2014年04月28日

もののあわれについて667

灌仏いて奉り、御導師遅く参りければ、日暮れて御方々より童べ出だし、布施など、公ざまに変はらず、心心にし給へり。お前の作法をうつして、君達なども参り集ひて、なかなかうるはしき御前よりも、あやしう心づかひせられて臆しがちなり。




六条の院に、灌仏を連れ出して、御導師が遅れて参上したので、日が暮れて、ご婦人方から、女の童を出して、布施その他、朝廷と変わらず、思い思いにされた。御前での儀式を真似て、君達も多く集まり、かえって、きちんとした御前よりも、何となく、気骨が折れて、気後れするのである。




宰相は静心なく、いよいよけさうじ引き繕ひて出で給ふを、わざとならねど、情だち給ふ人は、恨めしと思ふもありけり。年頃のつもり取り揃へて、思ふやうなる御なからひなめれば、水も漏らむやは。あるじの大臣、いとどしき近勝りを、美しき物に思して、いみじうもてかしづき聞え給ふ。負けぬる方の口惜しさはなほ思せど、罪も残るまじうぞ、まめやかなる御心ざまなどの、年頃こと心なくて過ぐし給へるなどを、ありがたく思し許す。女御の御有様などよりも、華やかにめでたくあらまほしければ、北の方、侍ふ人々などは、心よからず思ひ言ふもあれど、何の苦しき事かあらむ。按察使の北の方なども、かかる方にて嬉しと思ひ聞え給ひけり。




宰相、夕霧は、気が気ではなく、益々かしこみ、衣紋を整えて、お出になるのを、特別なことではないが、少しばかり目をかける女房たちは、恨めしいと思う者もいるようだ。長年の思いもあり、理想的な夫婦仲らしいので、水の漏れる隙も無い。主人役の大臣は、傍で見ると、ひとしお立派なので、可愛い者と思い、大変大事にされる。負けたことを、残念と今も思うが、その憎らしさも忘れるほど、真面目な性格で、何年もの間、浮気もせず過ごしていたのを、またとは無いことと、認められる。女御の様子などより、派手で結構で理想的なので、北の方や、お付の女房達は、面白くない思いもし、言いもするが、少しも、苦痛ではない。あぜちの北の方なども、この状態で、嬉しいと思い、申していた。

あぜちの北の方とは、雲居の雁の実母。
大臣とは、雲居の雁の父、内大臣である。
つまり、内大臣は、夕霧を認めたということだ。




かくて六条の院の御いそぎは、二十よ日の程なりけり。対の上、みあれに参うで給ふとて、例の、御方々誘ひ聞え給へど、なかなかさしも引き続きて心やましきを思して、誰も誰も止まり給ひて、ことごとしき程にもあらず、御車二十ばかりして、御前などもくだくだしき人数多くもあらず、ことそぎたるしも気配ことなり、祭の日の暁に詣で給ひて、かへさには、物御覧ずべき御桟敷におはします。御方々の女房、おのおの車引き続きて、御前、所しめたる程いかめしう、かれはそれと、遠目よりおどろおどろしき御勢ひなり。




かくして、六条の院の、御入内は、四月二十何日であった。
対の上、紫の上が、御生、みあれ、に参拝されるということで、いつもの通り、ご婦人方をお誘いしたが、その後について行き、かえって迷惑であろうと、誰も彼も、お残りになり、仰々しいほどではなく、お車が、二十ばかり、前駆なども、数多くなく、簡略だが、かえって、それが素晴らしい。
祭の日の、朝早く、参拝され、帰りには、行列を御覧になるための、桟敷に付かれた。御方々が、それぞれ車を後から連ねて、御前に車を立てたところは、堂々として、あれがそうだと、遠目でも、驚くほどの、御威勢である。

