月が出て来たので、御酒などを召し上がり、昔話などをされる。霞んでいる月の光が、奥ゆかしく、雨上がりの風が少し吹いて、梅の花の香りが、やさしい。御殿の辺りは、言いようもないほど、匂いが満ちて、皆の気持ちを、魅了する。
名文である。
なつかしきに・・・
それは、今、昔のことではない。懐かしい気持ちにさせる、ムードである。
蔵人所の方にも、あすの御遊びのうちならしに、御琴どもの装束などして、殿上人などもあまた参りて、をかしき笛の音ども聞ゆ。内の大殿の頭の中将、弁の少将なども、見参ばかりにてまかづるを、とどめさせ給ひて、御琴ども召す。宮のお前に琵琶、大臣に筝の御琴参りて、頭の中将和琴賜はりて、華やかにかきたてたる程、いと面白く聞ゆ。宰相の中将、横笛吹き給ふ。折に合ひたる調子、雲居とほるばかり吹きたてたり。弁の少将、拍子とりて、梅が枝いだしたる程、いとをかし。童にて、韻塞の折、高砂うたひし君なり。宮も大臣もさし答へし給ひて、ことごとしからぬものから、をかしき夜の御遊びなり。
六条の院の、蔵人所でも、明日の管弦の御遊びの、試演にと、弦楽器類の支度などをして、殿上人なども、大勢参上して、趣きある笛の音などが、聞えてくる。内大臣の頭の中将、弁の少将なども、挨拶するだけで、退出するのを、引き留めて、弦楽器を取り寄せになる。兵部卿の宮の御前には、琵琶、源氏には、筝の琴を差し上げて、頭の中将は、和琴を戴いて、賑やかに、合奏を始めると、大変に、趣深く、聞える。
宰相の中将、夕霧は、横笛を吹かれる。季節に合った、曲の調べを、天まで響くほど、吹き立てた。弁の少将は、拍子を取って、梅が枝、を、謡い出した様子が、興味深い。
殿上童で、韻塞ぎの時に、高砂を謡った方である。宮も、源氏も、一緒に謡いになり、仰々しくはない、面白い夜の、音楽会である。
御かはらけ参るに、宮、
兵部卿
鶯の 声にやいとど あくがれむ 心しめつる 花の辺りに
千代も経ぬべし」と、聞え給へば、
源氏
色も香も 移るばかりに この春は 花咲く宿を かれずもあらなむ
頭の中将に賜へば、とりて宰相の中将にさす。
頭の中将、
心ありて 風のよくめる 花の木に とりあへぬまで 吹きやよるべき
情けなく」と、皆うち笑ひ給ふ。弁の少将、
霞だに月と花とを隔てずはねぐらの鳥もほころびしなまし」
まことに明け方になりてぞ、宮帰り給ふ。御贈物に、自らの御料の御直衣の御よそひ一くだり、手触れ給はぬ薫物二壺添へて、御車に奉らせ給ふ。宮
兵部卿
花の香を えならぬ袖に 移しもて ことあやまりと 妹やとがめむ
とあれば、源氏「いと屈したりや」と、笑ひ給ふ。御車かくる程に追ひて、
源氏
珍しと 古里人も 待ちぞ見む 花の錦を 着て帰る君
又なき事と思さるらむ」と、あはれ、いといたうからがり給ふ。次々の君達にも、ことごとしからぬ様に、細長小うちぎなどかづけ給ふ。
源氏に、お酌をされる際に、宮が、
兵部卿
鶯の鳴く音を聞いて、いよいよと魂が、抜け出しそうな気がします。心を引かれた花の所では、千年も過ごしてしまいましょう。
と、申し上げると、
頭の中将にお盃を差し上げ、それを受けて、宰相の中将にさして、
頭の中将
鶯の宿とする、梅の枝も、たわわなほどに、夜通し、その笛を吹き通してください。
宰相の中将、夕霧は、
気遣って、風さえ避けて吹く、梅の花の木に、むやみに笛を吹いて、近づいて、いいでしょうか。
無風流ですねと、皆、笑う。弁の少将は、
弁の少将
霞さえ、月と花とを隔てなければ、巣に眠る鳥も、鳴き出すことでしょう。
更に、夜明け方になり、兵部卿の宮は、お帰りになった。
宮への、御贈物として、ご自分のお召し料の、御直衣の、装束一揃えに、手をつけていない、薫物二壺を添えて、お車に差し上げられた。兵部卿は、
いただきものの、花の香を、いただき物の結構な、衣装の袖に移して帰りましたら、女と過ちをしたのかと、妻が、咎めるでしょう。
とあるので、源氏は、酷く神経質ですね。と、笑う。お車に牛をつける間に、追っかけて、
源氏
珍しいことと、あなたの家の方も、待ち受けて、御覧になりますよ。花の錦の、美しい衣装を着て、帰る、あなたのことを。
めったにないことだと、思うでしょう。とあり、宮は、酷く、辛がるのである。
それ以下の、君達も、大げさでないように、細長や、小うちぎなどを、おやりになる。