2013年12月28日

もののあわれについて651

玉葛「御返り、ここにはえ聞えじ」と、書きにくく思いたれば、大将「まろ聞えむ」と代はるもかたはらいたしや。

大将
巣がくれて 数にもあらぬ かりの子を いづ方にかは とり隠すべき

よろしからぬ御気色にて驚きて。すきずきしや」と聞え給へり。源氏「この大将のかかるはかなし言いひたるも、まだこそ聞かざりつれ。珍しう」とて笑ひ給ふ。心の中には、かく領じたるを、いと憎しと思す。




玉葛は、お返事は、私には、書けません。と書きづらく思っていると、大将が、私が書こう、と代わるのも、どうかと思う。

大将
巣の片隅に隠れて、兄弟の中にも数えられない私を、何処に、誰が、隠すのでしょうか。

機嫌が悪いので、驚きました。懸想文めいておりますでしょうか。と、申し上げた。源氏は、この大将が、こんな冗談を言ったことを、まだ聞いたことがない。珍しい、と言って、笑う。しかし、心の中では、このように、全く自分のものにしているのが、憎いと、思うのだ。




かのもとの北の方は、月日たるままに、あさましとものを思ひ沈み、いよいよほけ痴れてものし給ふ。大将殿の大方のとぶらひ、何事をもくはしう思しおきて、君達をば変はらず思ひかしづき給へば、えしもかけ離れ給はず、まめやかなる方の頼みは、同じ事にてなむものし給ひける。姫君をぞ、堪へ難く恋ひ聞え給へど、絶えて見せ奉り給はず。若き御心の中に、この父君を、誰も誰も許しなう恨み聞えて、いよいよ隔て給ふ事のみまされば、心細く悲しきに、男君達は常に参り馴れつつ、尚侍の君の御有様などをも、おのづから事にふれてうち語りて、君達「まろらをもらうたく懐しうなむし給ふ。明け暮れをかしき事を好みて、ものし給ふ」など言ふに、羨ましう、かやうにても安らかにふるまふ身ならざりけむを嘆き給ふ。あやしう、男女につけつつ、人にものを思はする尚侍の君にぞおはしける。




あの大将の、元の北の方は、月日が経つにつれて、あまりな仕打ちと、物思いに沈み、いよいよ、気が変になっている。大将家は、一通りのお世話を何事につけても、細かく気を配り、子供達を相変わらず大事にしているので、北の方も、すっかり手を切ってしまわずに、生活上の厄介は、今まで通りにしていらした。
姫君を、たまらなく、恋しがっていられるが、全然、会わせることがない。姫君は、子供心に、どなたもどなたも、お父様を許すことなく、恨んで、ますます自分から遠ざけようとするばかりなので、心細く悲しく思うが、男の子たちは、始終行き来しているので、尚侍の君の噂も、自然何かにつれて話し出して、私達も可愛がって、優しくしてくださいます。一日中、面白い遊びをして、暮らしています。などと、言うので、姫君は、羨ましい。こんな風にして、自由に振舞える、男の身に生まれてこなかったのを、嘆くのである。妙に、男にも、女にも、それぞれ。物思いをさせる、尚侍の君でいらしたのである。




その年の十一月に、いとをかしき児をさへ抱き出で給へれば、大将も、思ふやうにめでたし、と、もてかしづ給ふ事限りなし。その程の有様、言はずとも思ひやりつべき事ぞかし。父大臣も、おのづから、思ふやうなる御宿世と思したり。わざとかしづき給ふ君達にも、御容貌などは劣り給はず、頭の中将も、この尚侍の君をいとなつかしき兄弟にて、睦び聞え給ふものから、さすがなる気色うちまぜつつ、宮仕へにかひありてものし給はましものを、と、この若者の美しきにつけても、頭中「今まで皇子達のおはせぬ嘆きを見奉るに、いかに面目あらまし」と、あまりごとをぞ思ひて宣ふ。公事はあるべき様に知りなどしつつ、参り給ふ事ぞ、やがてかくてやみぬべかめる。さてもありぬべき事なりかし。




