2014年03月20日

国を愛して何が悪い119

名誉の感覚は人格の尊厳ならびに価値の明白なる自覚を含む。したがってかの生まれながらにして自己の身分に伴う義務と特権とを重んずるを知り、かつその教育を受けたる武士を、特色づけずしては措かなかった。
新渡戸

honour の訳語として、通常用いられる、名誉という語は、自由に使用されなかったが、その観念は、名、面目、外聞などの語により、伝えられた。

これら三つの語はそれぞれ「聖書」において用いらるる「名」ギリシャ語の面から出た「人格」という語および「聞え」において用いらるる。
新渡戸

人格、パーソナリティ、聞え、フエイム・・・

名誉とは・・・
聖書におれける、名、とは・・・

神を畏れ、その名を呼ばない。
ここに隠された秘密があるが・・・
新渡戸は、キリスト教徒であるから、それを知らない。

畏れ多く・・・
だけではない。
みだりに、その名を呼ぶことを禁じる。
それが、名誉を汚すことにもなるのである。

それが、人間に拡大されると、
その潔白に対するいかなる侵害をも恥辱と感ずることを当然のこととなした。
新渡戸
と、なる。

少年の名誉心に訴うることは、あたかも彼が母胎の中から名誉をもって養われていたかのごとく、彼の心情の最も敏感なる点に触れるのである。
新渡戸

じつに、羞恥の感覚は人類の道徳的自覚の最も早き微候であると、私は思う。
新渡戸

そして、アダムとイヴの話がある。
聖書の人類の創世の時期と見ている。

恥はすべての徳、善き風儀ならびに善き道徳の土壌である。
カーライル

羞悪の心は義のはじめなり
孟子

新渡戸は、西欧、東洋の賢者の言葉を挙げて、説明している。

武士道においては、それが、短気な者には、たちまち刀に訴えて、無用なる闘争を引き起こした、という、反省もある。

江戸時代は、一般庶民が、武士に斬られても、文句を言えなかった。そういう、馬鹿げた時期もある。

だが、それを持って、武士の時代の名誉は、云々と判定出来ないと、新渡戸は、言う。

それは、
キリストの真の教訓をば宗教的熱狂および妄信の果実たる宗教裁判および偽善から判断するに異ならない。しかしながら凝り固まりの宗教狂にも、酔漢の狂態に比すれば何ものか人を動かす高貴さのあるごとく、名誉に関する武士の極端なる敏感性の中に、純粋なる徳の潜在を認めえないであろうか。
新渡戸
と、なる。

繊細なる名誉の掟の陥りやすき病的なる行き過ぎは、寛大および忍耐の教えによって強く相殺された。
新渡戸
なのである。

ならぬ堪忍するが堪忍

名誉と共に、我慢することをも、教えられた。
名誉と堪忍することが、対で存在したという。

道は天地自然のものにして、人はこれを行なうものなれば、天を敬するを目的とす。天は人も我も同一に愛したもう故、我を愛する心をもって人を愛するなり。人を相手にせず、天を相手にせよ。天を相手にして己れを尽くし人を咎めず、我が誠の足らざるを尋ぬべし。
西郷南洲 西郷隆盛である。

この、天を神に置き換えると、キリスト教になる。

武士の児は、恥を免れ、もしくは名を得るために、いかなる欠乏をも耐えた。
それほど、武士には、名、つまり、名誉というものが、重いものだった。

武士道を書くが、人生論を見るようである。

現代では、武士とは、言わず、単に、男と、いう時代である。
あいつは、男だ・・・

もし名誉と名声が得られるならば、生命そのものさえも廉価と考えられた。
新渡戸

そのような、時代があった。
そして、それが、日本人の精神に生き続けていた。
と、考える。

名誉の次には、忠義なる言葉が出てくる。

その前に、何故、日本では、このような精神が生まれたのか・・・
その風土である。

剣の道も、結果的に、戦闘を好まぬ精神に目覚めてゆく。
戦闘ではなく、人間教育に向うのである。
そこに、様々な思想の混合がある。

神道、仏教、儒教、更に、道教・・・
その根底には、寛容の精神、包容の精神がある。
日本民族には、排他性というものが、見当たらない。

もし、あるとすれば、地域性である。
地域による、差別意識・・・

島国特有の、地域性である。



posted by 天山 at 05:15| 国を愛して何が悪い3 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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