2014年04月17日

国を愛して何が悪い125

第十三章は、刀・武士の魂、である。

武士道は刀をその力と勇気の象徴となした。マホメットが「剣は天国と地獄との鍵である」と宣言した時、彼は日本人の感情を反響したに過ぎない。
新渡戸

武士の少年は幼年の時からこれを用うることを学んだ。五歳の時武士の服装一式を着けて碁盤の上に立たせられ、これまで弄んでいた玩具の小刀の代わりに真物の刀を腰に挿すことにより始めて武士の資格を認められるのは、彼にとりて重要なる機会であった。
新渡戸

この儀式が終わると、少年は、その身分を示す刀を帯びずに、門を出なかったのである。

十五歳にして成年に達し、行動の自由を許さるる時に至れば、いかなる業にも用うるに足る鋭利なる刀の所有を誇りうる。この凶器の所有そのものが、彼に自尊ならびに責任の感情と態度を賦与する。
新渡戸

刀とは、忠義と名誉の象徴となるのである。

つまり、それは、武士の魂である。

更に、刀は、礼拝の対象ともなる。

日本では多くの神社ならびに多くの家庭において、刀をば礼拝の対象として蔵している。もっともありふれた短刀に対しても、適当の尊敬を払うを要した。刀に対する侮辱は持主に対する侮辱と同視せられた。
新渡戸

その刀に対する、行為は、武士道の根幹ともいえる。
魂であり、武士の命であった。
ゆえに、その扱いに関しては、特別の配慮があった。

つまり、
武士道は刀の無分別なる使用を是認するか。答えて曰く、断じてしからず! 武士道は刀の正当なる使用を大いに重んじるごとく、その濫用を非としかつ憎んだ。
新渡戸

つまり、刀は、人を殺すものに、あらず、なのである。
刀で、人を殺す者は、己もまた、殺される。

話は、変わるが・・・
茶室には、刀を着けては、入られない。
しかし、武士が、魂である、刀を置いて、茶室に入るとは・・・

そこで、刀の代用として、扇子を使ったのである。
その際の、扇子は、刀と同じ扱いをした。

その扇子を前において、挨拶する際は、命を前に置くことと、同じ行為となった。

室町期から起こった、茶の湯は、戦国時代に、完成する。
その戦国時代は、茶の湯は、戦場での、特別な儀式となった。

更に、城主、殿様に許されて、茶の湯の釜を持つことになった。

新渡戸は、勝海舟を上げて、人を殺さぬ刀の意味を書き付けている。

勝海舟は、一度も刀で、人を殺すことはなかった。
自分が狙われた際も、刀を抜くことが無かった。

「負くるは勝」という俚諺があるが、これは真の勝利は暴敵に抵抗せざることに存するを意味したものである。「血を流さずして勝つをもって最上の勝利とす」。その他にも同趣旨の諺があるが、これらはいずれも武士道の窮極の理想は結局平和であったことを示している。
新渡戸

そして、この心は、また、女子に対しても、大きな影響を与えることになる。
それが、次の章に語られる。

剣豪といわれる、宮本武蔵。
彼は、最後に、剣を持たずという、境地に達する。

剣に向うに、剣を持たずというのである。

日本の、武芸、芸道のすべてに言えることだが・・・
その道は、その道を極めることによって、その道を捨てることをも、意味する。

つまり、それは、一つの方法であり、その道を通して、ある境地を目指すというものである。

剣術は、剣術を通して、あるものを、見つめる手立てなのである。
その、ある境地に得た時、すでに、剣は必要ではなくなっている。

これが、日本の道の文化、そして、型の文化といえる。

型を学ぶという、従順を得て、自分の形を作るという、自由な境地に至るものである。

だから、型を学ばぬ者は、初めから、形無しなのである。
型を学んで、自分の形を作ることを、型破り、という。

武士道の、刀の意味も、この辺りにあるということだ。

それぞれの、職には、それぞれの魂の、置き所がある。
武士は、刀であり・・・
そうして、武士道の心得が、庶民にも、伝播していくのである。

書家は、筆が、魂である。
そのように、考えるといい。



posted by 天山 at 07:59| 国を愛して何が悪い3 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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