2014年05月23日

霊学160

今まで私は、少しばかり、批判的にシュタイナーの説を紹介してきた。
霊学というものを、見つめている。

そして、何度も、シュタイナーの霊界、また、シュタイナーの見た場所は何処かと、書き入れてきた。
これから、シュタイナーの、神智学――超感覚的世界の認識と人間の本質への導き、から、多く引用して、そのまま、シュタイナーを理解するために、書くことにする。

それは、とても、学ぶことが多い。
また、このような考え方があるというものだ。

出来る限り、忠実に、シュタイナーの論述を理解したいと思う。
そして、その中には、霊界の話もある。
それで、シュタイナーの霊界についても、理解出来る。

その最初は、人間の本質、である。

シュタイナーは、ゲーテから、多くの影響を受けた人だ。
その最初に、ゲーテの引用がある。
そのまま、その引用を書く。

人間は自分の周囲に対象を求めると、すぐにそれを自分自身との関係において考察する。そしてそれは当然である。なぜなら対象が自分の気に入るか否か、自分を惹きつけるか否か、有用か有害か、ということに人間の運命全体がかかっているのだから。事物を観察し判断する際のこのまったく自然なやり方は、どうしてもそうなってしまうくらいにまで容易なやり方のように思われている。けれども人間はそうすることで、無数の誤謬にさらされており、その誤謬がしばしば自分を赤面させ、自分の人生を辛いものにしているのである。
自然の諸対象をそれ自身において、もしくはそれら相互の関係において、考察しようと努める人たちは、そのような活発な認識衝動の結果、もっと困難な日課をひきうけることになる。なぜなら彼らは、物事を自分との関係において考察するとき助けになっていた尺度が、もはや役に立たないことにすぐ気づかされるからである。彼らには、気に入るか気に入らぬか、心が惹きつけられるか反発を感じるか、有用か有害か、の尺度が欠けている。彼らはこのような判断の仕方をあきらめ、平等な、いわば神的な態度をとり、気に入るものではなく、存在するところのものを探求しなければならない。真の植物学者はこのように、植物の美でも有用性でもなく、植物の形成、他の植物との関係を探求し、そしてすべての植物が太陽によって誘い出され、照らし出されるように、等しい静かな眼をもって、それらすべてを観察し、そしてこの認識のための尺度、判断の材料を自分からではなく、彼が考察する事物の世界から取り出さねばならないのである。
ゲーテ

と、言うことで、実に、納得の行くものである。
その通りだ。

そこから、シュタイナーの人間の本質が、はじまる。

このゲーテの言葉を提示して、人間の本質を見るのである。

存在するところのものを探求しなければならない。
その存在するところの、人間というものを、探求するのである。

シュタイナーの神智学からの、人間の存在の、探求である。

ゲーテによって語られたこの思想は人間の注意を三つのものに向ける。
第一は感覚の門を通して、絶えず人間に触、嗅、味、聴、視の情報を流している対象である。第二はこの対象が彼に与える印象であるが、それは人が或るものに好感をもち、他のものに反感をもつときや、或るものを有用と見、他のものを有害と見るときに対象から受けとる、気に入るもの、気に入らぬものの印象であり、欲望、嫌悪の印象である。さらに第三は人が「いわば神的な態度で」対象について獲得した認識内容である。それはこの対象が彼に明かしたその作用と在り方の秘密である。
シュタイナー

そして、その領域は、三つのもので、明確に区別されているものである。
人間は、三重の仕方で、世界と結び付いている。

第一に人間は所与の事実としての眼前の世界と結び付いている。第二の仕方によって、人間は世界を彼自身の要件、彼にとって有意義な何かにする。第三の仕方を彼は絶えず努力すべき目標と定める。
シュタイナー

その三つは、体、魂、霊とから成るということだ。

シュタイナーの、体、魂、霊について、その定義を見なければならない。

ここに、口を挟むことはしない。
シュタイナーの定義から、シュタイナーの霊界を見るべきだと、思うからだ。

魂、霊に関しても、シュタイナーの定義の通りに見なければ、これからの話が理解出来ないのである。

また、そのように、説明されれば、魂、霊という、見えないモノを、理解出来る手掛かりになることもあるだろう。

ちなみに、日本では、霊魂という言葉がある。
霊魂と一緒にしている訳だが・・・

日本にも、霊魂に関する、考え方があるが、その多くは、復古神道という立場から語られたものである。
更に、それを、古神道と呼ぶ人もいるが・・・
私は、それは、古神道とは、考えない。

更に、霊魂と言うと、全く、興味の無い人もいる。
そんなものは、存在しないと、初めから、信用しない。

シュタイナーの説により、魂と、霊とが、体と共に、存在するということが、理解出来ると思う。
生きているということは、すでに体のみならず、魂と、霊が関係しているということである。

人間は、この三つのものから、成り立っていると、考える。
死後の世界の問題ではない。

だが、それが、死後の世界にも係わるということが、目的である。

シュタイナーの霊界からの、物の見方である。
シュタイナーが情報を得た、霊界からの、物の見方である。

例えば、スェンデンボルグの見た霊界があるように・・・
また、他の人が見た、霊界の姿があるように、である。



posted by 天山 at 05:54| 霊学3 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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