敬語の羅列で、大変な文である。
登場人物に、皆、敬語なのである。

ここでの、桟敷とは、仮に作った、座席である。




大臣は、中宮の御母御息所の、車押しさげられ給へりし折りの事思し出でて、源氏「時による心おごりして、さやうなる事なむ情けなき事なりける。こよなく思ひ消ちたりし人も、嘆きおふやうにてなくなりにき」と、その程は宣ひ消ちて、源氏「残り留まれる人の、中将はかくただ人にて、わづかになり上るめり。宮は、並びなき筋にておはするも、思へばいとこそあはれなれ。すべていと定めなき世なればこそ、何事も思ふままにて、たとしへなき衰へなどをさへ、思ひ憚らるれば」と、うち語らひ給ひて、上達部なども御桟敷に参り集ひ給へれば、そなたに出で給ひぬ。




大臣は、中宮のお母様の御息所が、車を押し下げられたときのことを、思い出して、源氏は、時を得て、いい気になって、あんなことをしたのは、思いやりのないことだった。全く問題にしなかった人も、恨みを受けた形で亡くなってしまった、と、そこは、言葉を濁して、さらに源氏は、後に残った子ども、中将はこのように、臣下の身分で、やっと、立身するところだ。宮は、この上ない地位でいらっしゃるのも、考えると、実に心が痛む。万事、将来のわからない人生だからこそ、何事も、自分の好き勝手にして、生きている間は、過ごしたいものだが、後に残るあなたが、晩年など、話にならないほどの落ちぶれ方など、つい心配になるものだから、と、お話されていると、上達部なども、桟敷に集まりになったので、そちらの方へ、お出でになった。

思へばいとこそあはれなれ・・・
ここでは、心が痛むという、後悔の念である。
いとこそ、あはれ
とても、あはれである。凄く、心が痛むのである。




近衛司の使は頭の中将なりけり。かの大殿にて出で立つ所よりぞ人々は参り給うける。藤内侍のすけも使なりけり。覚えことにて、内、東宮より初め奉りて、六条の院などよりも御とぶらひども所せきまで、御心寄せいとめでたし。宰相の中将、いでたちの所にさへとぶらひ給へり。うち解けずあはれを交し給ふ御仲なれば、かくやむごとなき方に定まり給ひぬるを、ただならずうち思ひけり。




近衛司の使者は、頭の中将であった。あの内大臣の邸で出立の所から、人々は、源氏の桟敷に参上したのだ。藤内侍のすけも、使者であった。特別に評判の良い人で、陛下、皇太子を初めとして、六条の院などからも、ご祝儀の数々は、置き場所もないほどで、そのご配慮は、実に素晴らしい。宰相の中将は、出立の所にまでも、人々を遣わしになった。忍んで愛し合う仲なので、このような結構な縁談がまとまったことを、平気では、いられずに悩んでいた。

藤内侍のすけ、とは、惟光の娘であり、夕霧の愛人・・・
だから、雲居の雁との縁談に、悩んでいた。
私も、今始めて知る。

あはれを交し・・・
肉体関係をも、言うのである。

昔、惟光の息子に夕霧が頼んで、会っていたのだ。




夕霧
何とかや 今日のかざしよ かつ見つつ おぼめくまでも なりにけるかな

あさまし」とあるを、折り過ぐし給はぬばかりを、いかが思ひけむ、いと物騒がしく、車に乗る程なれど、


かざしても かつたどらるる 草の名は 桂を折りし 人や知るらむ

博士ならでは」と聞えたり。はかなけれど、ねたき答へと思す。なほこの内侍にぞ思ひ離れず、はひ紛れ給ふべき。




夕霧
何と言ったか、今日のかざし。目の前に見ながら、名が浮かばない程になってしまった。

あきれたものだ。とあるが、機会を逃さないことだけは、嬉しく思ったような、大変せわしなく、丁度、車に乗る時だったが、

藤内侍
髪に挿していながら、つい口に出てこない、草の名は、桂を折った方なら、ご存知でしょう。
博士ではなくては、と、申し上げた。たいした歌ではないが、夕霧は、やられた、見事と思う。矢張り、この内侍は、忘れられず、こっそりと会うようである。

桂は、葵と共に、祭りの日のかざし。
更に、官使登用試験の合格者。夕霧は、博士ではなく、進士である。



posted by 天山 at 05:48| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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