2014年04月30日

もののあわれについて669

いと美しげに雛のやうなる御有様を、夢のここちして見奉るにも、涙のみとどまらぬは、「一つもの」とぞ見えざりける。年頃よろづに嘆き沈み様々憂き身と思ひ屈しつる命も述べまほしうはればれしきにつけて、まことに住吉の神もおろかならず思ひ知らる。思ふ様にかしづき聞えて、心およばぬ事はたをさをさなき人のらうらうじさなければ、大方のよせ覚えより初め、なべてならぬ御有様容貌なるに、宮も、若き御ここちに、いと心ことに思ひ聞え給へり。いどみ給へる御方々の人などは、この母君のかくて侍ひ給ふを、疵に言ひなしなじすれど、それに消たるべくもあらず。いかめしう並びなき事をば、さらにも言はず、心にくく由ある御気配を、はかなき事につけても、あらまほしうもてなし聞え給へれば、殿上人なども、珍しきいどみ所にて、とりどりに侍ふ人々も心をかけたる女房の用意有様さへ、いみじく整へなし給へり。




とても美しく、人形のような、お姿を、夢のような気持ちで、拝する時も、涙が止まらないのは、『同じ涙』とは、思われない。
長年、何もかにも悲しみに沈んで、辛い運命だと塞いでいた、我が命も延ばしたい程に、気が晴れ晴れとなり、住吉の神も、霊験あらたかだと、思うのだ。
思う存分に、大事に育てられて、不行き届きなことは無い、利発さで、世間の信望を集めて、大変優れた態度であり、器量である。東宮も、若いお心で、格別に御寵愛される。
競争相手のご婦人方の女房などは、この母君が、このようにお傍についているのは、姫君の疵だと言うが、それには、負けない。
堂々として、比べることのないのは、言うまでもなく、奥ゆかしく、教養のある態度を、少ししたことでも、理想的に現すようにしているので、殿上人なども、他にはない、競争場所として、伺う人々も、女房に懸想するのだが、その女房の心構えや態度も、非常に立派なのを、揃えていらっしゃる。

珍しきいどみ所・・・
風流の競い場所として。

とりどりに侍ふ人々も・・・
明石の姫の所に、参上する男たちである。




上もさるべき折り節には参り給ふ。御中らひあらまほしううち解けゆくに、さりとてさし過ぎ物慣れず、あなづらはしかるべきもてなしはたつゆなく、あやしくあらまほしき人の有様心ばへなり。大臣も、長からずのみ思さるる御世のこなたにと思しつる御参り、かひある様に見奉りなし給ひて、心からなれど、世に浮きたるやうにて見苦しかりつる宰相の君も、思ひなく目安き様にしづまり給ひぬれば、御心落ちい果て給ひて、今は本意も遂げなむ、と、思しなる。対の上の御有様の見捨て難きにも、中宮おはしませば、おろかならぬ御心寄せなり。この御方にも、世に知られたる親ざまには、まづ思ひ聞え給ふべければ、さりともと思しゆづりけり。夏の御方の、時々にはなやぎ給ふまじきも、宰相のものし給へば、と、皆とりどりにうしろめたからず思しなりゆく。




上も、紫の上も、適当な機会に参上される。お二人の仲は、理想的なほど、睦まじくなってゆくが、明石は度を越して馴れ馴れしくすることはなく、軽蔑されるような仕方は全く無い。不思議なほど、理想的な態度、性格である。
殿様、源氏も、もうあまり長くないと思われる、存命中にと思っていた、御入内も、安心だと思い、自分の心掛けのせいではあるが、身を固めず、体裁の悪かった、宰相の君、夕霧も、今は物思いもなく、順調な生活に落ち着いたので、すっかり安心して、今こそ、かねての念願を遂げたいと、思うのである。
対の上、紫の上の様子が心配だったが、秋好む中宮がいらっしゃるので、並々ならぬ、お味方というものである。この御方にしても、表向きの親としては、第一に考えるはずだから、大丈夫だと、お任せになる気持ちである。
夏の御方、花散里が、何かにつけて、華やかにされないが、それも、宰相がいるからと、一人残らず、それぞれに心配はないと、考えるようになってゆく。

紫の上と、明石の御方の関係が、描かれる。

この源氏の、考えは、出家である。
解説には書かれていないが、源氏が色々と、気掛かりだったことが、解決して、いよいよ、我が身の末を、考えるのである。

秋好む中宮も、源氏の養女である。

世に浮きたるやうにて見苦しかりつる宰相の君・・・
長く独身でいたことである。


posted by 天山 at 05:25| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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