2014年05月01日

もののあわれについて670

明けむ年、四十になり給ふ御賀の事を、おほやけより初め奉りて、大きなる世のいそぎなり。その秋、太上天皇に準ふ御位え給うて、御封加はり、官爵など皆添ひ給ふ。かからでも、世の御心にかなはぬ事なけれど、なほ珍しかりける昔の例を改めで、院司どもなどなり、様ことにいつくしうなり添ひ給へば、内に参り給ふべき事難かるべきをぞ、かつは思しける。かくても、なほあかず帝は思し召して、世の中を憚りて、位をえ譲り聞えぬ事をなむ、朝夕の御嘆き種なりける。




源氏が、来年、四十になられる、お祝いの事を、朝廷をはじて、大変な、世をこぞっての準備である。
その年の秋、太上天皇に準ずる御待遇を受けられて、封戸が増加して、官爵など、皆、受けられた。それほどまでしなくても、世の中で、希望通りにならないことは、ないのだが、矢張り、立派な昔の慣例に従い、上皇付き、事務官一同の任命もあり、格別に、仰々しくなったので、参内されることが、難しいだろうと、一方では、残念に思う。それでも、陛下は、まだ不満のようで、世間を憚り、位を譲られないことが、朝夕のお悩みの種であった。

源氏が、上皇の位を受けるという。
だが、帝は、天皇の位を譲りたいと、思っている。




内大臣あがり給ひて、宰相の中将、中納言になり給ひぬ。御喜びに出で給ふ。光りいとどまさり給へる様容貌より初めて、飽かぬ事なきを、あるじの大臣も、「なかなか人に押されまし宮仕へよりは」と思しなる。




内大臣は、太政大臣に上がり、宰相の夕霧は、中納言になられた。
新中納言が、お礼にお出になられた。益々、光り輝く顔や、姿をはじめ、何一つ、不足の無いことを、内大臣も、かえって、人に圧倒されるような宮仕えよりは、という気持ちになられた。




女君の大輔の乳母、「六位宿世」をつぶやきし宵の事、物の折り折りに思し出でければ、菊のいと面白くうつろひたるを賜はせて、

夕霧
浅緑 若葉の菊の つゆにても 濃き紫の 色とかけきや

辛かりし折りの一言葉こそ忘れれね」と、いと匂ひやかにほほえみて賜へり。恥づかしういとほしきものから、美しう見奉る。

乳母
双葉より 名だたる園の 菊なれば 浅き色わく つゆもなかりき

いかに心置かせ給へりけるにか」と、いとなれて苦しがる。




夕霧は、女君、雲居の雁の、大輔の乳母が、六位の方なんて、と、ぶつぶつ言った夕方のことを、何かの折々に思い出すので、菊の見頃に色付いているのを、与えて、

夕霧
若葉の菊の、浅緑を見て、花を咲かせて、濃い紫の色になろうとは、思いも掛けなかったでしょう。

辛かったあの時の、一言が、忘れなれないと、美しく微笑んで、与える。乳母は、顔も上げられず、お気の毒なことをしたと、思うが、その様子を可愛いと思う。

乳母
双葉の時から、名門の園に育つ菊です。浅い色をしていると、差別する者など、おりませんでした。

どんなに気を悪くしたことでしょう。と、身内の気持ちで、弱っている。

いと匂ひやかに・・・
血色の良い、若さに溢れ、つややかに・・・




御勢ひまさりて、かかる御住まひも所狭ければ、三条殿に渡り給ひぬ。少し荒れにたるを、いとめめでたく修理しなして、宮のおはしましし方を、改めしつらひて住み給ふ。昔覚えて、あはれに思ふ様なる御住まひなり。前栽どもなど、小さき木どもなりしも、いと繁き陰となり、一村薄も心にまかせて乱れたりける、繕はせ給ふ。遣水の水草もかき改めて、いと心ゆきたる気色なり。をかしき夕暮れの程を、二所眺め給ひて、あさましかりし世の、御幼さの物語などし給ふに、恋しき事も多く、人の思ひけむ事も恥づかしう、女君は思し出づ。古人どもの、まかで散らず、曹司曹司に侍ひけるなど、参うのぼり集りて、いと嬉しと思ひ合へり。男君

夕霧
なれこそは 岩もる主人 見し人の 行方は知るや 宿の真清水

女君、
なき人の 影だに見えず つれなくて 心をやれる いさらいの水

など宣ふ程に、大臣内よりまかで給ひけるを、紅葉の色に驚かされて渡り給へり。




新中納言、夕霧は、御勢力が増して、今までのようなお部屋住みも、手狭なので、三条殿に、移られた。少し荒れていたものを、たいそう立派に修理して、大宮のおいでになったお部屋を、新たに、装飾を変えて、住まわれる。
昔が、思い出されて、懐かしいお気に入りの、住居である。
前栽など、小さな木であったものも、大きく茂り、葉陰を作り、一群のすすきも、気ままに延び放題になっていたものを、手入れさせる。遣水の水草も取り払い、綺麗にして、いかにも、気持ち良さそうな、音を立てている。
趣深い夕暮れの時、お二人は、眺められて、情けなかった、昔の幼い頃の思い出話などをされると、恋しいことも多く、人が何と思っていたか、顔向けできないことと、女君は、思い出される。古くからの女房達で、出て行かず、今も残り、それぞれに住んでいる者などが、御前に集まり、何と嬉しいことと、一同が思う。
男君、
夕霧
お前こそは、ここを守ってきた主人なのだから、亡き大宮の、御行方を知っているだろう。宿の清水よ。

女君
亡き大宮は、影さえも見えず、お前だけが、知らぬ顔で、心地よさに流れている。小さな清水。

などと、お話されていると、大臣が、御所から退出される途中に、この邸の紅葉の見事な、色に驚き、お越しになった。

遣水には、所々に、岩を置いて、流れの音を立てる。
遣水を、岩守る主と、呼んだ。

二人は、その遣水を歌詠みする。

あはれに思ふ様なる・・・
この場合の、あはれ、は、懐かしい気持ちの深いことを表す。
懐かしいが、含まれてあるのだ。



posted by 天山 at 06:58| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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