

この意味では、「物のあはれ」は世間の人情に即するものと解せられなくてはならぬ。
和辻

出家の道は、物のあはれを、知れば出来ぬ行為である。
つまり、世間の人情から、離れて、心強く行為するものであるから。

砕いて言えば、信仰に強情だから、出来る行為である。
その強情さには、物のあはれ、という、心象風景は、迷いとか、屁理屈をつけて、否定する。

更に、理知的な事柄・・・
その一つ、本居宣長が嫌った、唐心である。

中国の哲学、思想を、徹底的に、排除した。
議論のための、議論のような、延々と終わらない議論である。

更に、言葉に従わせるという、思想の数々。
それらは、物のあはれを、知らないのである。

まさに、人情、感情の世界とは、かけ離れている。
儒学の盛んだった、時代に、それは、大変な思想的転換だった。

国学といわれる、所以である。

勿論、国学も、生成発展してゆかなければ、ならない。
国学が、歪になるのは、そこに、神道という、哲学が生まれるからだ。

その神道といっても、道教の影響が大である。

幕末にそれが、哲理となり、明治維新へと、向うが・・・
善い面と、悪い面がある。

それは、国家神道といわれるものが、生まれたことである。
皇室神道としてのみ、存続していれば、問題がなかった。

更に、神道が、伝統行為のうちに存在していた方が、平和だったのである。

それは、物のあはれの、亜流となって、発展したという。
全く、別物である。

物のあはれ、は、世間の人間の情の中に、宿るものである。
国家、政治との係わりによって、現れるものではない。

また、道徳的なものとも、違う。
何事か、説いて、導くものではない。

自然発露として、人間の心、日本人の心に宿る、心象風景なのである。

感情から、感性へと辿ることにより、もののあはれ、は、より明確に心に感じ取ることが出来るのである。



posted by 天山 at 05:59| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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