2014年03月03日

霊学143

只今、シュタイナーによる、いかにして超感覚的世界の認識を獲得するか、という、著作を紹介している。

霊学というものの、歩みの一つとして。
しかし、読み進めて行くと、これは、一つの人生論であり、もし、彼の主張を受けいれるとしたら、宗教を信じることに似るのである。

ただ、兎に角、喧しく、説明することが、特徴である。
延々とし、具体的に説明することには、抵抗が無いが、それにより、彼の、霊的感覚を受けいれることは、出来ない。

具体的に説明することで、より、超感覚の世界を認識するという、命題であるが、その超感覚という世界は、生きている者が、極めて注意深く、生きることで、獲得出来るものなのである。

それでは、神秘修行の諸条件を、読む。

説明が、くどいので、簡略化して、紹介する。

神秘修行が、難しく、嘆く者は、・・・
自分の中に厳しい具体的な実践の条件を充たす能力も意志も見出せぬ間は、しばらく神秘修行を断念せねばならなぬ。・・・

断念するとは、生きること、生活することを、止めるということである。
何故なら、シュタイナーの修行は、生活の中で、当たり前の行為だから・・・

その第一の条件は、肉体と精神の健康に留意することである。と、ある。

健康であろうとする人間からしか健全な認識は育ってこない。
シュタイナー

違う。
黙っていても、健康志向を人間は持つのである。

生活が、健康でなければ、生活出来ないのである。

それに関して、兎に角、延々と、説明している。
これは、シュタイナーが強迫性観念に、縛られている証拠ではないか。
あるいは、人間を信じていないか、である。

面白いのは、
禁欲生活といえども、それが諸々の享楽と同じような動機から発したものである限り、何の役にも立たない。
シュタイナー

セックスしない、セックスを楽しむという、快楽ということになる。

完全な霊的健康のための努力である。不健全な心情生活と思考生活はどんな場合にせよ、人を高次の認識への道から遠ざける。
シュタイナー

空想癖、激昂しやすい性質、神経質、興奮、狂信などの傾向ほど有害なものはない。
シュタイナー

西欧の思想家は、皆々、語り過ぎるきらいがある。
それに、日本の思想家も、大いに影響を受けたが・・・

人生の中で自分が今どこにいるのか、どこから来て、どこへ行こうとしているのか、よくわきまえているべきである。
シュタイナー

イエスは、福音書の中で、人は、何処から来て、何処へ行くのか、解らない、と言った。それが、通常の人間である。

シュタイナーは、自分の霊界から出て、その霊界に帰ることを、知っていたのだろうが・・・
それが、皆々の、霊界ではないということを、知らない。

つまるところ、キリスト教が、天国へ、仏教徒が、極楽に行くと、信じることと同じように、霊界参入も、シュタイナーと同じ霊界に参入すると、考えている。

そのようなことは、有り得ない。

第二の条件は、自分を全体生命の一部と感じることである。
シュタイナー

当然である。
全体から離れて、この生命は、成り立たないのである。

人は、相手に、我が身を写して見る。
この一言葉で、足りる。
しかし、彼は、語る。語り過ぎるのである。

第三は、修行者は自分の思考と感情が世界に対して自分の行為と同じ意味を持つ、という立場に立てなければならない。誰かを憎むなら、すでにそれだけで、なぐるのと同じ被害をその人に与えている。
シュタイナー

心の世界を知る人なら、それは、とうに心得ている。

このことが認識できるなら、私が自分自身を完成させようとする努力が、私ひとりのためではなく、世界のためでもある。
シュタイナー

その通りだが・・・
それが、出来ずに、人類は、21世紀を迎えた。

第四は、すなわち人間の本質が外観にではなく内部に存するという観点を獲得することである。
シュタイナー

人間は、自身の内部にしか、認識を得られないのである。
外観に捕らわれている人は、生きていて、死んでいるのである。

更に、生きていても、浮遊しているということである。

自分を魂的=霊的な存在であると感じることは、神秘修行の前提である。
シュタイナー

当然である。
だが、魂的=霊的ということも、信じる、信じないという、浅はかな人間の思慮により、異なる。

人間が、霊的存在であることを、認識する人は・・・
特別な、修行は、必要ではない。

生きているということが、修行と同じなのである。
いや、あえて、修行という言葉を、使う必要は無い。
修行という言葉は、そこに拘りがある。

伝統行事で、人々が、寒中に水をかぶり、御祭りをするのは、理解するが、特定の宗教が、寒中を選んで、水をかぶり、修行するとは、実に、笑わせるのである。

修行という言葉には、浅はかさが、へばり付く。




posted by 天山 at 06:02| 霊学3 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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