2014年04月05日

もののあわれについて662

藤裏葉 ふぢのうらば

御急ぎの程にも、宰相の中将はながめがちにて、ほれぼれしき心地するを、かつはあやしく、「わが心ながら執念きぞかし。あながちにかう思ふことならば、関守の、うちも寝ぬべき気色に思ひ弱り給ふなるを聞きながら、同じくは人わろからぬ様に見棄てむ」と念ずるも、苦しう思ひ乱れ給ふ。女君も、大臣のかすめ給ひし事の筋を、もしさもあらば、何の名残りかは、と嘆かしうて、あやしく背き背きに、さすがなる御諸恋なり。大臣も、さこそ心強がり給ひしかど、たけからぬに思しわづらひて、「かの宮にもさやうに思ひ立ち果て給ひなば、またとかく改め思ひかかづらはむ程、人のためも苦しう、わが御方ざまにも人笑はれに、おのづから軽々しき事や交らむ。忍ぶとすれど、内々のことあやまりも、世に漏りにたるべし。とかく紛らはして、なほ負けぬべきなめり」と思しなりぬ。




姫君入内の準備の間も、宰相の中将、夕霧は、物思いにふけること多く、ぼんやりとした感じがする。一方では、妙な気もして、自分ながら、執念深いことだ。無理矢理に、このように雲居の雁を思い続けるとするなら、内大臣も、目をつぶってしまうほどに、弱気になっていると、耳にするし、同じことなら、外聞の悪くないように、最後まで通すことだ。と、我慢するのも、苦しく、苦悩を続ける。
女君、雲居の雁も、大臣のおっしゃったことを、もし、そんなことがあるなら、綺麗さっぱりと忘れてしまおう。と、嘆きが先にたち、奇妙に互いに、背いている。それでも、二人共に、思い合っている。
内大臣も、強い調子で、話したが、別によくもならず、思案に余り、中務の宮も、そのように考えてしまうなら、改めて、あれこれと、別方面を探す間、その男にも、悪いし、御方にとっても、評判が悪く、いつしか、身分の相応しくないことも、起こるだろう。隠したつもりでも、奥向きの失態も、世間には、漏れているだろう。何とか、誤魔化して、矢張り、自分が負けた方が、よさそうだ。と、考えるようになる。

何とも、複雑な、夕霧と、雲居の雁、そして、内大臣の思いである。




上はつれなくて、恨み解けぬ御仲なれば、「ゆくりなく言ひ寄らむもいかが」と思して、「ことごとしくもてなさむも人の思はむ所をこなり。いかなるついでしてかはほのめかすべき」など思すに、三月二十日、大殿、大宮の御忌日にて、極楽寺に詣で給へり。君達皆引き連れ、勢ひあらまほしく、上達部などもあまた参り集ひ給へるに、宰相の中将、をさをさけはひ劣らず、よそほしくて、容貌など、ただ今のいみじき盛りにねびゆきて、取り集めめでたき人の御有様なり。この大臣をば、辛しと思ひ聞え給ひしより、見え奉るも心づかひせられて、いといたう用意し、もて静めてものし給ふを、大臣も常よりは目とどめ給ふ。御誦経など、六条の院よりもせさせ給へり。宰相の君は、ましてよろづをとりもちて、あはれに営み仕うまつり給ふ。




表面は、何もなく、ただ、実は互いに恨みのある二人であるから、何となく口を利くのは、どんなものかと、内心、遠慮して、大げさに扱うことも、世間が、馬鹿なと思うだろう。どんなきっかけで、話をしよう、なとど、考えるところだった。
三月二十日は、母君、大宮の御命日で、極楽寺に参った。御子たちを引きつれ、堂々とした御威勢は、理想的で、上達部なども、大勢集めた中に、宰相の中将、夕霧は、一歩も引けをとらない、堂々とした態度で、器量なども、今が盛りと、成長し、何から何まで、結構な様子である。
このうち大臣を、辛いと思った、あの当時からは、顔を合わすのも気になり、とても気をつけて、澄ましているのを、内大臣は、いつもより、注目される。法要の読経など、六条の院からも、させられたのである。
宰相の君、夕霧は、更に一層手を下し、真心を込めて、お世話をされる。

最初の説明は、作者の言葉である。
夕霧と内大臣の、二人の関係である。

あはれに営み・・・
心を込めて、勤める。そのように、解釈する。




夕かけて皆帰り給ふ程、花は皆散り乱れ、霞たどたどしきに、大臣、昔思し出でて、なまめかしう嘯きながめ給ふ。宰相もあはれなる夕の気色に、いとどうちしめりて、「雨気あり」と人々のさわぐに、なほながめ入りて居給へり。心ときめきに、見給ふ事やありけむ、袖を引き寄せて、大臣「などかいとこよなくは勘じ給へる。今日の御法の縁をもたづね思さば、罪許し給ひてよや。残り少なくなり行く末の世に、思ひ捨て給へるも、恨み聞ゆべくなむ」と、宣へば、うちかしこまりて、夕霧「過ぎにし御おもむけも、頼み聞えさすべき様に、承りおく事侍りしかど、許しなき御気色に、憚りつつなむ」と、聞え給ふ。心あわただしき雨風に、皆ちりぢりに競ひ帰り給ひぬ。君、夕霧「いかに思ひて例ならず気色ばみ給ひつらむ」など、世とともに心をかけたる御辺りなれば、はかなき事なれど耳とまりて、とやかうやと、思ひ明かし給ふ。




夕方になり、一同が帰る時、花は皆、散り散りとこぼれ、霞で朧な中に、内大臣は、昔を思い出し、優雅に歌を口ずさみ追憶に浸る。
宰相、夕霧は、心打つ夕暮れの空に、いつもより、あはれを思い、雨が降りそうです、と言うお供の者が、喧しく言うが、構わずに、思いに耽るのである。
内大臣は、内心どきどきしつつ、夕霧を御覧になることがあったのか、夕霧の袖を引き寄せて、どうして、酷く怒っていられるのか。今日の御法事の、縁故も考えてくだされば、私の過去のことは、許して欲しい。余命の少ないこの年、あなたがお捨てなのは、恨み申し上げたい気がする、とおっしゃると、夕霧は、恐縮して、亡くなった方のご意向は、あなたをお頼りするようにとの、お言葉を賜りましたが、お許しのない様子に、遠慮いたしました。と、申し上げる。
ゆっくりと出来ない、雨風で、皆、てんでに、我先にと、帰ってしまった。夕霧は、どんな気持ちで、いつもと違い、あんなことを言い出されたのかと、始終気にしているうち大臣家のことなので、大したことではないが、耳に残り、色々と一晩中、考えていた。

宰相もあはれなる夕の気色に・・・
これは、亡くなった、大宮の、その時の、風景と重ねている心境である。

こころ模様が、すべて尽きると、あはれ、に行き着くのである。
切々と感じ入る、夕の空模様に・・・

この、切々と感じ入る、という、心境、心情の広がる風景が、あはれ、なのである。
心の多次元の世界である。

はかなき事なれば耳とまりて・・・
大事なことではないが・・・言葉が耳に留まるのである。


posted by 天山 at 17:31| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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