2014年01月10日

天皇陛下について167

日本人は、常日頃、天皇の存在を忘れている。
それで、当然のことと、天皇陛下も、思われているだろう。

更に、日本人が、天皇を意識する時は、歴史的に危険な時期が多い。
災害時などの、天皇のお言葉などは、国民に、多大な影響を与える。
それは、実に良い意味で。

敗戦後、日本人、中でも、識者に多く、皇室は、イギリス王室を見習う、見習えという、馬鹿馬鹿しい、お話が多く登場した。

イギリスを西欧民主主義の、お手本の国として認め、進んだ西欧、遅れた日本という、イメージを作り上げた。

しかし、よく考えれば、進んだイギリスに王様が存在すると言うこと事態が、おかしい。
民主主義ならば、王制は、いらないはず。

それなのに、イギリス王室を見習え・・・
更には、開かれた皇室を・・・
などという、馬鹿げた意見が出た。

その歴史は、全く違う。
その違いを、知らず、西欧かぶれの者どもは、イギリスを崇めた。いや、西欧を崇めた。ついでに、アメリカを崇めた。
つまり、欧米を崇めた。

そして、今の、へんてこな、日本が、出来た。

皇室が、西欧の王制を、手本にしたとは、一体、どういうことか・・・
全く、根拠がないのである。

昭和天皇は、確かに、当時のイギリス王との関係を、深く望まれたが・・・
イギリスの王を、見習うという意味はなかった。

日本の皇室が歴代ヨーロッパの王室を模範にしていたなどということが、はたして言えるだろうか。そんな歴史的事実を私は聞いたことがないし、第一、ヨーロッパ人がこれを聞いたらびっくりして目を白黒させるだろう。ヨーロッパ人が日本の歴史のなかで自分たちの歴史との相違性を感じる点はいくつもあるが、天皇制は紛れもなく彼らにとって最も説明のつかない、はかり難いものの一つなのである。
西尾幹二 ヨーロッパの王朝と日本の天皇制

事実認識の問題である。
西欧の王朝と、皇室は、類似のものという考え方に、同意しないはずであると、西尾は言う。

全く、その通りである。

西欧の王制と、皇室は、全く別物である。
その発生から、違う。

西欧の近代史は、16世紀から20世紀初頭である。
その頃の、代表的な王家は、ハブスブルク家である。
このオーストリア皇帝の一族は、西欧のあらゆる高貴な血を、自家の系図に統合した。

また、西欧の、ほとんど全君主一族の系図に、血統上の寄与をほどこした。

つまり、民族、言語によって、区別された近代国家の差異を、度外視して、王侯君主という、汎西欧的なひとつの、階級が存在していた。
それが、市民階級の上に、君臨するのである。

超民族的な支配力を持っていた。
つまり、インターナショナルである。

そこで、ハブスブルク家の人たちは、全く民族や地域の差異とは、関わりなしに生きたかというと、違う。
彼らの多くは、支配する土地の風習に順応し、言葉を学び、宮廷では、土着の貴族と、折り合いをつけようと、努力した。

更には、各国の国民意識を、最も理想的に代表する場合もあったのだ。

彼らは、所有する土地、民族の一員であると共に、その上に君臨する、超民族的な一家の成員でもあると、感じていた。

しかも、この意識は単に王族という、民衆からみて隔絶した支配階級にのみ限定的に授けられたものではなかった。
西尾

民衆から、隔絶された存在・・・

第一次大戦が起こった際に、オーストリア皇帝の諸軍団の中には、デンマーク人、スウェーデン人、フランス人の将校さえ、存在していた。
外人部隊ではない。
ハブスブルク家の軍隊は、兵士一人一人が、個人の意志に基づき、その忠誠関係によって、皇帝に結び付いていたのである。

戦争が始まると、祖国へ帰るか否かは、それぞれに任されたのである。

また、皇帝への忠誠は、強制されるものではなかった。

個を超えた普遍的価値へ、部分を超えた全体的統一体へ帰属するという、心安らかな意識を与えることに成功したのである。
西尾

それに比べて、皇室、天皇は、政治的機能だけではなく、祭祀的機能も、有していた。
更に、天上人と言われるが・・・
民衆と、隔絶した存在ではなかった。

民衆は、いつでも必要な時は、皇居に近づけたのである。
皇居には、敵の侵入を防ぐものは、一切無かった。

天皇は、武器を持たず、丸腰である。
斬ろうと思えば、いつでも、斬れる存在だった。
が、誰も、そんなことをする者は、いなかった。
その必要が無かったのである。

敗戦後に、変な思想に侵された者が、気が変になり、天皇を狙った者がいたが・・・

西欧の王は、宗教的情緒は、一切無い。
その権力は、あくまでも、世俗の権力である。
更に、伝統の権威は、皆無である。

西欧の宗教的権威は、ローマ法王庁である。
その前には、王たりとも、膝を屈するのである。

ローマ法王の権威に、頼らなければならなかったと、いえる。
だが、法王も、権力者であったのだ。




posted by 天山 at 06:10| 天皇陛下について2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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