2014年04月23日

霊学153

魂の活動領域の中から、もっぱら純粋思考のいとなみだけを取り出す。その際、純粋思考というのは、自分自身の中にのみ基礎をもち、肉体的に制約された内面生活(知覚その他)をすべて排除することのできる思考のことである。
シュタイナー

このような思考は、自己自身で、自己の存在だけを通して、みずからが霊的=超感覚的な本質存在であることを明示する。
シュタイナー

矢張り、ここで、超感覚的とは、霊的な感覚のことであることが、解る。
霊的な感覚が、超感覚的である。

霊的な感覚が、何故、超感覚的なのか・・・
超感覚的なものではなく、感覚的なものにも、霊的なものが介入するのである。

私は、それを感受性の高さ、深さであると、言う。

そして一切の知覚活動、記憶その他の魂的活動を排除しつつ、魂がこの純粋思考だけと結び付くとき、魂は自分がこの思考と共に超感覚的領域の中にあることを悟る。それは肉体外での魂の自己体験である。
シュタイナー

肉体から離れた事柄を認識するためには、まず純粋に魂だけで認識行為が為されねばならない。
シュタイナー

それは、人間が、無意識に行なっていることである。
更に、睡眠中、夢などても、体験する。

要するに、肉体ではなく、魂的・・・ということ・・・
魂的という、表現もおかしいが。

このような、修行は、日本の修験道なども、行なうが・・・
お勧めできない。
その偏狭な性格と、偏狭な考え方で、人生を送るのである。

これはとは逆にそのような人が、科学的認識上の基本条件さえも知らなかった場合には、単純な意識活動に属する知覚や欲求よりもさらに低次の魂のいとなみも、非感覚的存在の客観的な顕現であるかのような錯覚に容易にとらわれてしまう。しかしこのような場合、魂の生み出す内容は幻覚でしかなく、その顕現は霊媒現象以上のものではありえない。
シュタイナー

そのような顕示によって示される世界は超感覚的ではなく、前感覚的な世界であり、感覚界よりも低次の世界である。
シュタイナー

確かに、幻覚、霊媒現象は、肉体への依存度が強い。

しかし、シュタイナーの提言する、修行も、危ういのである。
これも、自己申請になる。

更に、それぞれの人間によっても、違う。
百人百様の有様が、現れる。
人の輪廻転生が違うように、である。

それを、一緒くたにすることは、出来ない。

ここで、どうしても、シュタイナーの情報源、つまり、シュタイナーの霊界が、何処の世界なのかと、問う。

魂は知覚や意志の行為における場合よりも、もっと自己を肉体から解放する。魂は、純粋思考の場合と同じ独立性を、一層広範囲な活動分野に亘って達成する。
シュタイナー

私の霊学では、魂は、すでに、解放されているのである。
このような、最もらしい説明抜きで、魂は、解放されている。

そしても生きているうちは、それを知らずとも良いのである。

つまり、シュタイナーの魂的なもの・・・
それは、私の魂の定義とは、違う。

シュタイナーの言う魂的なものは、私の場合は、心である。

魂は、その心から、解放されているのである。

そして、心は、幽体である。
シュタイナーの言う、エーテル体である。

思考によってもたらされる意識の光を魂が見失うような場合、たちどころにして、超感覚的認識は邪道に陥る。認識は肉体の影響下におかれ、認識の成果は超感覚的世界の啓示ではなく、感覚以下の存在領域における肉体の啓示となる。
シュタイナー

霊的認識が、邪道に陥るというのである。
認識の世界が、霊的認識の啓示ではなく、感覚以下の存在領域における、肉体の啓示となる。

魂が超感覚的領域を体験し始めると、もはや言語は感覚界での経験内容を語るときのようには適切な表現を見出すことができない。したがって超感覚的経験の記述を読む人は、繰り返して、表現された事柄と表現そのものとの間の距離が物質界での経験を記述するときよりも大きいことに注意する必要がある。
シュタイナー

実に、危険な試みである。
霊的体験を語るには、肉体行為を語ることよりも、難しい。いや、不可能かもしれない。

それを、あえて語るとしたら、喩えのような語りになる。
それを、シュタイナーは、繰り返し、語る。

霊学上のすべての規則や教義はもともと象徴的な記号言語で記されている。
シュタイナー

と、言うが、実に多くを語っている。
更に、
特定の象徴文字のシステムについて・・・
と、言うのである。

これでは、まさに、オカルト以外の何ものでもない。

そして、信じるか否かにかかってしまう。

シュタイナー解決も、それは人により、多岐に渡ることになる。
宗教の経典を、解釈するのに、似る。




posted by 天山 at 05:41| 霊学3 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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