2014年02月26日

天皇陛下について170

今上天皇は、皇太子時代の、昭和52年8月に、語られた。

日本の皇室の伝統は、武ではなく、常に学問であった。軍服の天皇や武人姿の天皇は非常に少ない。和歌や文学の面で、すぐれた作品を残した天皇も少なくない。
明治天皇の和歌、大正天皇の漢詩、現在の天皇の生物学など・・・
これからも、学問を愛する伝統を続けていきたい。

国文学を専攻する者でも、それらの天皇の著作の多くを知らない。
実に、天皇の著作は多いのである。

村に、村長、むらおさ、がいるように、農耕民族の「長」して、人々の平穏で満たされたくらしを実現するために、常に五穀の豊かな実りを祈り続けた。そして、暮らしの積み重ねの中に生まれる智恵と文化の伝承と発展に尽くし、他民族との調和に心を砕いてきた。
伊達宗克

古来の本質的な象徴性、との文である。

天皇を取り巻く制度やその運用が大きく変わり、天皇の存在や権限が形式的に改められたのは歴史の示すとおりだが、大筋としては国長としての象徴的役割に大きな変化はなく、日本人社会の基本的な中心という座標のもとに、いまなお重要な役割を果たしつつある。
伊達

実際、天皇の本質的存在意義、あり方には、さほどの変化は無かった。

天皇親政といっても・・・
具体的に挙げてみても、明治天皇など、御前会議をはじめとする、実務、判断は、すべて有力な政治家、軍の首脳が決めて、天皇の名で、事を進めたのである。

独裁者のように、天皇が、独断と偏見により、国政を執られたことは、一度も無い。

制度と時間の流れの中で、すでに決まったこと・・・それを、裁可するのみである。

このような、君主は、世界を見回しても、何処にも、いない。
不思議な存在である。

敗戦後の天皇、それ以前の天皇も、変わりないのである。

江戸時代以前に遡っても、厳密な意味での、天皇親政というのは、少ない。

天皇、朝廷は、ただ、裁可、了承するのみである。
それなのに・・・
国が、平穏で豊かだった。

天皇の存在の「元型」は、政務を超越した「国長」そのものである。
伊達

近代のみならず、まだ幕府が存在しなかった古代についても同じことが言える。冷泉天皇から円融、花山、一条、三条、後一条、後朱雀、後冷泉の八代百三年間は、藤原氏の摂政政治が行なわれた時代で、これをもって後世の幕府発生の原型と見られないこともない。冷泉天皇以前にも、関白が置かれた例がすべてにあり、したがってこの時代に早くも、一種の権威と権力の二分体制が実質としては存在していたと見る他はないからである。
つまり幕府が厳として存在していた時代はもちろん、幕府がまだ確立されなかった以前や、幕府体制が廃止されたかに見える時にも、実は天皇は決して実務権力に淫した存在ではなく、つねにそこから一歩退いた権威の地位を保っていた、と見るのが歴史の実相である。これが日本天皇の第一の特徴であり、よく記憶しておく価値があろう。
入江隆則 改行は、私。

上記に付け足すものはない。

ただし・・・
一度だけ、実質的に、天皇が判断されたことがある。
昭和天皇の、戦争終結の、御聖断である。

開戦を避けるために、様々な蔭の御努力をされ、しかし、開戦を承認せざるを得ず。そして、敗戦の断である。

更に、戦時中は、兵士の士気を高めるために、様々な、お言葉を述べられたのである。
もし、天皇が、吾関せずとしていたら・・・
全く、戦争の形相が変わっていたはず。

更に、軍部に天皇を掲げられて、とんでもない国に、転落したことだろう。

開戦も、敗戦も、天皇だから、受け容れた。

受け容れられた。
つまり、最後は、御自分がすべての責任を取るという、姿勢だから・・・

歴代天皇始まって以来の、天皇の政務の大決断が、御聖断である。

二度と、そのように状況を作ってはならないと、国民は、肝に銘じるべきである。特に、政治を司る者たち・・・

内乱にも、陥らず、敗戦からの日本は、立ち上がった。

歴代天皇の、御心を、実現された昭和天皇である。

国長は、ただ、民の、かまど、を、ご心配される方なのである。
そして、ご自分は、学問を行なう。
だが、学者ではない。
素人として、学問に専心される。

これも、伝統の智恵である。

和歌に象徴される、日本文学の花を、天皇は咲かせ続けている。

日本には、革命は無い。
フランス革命、ロシア革命、イラン革命・・・
更には、一時、神格化されていた、毛沢東、スターリンなど・・・そのような存在でもない。

天皇の神格化は、天皇ではない者が、言っただけの話。
天皇が、唯一絶対超越した、神などではなかった。

常識・・・
常識的に考えて、人間が、唯一超越した存在になるものであるか・・・

その常識的感覚に立てないのが、左翼といわれる人たちである。
今以て、馬鹿げたことを言う。

常識的に考えれば、保守的革新主義が、最も、新しい政治の形であり、いつも、そうであるから、進化、発展するのである。

そして、天皇という、存在は、不易流行なのである。




posted by 天山 at 05:33| 天皇陛下について3 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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