2014年05月21日

霊学158

霊視
イマナツィオンの体験内容は、その体験者にとって、つねに、非常な愛着を感じさせます。それはつねに大きな体験であり、喜びであり、苦しみでもあります。それはなにか自分の運命との深い結びつきを感じさせ、そこに生きることは、第二の現実を生きることのように思えます。丁度辛い環境の人が、超現実的なまでに美しい夢を見るように、または、いやな社会環境のなかにいても、自分の部屋に戻ってくれば、そこで好きな絵を描き、好きな詩を作り、自由に日記を書くことができるように、自分にイマギツィオンの世界があれば、それを第二の、より美しい現実として生きることができるのです。しかしインスピラツィオンを可能にするためには、イマギナツィオンの世界を自分ですべて消し去らなければなりません。
高橋

霊聴の世界には、霊視の世界を、消し去るという。

魂のなかの生きいきとした内部空間を、完全に無の状態にするのです。まったくの無でありながら、しかも非常に目覚めて、しかも生きいきと感じられる意識空間を自分の内部に作るのです。その困難な内的作業の果てに、その無の状態のなかに霊的な客観世界からの啓示が与えられるのです。それをシュタイナーはインスピラツィオンと名づけました。
高橋

名付けるのは、勝ってだが・・・
一体、これを、どのように理解せよというのだろうか。

霊視の世界を、消滅させ、次は、霊聴の世界をというのである。

霊視は、自分自身についての、内的な体験であり、霊聴は、客観的な、霊的世界の内容を示している。

シュタイナーは、その世界を、響きと光と色から成り立っていると、言う。
自分の空虚な意識の中に、外から、光や色、響きが流れ込んでくるのである。

統合失調症に似る。
昔の、分裂病である。

その響きや色は、今まで私たちが日常生活のなかで受け取っていたのとはまったく違った、異質なものでありながら、しかも光や色や音としてしか表現できないような、そういう体験です。
高橋

昔からそれを体験させるのに、秘義という伝統がありました。・・・・・
秘義に参入しようとする人は、はじめのあいだ、道徳的に非常に厳しい生活を要求されました。そして道徳的にその人間がふさわしいと認められたとき、イマナツィオン、インスピラツィオンの体験が許されました。
高橋

シュタイナーは、古代から、その方法は、恐怖と、ドラック体験を基本にしていると、言う。

ここで、高橋氏は、日本の修験道の体験を紹介している。
極めて危険な、修行であり、私は、神仏は妄想である、というエッセイの中で、否定している。

エーテル体を肉体から分離させ、脱魂状態にして、分離した、エーテル体を鏡にして、そこに宇宙の霊的な営みを反映させるという、行為である。

全く、論外である。

シュタイナーは、それを能動的な仕方で、体験しようとしたのである。

人間の自我が現代という時代の課題に応えるためには、認識において受動的な態度をとらず、能動的な態度に徹しなければならないからです。
高橋

それは、シュタイナーの勝手な考え方である。

そういう態度を新しい哲学を通して確保すること、それが現代の文明社会を生きる人間の意識を、真に時代の進むべき方向にふさわしく変革する前庭になる、と考えたのです。ですから超感覚的世界があるかないかを明らかにするために、そういう体験をするのではないのです。
高橋

変な理屈になってきた。
超感覚的世界を、得るために・・・あれほど、シュタイナーが語ったのである。

ここに至ると、高橋氏の、解説も、危うい。

哲学史などの問題を扱うならば、理解するが・・・
シュタイナーの霊的云々は、もう、哲学的などではなく、オカルトの最たるものである。

霊視と、霊聴の世界が、つながりなく、まして、魂の世界の無を作り出すという辺りは、とても、危険であり、いよいよ、神智学、人智学、霊学というものの、有り様が、不安定である。

膨大な著作の中から、人それぞれが、何がしかを取り出して、教育から、シュタイナーの歴史観から、色々と、分析している。

それらの、根拠は、何処にあるのか・・・

シュタイナーは、また、第五福音書などという、妄想とも思える、イエス・キリストを語り、人々に講演をするという。

何かに、憑依されたとしか、考えられないのである。
その何か・・・
それが、シュタイナーの霊界である。

ある霊界が、シュタイナーの背後に存在して、その霊界の宣伝マンのように、書き続けたのである。

これで、ある程度、シュタイナーの背後の霊界が解るということである。

延々として、語り続ける霊界が存在する。

更に、現代という時代に応えるために・・・
その現代という時代性を、シュタイナーは、独特のイメージで捉えた。
だが、シュタイナーの修行に関しては、それ以前から、様々な形で、行なわれていたのである。

シュタイナーのオリジナルではない。

ただ、意味付けをシュタイナー様式にして、紹介しているだけである。
その様式・・・
それが、彼の霊界の有様を語る。



posted by 天山 at 06:59| 霊学3 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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