2014年02月08日

伝統について66

君に恋ひ 寝ねぬ朝明に 誰が乗れる 馬の足音そ われに聞かする

きみにこひ いねぬあさけに たがのれる うまのあのとそ われにきかする

あなたを思い、寝られずに迎えた夜明け。誰が乗る馬か、足音を私に聞かせるのだ。

つまり、何処かの女の元に通った、男の馬の足音だったのだろう。
少しばかりの、嫉妬である。

紅の 裾引く道を 中に置きて われか通はむ 君か来まさむ

くれないの すそひくみちを なかにおきて われかはかよはむ きみかきまさむ

紅の、裾を引いて行かなければならない道を、間に置いて、私が通って行きましょうか。それとも、あなたが、来てくださるのですか。

ほのぼのとして、恋の心、満載である。
私が行く・・・それとも、あなたが・・・
全く、時代を問わない歌である。

天飛ぶや 軽の社の 斎槻 幾世まであらむ 隠妻そも

あまとぶや かるのやしろの いはひつき いくよまであらむ こもりつまそも

天に飛ぶ、軽の社にまつわる、槻の下に、いつまで隠しておくのか。隠れる妻だ。

人に知られぬ妻の存在を、いつまで、隠しているのか、と言う。
人の口に上らぬように。
いはひつき、とは、穢れを祓い、大切にする、槻である。

神名火に 神ろぎ立てて 斎へども 人の心は 守りあへぬもの

かんなびに ひもろぎたてて いはへども ひとのこころは まもりあへぬもの

神名火山に、神域の木を立てて、大切にするようにしても、人の心は、守ることが出来ないもの。

移り気な人の心を、歌う。
当時は、樹木などを立てて、神域とした。
そして、その場を、大切したのである。
それに、掛けて、歌う。

天雲の 八重雲隠れ 鳴る神の 音のみにやも 聞き渡りなむ

あまくもの やへくもかくれ なるかみの おとのみにやも ききわたりなむ

天雲の、八重雲に隠れて、鳴る雷のように、音を聞くだけで、過ごすのだろうか。

この神の音、雷は、人の口である。
噂ばかりを聞いて、日々を過ごすという。

これは、酷いことである。
好きな人を、好きだと言えぬ、苦悶である。

ただ、人の噂だけが、流れている。

だが、このような歌が多いが、実は、その噂も、楽しんでいるのかもしれない。
苦しいと言いつつ、そのことも、楽しむ。

また、苦しいから、更に、恋の心が、燃え上がる。

障害があれば、あるほど、人の心は、それに立ち向かうのである。
万葉の時代も、同じである。

現代の人と、どれ程の差があるのか・・・
恋に関しては、全く、同じ程度なのである。

それが、救いである。
古代の人たち・・・私達の先祖たちも、恋に、心を焦がしたのである。





posted by 天山 at 06:01| 伝統について2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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