2014年03月26日

性について245

さて、少し視点を変える。

日本、及び東洋では、西欧に見られる、愛という概念がなかった。
どういうことか・・・
つまり、性愛の世界のみが存在した。

万葉集、源氏物語・・・
そこには、性愛の花が咲いた。

そこから、肉体を離れた、永遠なるものというような、観念を見出すことは出来ない。

日本における、性愛には、二つの流れがある。
一つは、日本古来のもの。
そして、西欧から輸入した、性愛である。

この後者が、長いキリスト教の、禁欲による、アンチテーゼとして生まれたものである。
特に、ヴィクトリア朝への反動として、過度に、肉体を強調するものであった。

愛と性に基づくものという考え方は、実は、性に対する人間の態度を、実に、狭量にしてきたのである。

近代ヨーロッパがはぐくんだ性と愛の結び付きに関する思想は、たんに愛を性の従属物たらしめる誤りを犯しただけではなく、同時に人間の性をそのほんらいのすがたとちがう性格のものにつくり上げるという誤りをおかしてきた。
巻 正平

それは、愛が独立した存在であると共に、性も、独立した存在なのであるということ。
それを、見失ったのである。

性は古来、社会的制約の元におかれてきたが、愛と性を結び付ける考え方は、更に、性の制約を強化するために、役立ったのである。

例えば、愛の無い性を、不道徳であるとするように・・・
結婚という、社会制度の元で、法的に制約されている性が、この思想により、新たに、道徳的に大きな、制約を受けるのである。

そこから、売春廃止などを、実行した。

だが、人は、更にそれに抵抗せざるを得ないのである。
売春禁止によって、何が起こったのか・・・

性的混乱、ポルノグラフィーの氾濫。
スウェーデンでは、未婚の母の家、を作るに至ったのである。

そして、フリーセックスである。

性と愛を結び付けることは、それ以前の封建的社会制度やキリスト教的禁欲思想にしばりつけられていた性を、愛によって個人の自由として解放しようとする試みであった。しかし、同時に愛が社会制度としての結婚と不可分なものとされたことによって、性独自の存在はついに解放されずに終わったのである。


性と生殖を分離させるということは、性の社会性を減少させて、個人的性格を強める。
それが、人間の他の機能と同じく、個人の自由な行為が認められつつあることだ。

しかし、未だ、性と生殖の分離が、不完全なままである。
これが、性の解放に必要な、条件が揃わないということを、教える。

性と愛・・・
その関係の正しい考え方・・・

キリスト教が、教えた性のあり方では、無理なのである。
更に、性は、愛に基づくという、考え方。

性は肉体であり、愛は精神であるという、蒙昧である。

性行為が、愛する証し・・・
果たして・・・そんなことが、言えるのか。

それでは、何故、セックス後に、別れるのか、離婚をするのか・・・
愛が無くなったからか・・・

そう、都合よく、愛が消滅する・・・

実際、性と結婚が、結び付けられる歴史は、長いものではない。

古代ギリシャでは、性的快楽と、結婚は無関係、別物であった。

われわれは、われわれの快楽ためにはヘタイラ売春婦を所有し、日々のサービスのためには妻を所有するが、われわれが妻を所有するのは合法的なこどもたちのためであり、家事を忠実に行なわせるためである。
古代ギリシャの政治家・デモステネス

と、いうことになる。

つまり、妻とは、当時、性的関係の対象ではなく、家事労働者であり、子どもを作る道具としか、考えられていないのである。

これは、封建的社会では、どこでも見られたことである。

長い間、それが続いていたのである。

女は、男の所有物だったのである。
古代の文献は、皆々、そのようである。

モーゼの十戒の中に、姦淫するな、盗むなとある。
これは、実は同じ意味である。
女は、他の男のものであるから、盗むな・・・である。

これは、実に憐れなものであるが、その実、母となると、別物になるという。
人には、皆、母がいる。

母系社会が、寛容である証拠である。

兎に角、性と愛というものを、分離して考えることが、先決である。

性的快楽は、愛とは、別物であるということ。
そこで、初めて、性とは、愛とはと、考えられるのである。


posted by 天山 at 06:07| 性について5 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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