2014年02月09日

フィリピン・ボホール島へ

真冬の日本から、フィリピンである。
フィリピンは、多くの島による国である。
その地域によっても、天候が様々に、異なる。
だが、暑い国である。

夏の絽の襦袢、単の着物、そして、羽織は、袷という、へんてこな、井出立ちで、出発した。
マニラに到着したら、羽織を脱ぎ、更に、ホテルに着いたら、着物を脱ぐ。
そして、夏の恰好をする。

そんな旅を続けて、八年目に入る。
その間、15カ国を廻った。
東南アジア、南太平洋の国々である。

追悼慰霊と、衣服支援の旅・・・

戦没者の追悼慰霊をするというのは、長年の希望だった。
そして、出掛けてみて、折角だからと、衣服支援をはじめた。

大東亜戦争の日本兵の遺骨は、まだ、113万人ほど、異国の地にある。
今年、平成26年、2014年は、敗戦から、69年目である。

そんなことを、知る人は、少ない時代・・・

だが、日本が戦争をしない国であることを、これからも願うとするならば、慰霊は、必要である。そして、追悼である。
追悼とは、追って、悼むこと。つまり、戦争を知るということである。

日本は、フィリピン全土を戦場とした。

今回の目的は、ビサヤ諸島という、ルソン島とミンダナオ島の間にある、島々の一つボホール島である。

ボホール島は、レイテ島とセブ島の間にある島。
フィリピンは、国内線の飛行機も多いが、フェリーの行き来も多い。

私は、セブ島から、フェリーで、ボホール島に渡る計画を立てた。

ボホール島は、昨年の地震で、185名以上の死者を出し、更に、あのレイテ島、サマール島に甚大な被害を出した、台風の被害も受けた島である。
報道されない故に、多くの人は知らない。

そして、戦争時代、敗戦まじかな時期、日本軍はボホール島に上陸し、レイテ島を奪還した、アメリカ軍と戦うことになった。
だが、それも、情報が少なく、知る人は少ない。

幾人の兵士が亡くなったのか・・・
よく解らないのである。

更に、ボホール島に、慰霊に行くという、話も聞いたことがない。

それでは、慰霊と支援をと、私は即座に、ボホール島に行くことを考えた。

今では、親日感情を持つ人が、フィリピンでは、八割ほどになっている。
日本人としては、嬉しいことだ。

敗戦後の、日本の戦後賠償支援がフィリピンを、大いに助けたということもある。

一時期、日本人男性が、フィリピンに遊びに行くとは、性処理の遊びが多かった。勿論、今も、それは、ある。だが、日本人は、行儀が良いことでも知られる。

白人特有の、傲慢不遜は、ない。

ただ、悲しいことは、日本人の血を引いた、孤児が多く存在するということだ。
日系人であれば、保護も受けられるが・・・
孤児であると、国籍もない状態である。

更に、貧しい国特有の、児童買春問題。
今回、国際的児童ポルノの集団が、摘発されたことは、実に良いことである。

私は、報道されたことを、現地に行って、確認できるから、第一次情報である。
単なる、物知りの情報家と違う。

ただし、書けないことと、書かないことも、多い。
その国を悪くする情報は、書かない。
更に、情報を与えることによって、馬鹿な者が、行動しないことを願って、書かない。

兎に角、私は、拙い、ブロークン英語、和製英語で、誰彼に、話し掛ける。
そこから、色々な情報を得る。

そこが、恥知らずの私の良いところである。

ただ、今回は、不思議なほど、幸運に恵まれなかった。
それは、ボホール島に関しての、協力者が現れなかったことである。
全く初めての場所・・・

さて、今回は、最初にマニラに、二泊した。
暑さに慣れるためである。
それで、日本で、メトロ・マニラのパサイ市のホテルの予約をしてみた。

安いホテル・・・
丁度良いホテルが、見つかった。
シングルベッド・・・つまり、シングルルームだと、思ったが・・・

そのホテルは、その付近では、結構有名なホテルである。
ところが、チェックインをして、部屋に入ると、何と、四人部屋の、カプセルホテル仕様だった。
驚いた。

すぐに、フロントに行き、確認する。
そして、シングルルームだと、二泊で割り増し、3000ペソ必要と言われた。
今は、円安により、1ペソ、2,5円である。
以前は、1ペソ、2円だった。

100ペソが、以前は、200円、今は、250円ということである。
物価高のイメージ。

3000ペソと聞いて、諦めた。
私も、確認しなかったのが、悪い。

ただ、救いは、朝食が付いていたことである。

日本で、予約する際は、よくよく、内容を確認せよということだと、勉強した。
ちなみに、日本円で、二泊で、4800円程であった。
ペソにすると、2000ペソと少しである。

私は、いつも、現地の金銭感覚で、考えるようにしている。
日本円の感覚では、現地の感覚が、理解出来なくなるからだ。

兎も角、諦めて、二泊することにした。



posted by 天山 at 04:57| 旅日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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