2014年04月25日

霊学155

シュタイナーの哲学について・・・
高橋巌氏の、解説を参考にして見る。

ドイツ観念論哲学、ロマン派の芸術、ゲーテの形態学、フランツ・プレンイナーの心理学、それら十九世紀の意識革命の成果は、ルドルフ・シュタイナーにとっては、近代意識の最高の自己表現のように思われました。それらは、もはやそれ以上先へは進めないくらいに、自己認識のぎりぎりのところまでに到達しているように思われました。
それにもかかわらず、十九世紀から二十世紀にかけての精神的状況は、けっしてその近代意識にとって、納得できるようなものではなく、近代意識はみずからの近代意識を否定することでしか、自己を確認することができなくなりました。
高橋

それは、ほんの一部の人たちのことである。
大衆ではない。

哲学、思想は、大衆に支えられたものではない。
物好きな、一部の人たちが、閑々諤々と、吼えるだけである。

近代意識は、みずからの近代意識を否定することでしか・・・
たまらないほど、愚かしいことである。

シュタイナーは、人間の意識は進化すればするほど、みずからに対して否定的にならざるをえない、という時代状況を徹底的に体験した人でした。
高橋

確かに、そのようである。

唯物論、ニヒリズム、終末思想、ダダイズム、権力への意志と西洋の没落・・・

そこで、シュタイナーは、意識の変革を考える。

人間の意識そのものを根底から変革しうる思想が現れるのでなければ、ドイツ観念論もゲーテもブレンターノも、空虚なイデオロギーでしかありえないであろうし、逆にもし新しい意識が生み出されたならば、そのときはじめてそれらの思想の営為は、近代意識のための最上の思想的拠点となってくれる、と信じました。
シュタイナー

シュタイナーの問題意識である。

そこで、シュタイナーは、基本的に三つの分野での、感性を変革を目指した。
それが、霊視、霊聴、霊的合一である。

より高次の知覚活動と呼んだ、三つの分野で、新しい認識を開拓しようとしたのである。

シュタイナーによれば、従来の日常的な意識の範囲内で、日常的な意味での感性と理性をはたらかせて、哲学を構築しようと思っても、未来にとって本当に有効な哲学は生じえないのです。感性も、理性も、これまでとはまったく異なるしかたで、根底から把握し直されなければならないのです。
高橋

つまり、限界を感じたのであろう。
しかし、限界を感じるという、シュタイナーの限界が見える。

そう言われれば、現在も、引き続き、そのようである。
人間の意識の進歩というものが、シュタイナーには、霊的世界にあると、言うのだ。

つまり、日常の感性と、理性での、哲学的思索は、限界であり、霊的世界を取り入れることで、変革させる。
何となく、気分が良さそうだが・・・
それが、実は、問題である。

けっして本来の宇宙と人間の秘密に関わることができない・・・
高橋氏は、書く。

宇宙と人間の秘密・・・
それならば、シュタイナー以前の大昔から、その秘密に関わってきた、多くの哲学、思想が存在する。

近代文化の再生を考えるうえで、決定的に重要なこの観点に対して、従来の哲学は一貫して曖昧な態度をとることしかできず、その結果、人間と宇宙の本質を認識する役割を、もっぱら自然科学にゆだね、みずからは論理学や文法論をできるだけ精密に構成することに腐心するようになりました。人間と宇宙のなかに、解決できない謎が現れても、その謎の核心にせまる手だてがみずからの認識方法のなかにあるとは、もはや自分でも考えられなくなったのです。
高橋

哲学の終焉・・・
だから、人智学、神智学、霊学へと・・・

これも、一つの考え方である。
哲学も思想も、まだまだ、成り立つのである。

そこでシュタイナーは、新たに哲学を復興するために、まず人間の可能性を問う人間論、その人間存在の秘密を通して宇宙の秘密に参入しようとする宇宙論、最後に両者を統合する形而上学を、新しく獲得された感性と理性のうえに打ち立てねばならない、と考えました。
高橋

人間存在の秘密、宇宙の秘密・・・
オカルトである。

この無限大の世界に参入するという、狂い。
更に、それに、自身の霊的世界の知り得ることを、基軸として、書き付けた書籍の数々。

イマギナツィオン、霊視を人間論に、インスピラツィオン、霊聴を宇宙論に、イントゥイツィオン、霊的合一を形而上学に対応させて考えた。

そして、それらを、獲得しなければならないとの、ことである。

ただし、この霊視、霊聴、霊的合一とは、通常言われるものではない。
霊能者が行なう、霊視などではない。

もっと、屁理屈になるのである。

シュタイナーの言葉の世界に分け入って、とことん、シュタイナーの語る言葉に、従い、そのつもりになって、修行しなければならないのである。

一体、誰が、その判定を下せるのか・・・
誰も、判定を下すことが出来ない。

秘伝、口伝といわれたものを、公に公開して、一人一人が、修行することを、説いているのである。

したがって、シュタイナー哲学の方法論は、
一人の内部で、霊視を体験する。霊聴を体験する。霊的合一を体験するというもの。

説明は、続く。



posted by 天山 at 06:55| 霊学3 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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