2014年04月29日

もののあわれについて668

かくて、御参りは、北の方添ひ給ふべきを、常に長々しうはえ添ひ給はじ、かかるついでに、かの御後見をや添へまし、と思す。上も、紫「つひにあるべき事の、かく隔たりて過ぐし給ふを、かの人もものしと思ひ嘆かるらむ、この御心にも、今はやうやうおぼつかなく、あはれに思し知るらむ、方々心置かれ奉らむもあいなし」と思ひなり給ひて、紫「この折りに添へ奉り給へ。まだいとあえなるかなる程もうしろめたきに、侍ふ人とても、若々しきのみこそ多かれ、御乳母達なども、見及ぶ事の心いたる限りあるを、自らはえつとしも侍はざらむ程、後ろ安かるべく」と聞え給へば、いとよく思し寄るかなと思して、さなむ、と、あなたにも語らひ宣ひければ、いみじく嬉しく、思ふ事かなひ果つるここちして、人の装束なにかの事も、やむごとなき御有様に劣るまじくいそぎたつ。尼君なむ、なほこの御生ひ先見奉らむの心深かりける。今ひとたび見奉る世もや、と、命をさへ執念くなして念じけるを、いかにしてかはと思ふも悲し。




かくて、御入内は、北の方が、お付添いされるはずだが、紫の上は、いつもいつも、長くはお付していられぬゆえ、こういう機会に、あのお世話役を付き添わせよう、と思いになる。上も、結局は、一緒になるはずのことが、このように離れて暮らしていらっしゃるのを、明石も、嫌だと心で嘆いていられよう。姫君のお心も、今は、次第に気になり、辛いと思いだろう。お二人から、面白くなく思われるのも、困るという気持ちになり、紫の上は、この機会に、お付添わせなさい、まだとても、か弱く、お付きの人も、若々しいばかりが多いので。御乳母たちなども、気が付く範囲は限られてします。私が、ずっとお付きできません時に、安心したしますように。と、申し上げると、よく気が付くと、思いになり、このようなことと、明石にも、相談されたので、酷く嬉しく、望みが叶った気がして、女房の着る物、その他のことも、この上ないされようで、劣らないように、準備される。尼君は、今も、姫の成長振りを、拝見しようとの気持ちが強かった。もう一度、拝するときがあればと、寿命を辛抱強く祈っていたが、とてもそんなことはと、思うと、悲しいのである。

ここでも、誰が誰の心境かと、迷うが・・・

つまり、姫君の実母である、明石を、姫の後見として付けるということだ。

今はやうやうおぼつかなく、あはれに思し知るらむ
この、あはれ、は、辛いと思っているだろうという、推測である。
実母である、明石と一緒にいたいと思っているだろうと、紫の上が、考える。

明石の娘は、源氏の養女として育ち、入内するのである。




その夜は、上添ひて参り給ふに、御て車にも、立ちくだりうち歩みなど人わろかるべきを、わがためは思ひ憚らず、ただかく磨きたて奉り給ふ玉の疵にて、わがかく長らふるを、かつはいみじう心苦しう思ふ。御参りの儀式、人の目驚くばかりの事はせじ、と思しつつめど、おのづから世の常の様にぞあらぬや。限りもなくかしづきすえ奉り給ひて、上はまことにあはれに美しと思ひ聞え給ふにつけても、人に譲るまじう、まことにかかる事もあらましかば、と思す。大臣も宰相の君も、ただこの事一つをなむ、飽かぬ事かなと思しける。三日過ごしてぞ、上はまか出させ給ふ。




その夜は、紫の上が付き添って、参内されるが、明石は、御て車にも、一段下がって付いて行くなどと、世間体が悪いであろが、それも、自分は構わない。ただ、こんなに大事に育て上げなされた姫の、一点の疵として、自分が長生きしているのを、一方では、酷く辛い気持ちがする。御入内の儀式は、世間の人が驚くほどのことは、するまいと、遠慮されるが、黙っていても、普通とは違ってくることだ。この上も無く、大事にして差し上げていられる、紫の上は、本当に愛おしく、可愛く、思ってくださるのを、見ても、誰にも、譲りたくなく、本当にこんな子がいたらいいと、思うのだ。大臣も、宰相の君、夕霧も、このこと一つだけを、不満と思う。三日間を過ごして、紫の上は、退出された。

上はまことにあはれに美しと・・・
この、あはれ、は、愛おしく・・・
人を思う気持ちには、あはれ、を使う。
喜怒哀楽すべである。

ここでは、主に、明石の思いを述べている。




たちかはりて参り給ふ夜、御対面あり。紫「かくおとなび給ふけぢめになむ、年月の程も知られ侍れば、うとうとしき隔ては残るまじくや」と、なつかしう宣ひて、物語などし給ふ。これもうち解けぬる初めなめり。ものなどうち言ひたる気配など、うべこそは、と、めざしう見給ふ。またいと気高う盛りなる御気色を、かたみにめでたしと見て、そこらの御中にもすぐれたる御心ぞしにて、並びなき様に定まり給ひけるも、いとことわりと思ひ知らるるに、かうまで立ち並び聞ゆる契り、おろかなりやは、と思ふものから、出で給ふ儀式の、いとこそよそほしく、御て車など許され給ひて、女御の御有様にことならぬを思ひ比ぶるに、さすがなる身の程なり。




入れ替わって、お上がりになる夜、明石と紫の上が対面された。
紫の上は、このように、ご成人されたことで、こちらにお出の年月の長さも、解ります。よそよそしい隔てを置く気持ちは、ありませんでしょう、と、親しくお話される。これも、仲良くなった最初だろう。何か、お話する様子も、これだからだと、びっくりして御覧になる。明石の方も、気高く、女盛りである様子を、お互いに、立派だと見て、紫の上が、多くの婦人たちの中でも、特に寵愛が厚く、第一の地位を占めていられるのも、最もだと、解ると、これほどまで、肩を並べる前世の約束は、並大抵ではないと思うものの、退出の儀式が、まことに堂々として、御て車など許され、女御の様子と変わらないのを、引き比べると、矢張り、我が身は、駄目だと思う。

ここも、明石の心境が主である。
紫の上の身分を、思い知るのである。

御て車は、女御待遇なのである。

なつかしう宣ひて・・・
なつかしう、とは、親しく、睦まじくなどの意味である。

あはれになつかしう・・・
心深く懐かしく思う・・・

源氏にまつわる、婦人たちの関係を知ることになる。




posted by 天山 at 05:15| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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