2014年03月11日

もののあわれについて659

左衛門の督は、ことごとしう賢げなる筋をのみ好みて書きたれど、筆のおきてすまぬ心地して、いたはり加へたる気色なり。歌なども、ことさらめきて、選り書きたり。女のは、まほにも取り出で給はず。斎院のなどは、まして取う出給はざりけり。葦手の冊子などぞ、心心にはかなうをかしき。宰相の中将のは、水の勢ひ豊かに書きなし、そそけたる葦の生ひ様など、難波の浦に通ひて、こなたかなたいき交じりて、いたうすみたる所あり。また、いとめかしう、ひきかへて、文字やう、石などのたたずまひ、好み書き給へるひらもあめり。宮「目も及ばず。これはいとまいりぬべきものかな」と、興じめで給ふ。何事も物好みし、えんがりおはする親王にて、いといみじうめで聞え給ふ。




左衛門の督は、仰々しく、偉そうな書風ばかりを、好き好んで書いているが、筆法が垢抜けしないようで、無理に技巧をこらしている様子である。歌なども、わざとらしい選び方で、書いている。
女方のは、そっと持ち出さない。斎院などのは、言うまでもなく、取り出さないのである。葦手の冊子類が、思い思いで、何となく、面白い。
宰相の中将、夕霧のは、水の流れの勢いを、たっぷりと書き上げて、乱れる立つ、葦の生え具合など、難波の浦に似ていて、葦と文字が入り混じり、すっきりとしている。また、いかめしく、書風を変えて、字体、石などの様子を、風流にして書く場面もある。
宮は、素晴らしい。これは、時間が随分とかかりそうな物ですと、面白がって、誉める。何事にも興味を持ち、風流好みの親王で、大変、誉めそやすのである。

葦手とは、葦の葉のように書くというところから、言われた。葦が生えているところは、水辺で、その水の流れが、文字に成るという・・・風情。
それを、また、字隠し、とも言う。




今日はまた、手の事ども宣ひ暮らし、様々の継紙の本ども、選り出でさせ給へるついでに、御子の侍従して、宮に侍ふ本ども取りに遣す。嵯峨の帝の、古万葉集を選び書かせ給へる四巻、延喜の帝の、古今和歌集を、唐の浅はなだの紙を継ぎて、同じ色の濃き紋の、綺の表紙、同じ玉の軸、だんの唐組の紐など、なまめかしうて、巻ごとに御手の筋を変へつつ、いみじう書き尽くさせ給へる、大殿油短く参りて御覧ずるに、源氏「尽きせぬものかな。この頃の人は、ただかたそばを気色ばむにこそありけれ」など、めで給ふ。やがてこれはとどめ奉り給ふ。宮「女子などを持て侍らましにだに、をさをさ見はやすじきには、伝ふまじきを、まして朽ちぬべきを」など、聞えて奉れ給ふ。侍従に、唐の本などのいとわざとがましき、沈の箱に入れて、いみじき高麗笛添へて奉れ給ふ。




今日は、また、書跡についてのことを、一日中お話になり、種々の継紙をした、手本を何巻も選び出したついでに、御子息の侍従をして、御殿にある手本を、何巻も取りにやらせる。嵯峨天皇が、古万葉集を選んで、お書きあそばした四巻、醍醐天皇が、古今和歌集を、中国の浅はなだの色紙を継いで、同じ色の濃い地模様のある、綺の表紙、同じ色の玉で作った、巻き物の軸、色糸の平組の紐など、優しく、一巻ずつ書風を変えて、あらん限りの書の美を、お書き尽くしたものを、灯りを低くして御覧になり、源氏は、いつまで見ても、見飽きない。近頃の人は、ほんの一部分を洒落てみるだけに過ぎない、なとど、誉める。そのまま、それはこちらに置き、送呈される。宮は、女の子などを持っていたしても、たいして、この書の美を、解せない者には、やる気がないし、それどころか、娘もなく、埋もれてしまうものです、などと、申し上げる。
お返しに、侍従に、中国のお手本などの、堂々としたのもを、沈香木の箱に入れて、素晴らしい高麗笛を添えて、差し上げた。




またこの頃は、ただ仮名の定めをし給ひて、世の中に手書くと覚えたる、上中下の人々にも、さるべき物ども思し計らひて、尋ねて書かせ給ふ。この御箱には、立ちくだれるをば混ぜ給はず。わざと人の程、品分かせ給ひつつ、冊子巻物皆書かせ奉り給ふ。よろづに珍らかなる御宝ども、人のみかどまであり難げなる中に、この本どもなむ、ゆかしと心動き給ふ若人世に多かりける。御絵ども整へさせ給ふ中に、かの須磨の日記は、末にも伝へ知らせむと思せど、今少し世をも思し知りなむに、と、思し返して、まだ取り出で給はず。




またこの頃は、ひたすら仮名の議論をされて、世間で上手だと評判のある、上中下の身分の人々にも、適当なものを、それぞれ考えて、探し出して、書かせた。
姫君の冊子箱には、身分の低い者の作品は、一冊も入れない。特別に、生まれや地位を区別されて、冊子や巻き物を、一同に、書かせる。何もかも珍しい、宝物の数々、外国の皇室でさえも、ありそうもない物の中で、この何冊かの手本を見たいと、強く希望される、若い人たちが、一般に多いということだ。
御絵も、色々準備される中で、あの須磨での日記は、代々子孫にも伝えて、知らせたいと思うが、もう少し、世間が解るようになった時にと、思い直して、まだ取り出しされない。

姫君は、明石の姫である。




内大臣は、この御急ぎを、人の上にて聞き給ふも、いみじう心もとなくさうざうしと思す。姫君の御有様、盛りに整ひて、あたらしう美しげなり。つれづれとうちしめり給へる程、いみじき御嘆き種なるに、かの人の御気色はた、同じやうになだらかなれば、心弱く進みよらむも人笑はれに、人のねんごろなりしきざみに靡きなましかば、など人知れず思し嘆きて、ひとかたに罪をもえおはせ給はず。かく少したわみ給へる御気色を、宰相の君は聞き給へど、しばし辛かりし御心を、憂しと思へば、つれなくもてなし静めて、さすがに外様の心はつくべくも覚えず、心づからたはぶれにくき折り多かれど、「浅緑」聞えごちし御乳母どもに、納言にのぼりて見えむの御心深かるべし。




内大臣は、入内の準備を、六条院のこととして、聞かれるが、酷く落ち着かない気持ちである。姫君、雲居の雁の様子は、今が、女盛りに成長して、入内しないのは、惜しいほど可愛い。することもなく、沈み込んでいるのを見ると、心から、嘆きの種である。が、かの人、夕霧の様子はといえば、いつも変わらず、平気の様子で、弱気にこちらから折れても、人に笑われる。あちらが熱心であった時に、言うことを聞いていたら、などと誰にも言えずに嘆いている。あちら、夕霧が悪いということも出来ないのである。
このように、少し弱っている様子を、宰相の君、夕霧は、耳にされるが、昔、薄情だった、内大臣の気持ちを思えば、酷いと思うので、顔には出さず、心を落ち着けて、それでも、他の女にという、気は全く無い。自ら求めて、やるせない気持ちをする事も多々あるが、浅緑と申して、馬鹿にした、乳母たちに、中納言に昇進した姿を、見せてやりたいという気持ちが、強いのだろう。

最後は、作者の言葉。



posted by 天山 at 06:17| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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