その年の、十一月に、玉葛が、可愛い子供をお生みになったので、大将も、念願がかなった。幸運だと、この上なゆく、大事にされる。その当時の様子は、言わずとも、お察しのことでしょう。
父大臣も、そのまま、思い通りの幸運と、お喜びである。格別大事にされている、姫君たちに比べても、御器量なども、負けていないし、頭の中将も、この尚侍の君を仲の良い妹として、親しくしていらっしゃるが、それでも、諦めきれない素振りを見せないでもない。入内されていたら、その甲斐があろとう思うが、この若君の美しさを見るにつけても、頭の中将は、今まで男の皇子様がいらっしゃらない嘆きを拝しているので、どんなに名誉なことか。と、虫のよいことを言うのである。
尚侍の職務は、立派にしているが、参内されることは、あのままで終わりになってしまいそうだ。それで、良いはずのことでしょう。

最後は、作者の言葉。




まことや、かの内の大殿の御女の、尚侍望みし君も、さる者の癖なれば、色めかしうさまよふ心さへ添ひて、もてわづらひ給ふ。女御も、つひにあはあはしき事、この君ぞひき出でむ、と、ともすれば御胸つぶし給へど、大臣の、「今はな交らひそ」と、制し宣ふをだに聞き入れず、交らひ出でてものし給ふ。いかなる折りにかありけむ、殿上人あまた、覚えことなる限り、この御女の御方に参りて、物の音など調べ、なつかしき程の拍子打ち加へて遊ぶ、秋の夕べのただならぬに、宰相の中将も寄りおはして、例ならず乱れて物など宣ふを、人々珍しがりて、「なほ人より異にも」とめづるに、この近江の君、人々の中を押し分けて出で給ふ。「あなうたてや、こな何ぞ」と引き入るれど、いとさがなげに睨みて、はり居たれば、わづらはしくて、「あうなき事や宣ひ出でむ」とつきかはすに、この世に目なれぬまめ人をしも、「これぞな、これぞな」とめでて、ささめき騒ぐ声いとしるし。人々いと苦しと思ふに、声いとさわやかにて、

近江
沖つ船 寄るべ波路に 漂はば 棹さし寄らむ とまり教えよ

棚なし小船漕ぎかへり、同じ人をや、あな悪や」と言ふを、いとあやしう、この御方には、かう用意なき事聞えぬものを、と思ひ廻はすに、この聞く人なりけり、と、をかしうて、

夕霧
寄るべなみ 風の騒がす 船人も 思はぬ方に 磯伝ひせず

とて、はしたなかめりとや。




そういえば、内大臣様の、ご息女で、尚侍希望の方も、あの調子の癖で、この頃では、変に色っぽく、そわそわし出して、大臣は、持て余していらっしゃる。女御も、今に、軽はずみなことを仕出かすのではと、何かというと、はらはらしていらっしゃる。大臣が、もう人中に出てはいけない、と諌めるのも聞かず、人中に出ている。
あれは、いつのことだったか、殿上人が大勢、それも立派な方々ばかりが、この女御の所に集まり、色々な楽器を奏し、騒がしくない程度に拍子を取ったりして、遊んだことがあった。
秋の夕暮れの、何となく風情のある頃で、宰相の君も御簾近くにいらして、常になく冗談をおっしゃるのを、女房達が珍しがり、矢張り、他の方と違うと、誉めていると、この近江の君が、女房連中を押し分けて、出て来た。あら嫌だ、これは、どうなさるつもり、と引っ張り入れようとするが、とても意地の悪い目つきで睨み、頑張るので、困りきって、変なことをしないか、とお互いに、突っつき合っていた。
すると、この世にも、珍しい真面目な、夕霧を、近江は、この人よ、この人よ、と誉めそやす声が、囁きだが、御簾の外まで、はっきりと聞える。女房たちは、困りきっているのに、声もはっきりと、

近江
沖の船、寄るべがなくて、波に漂っているなら、漕ぎ寄せます。行き場を教えてください。

棚なし小船のように、一人の方ばかり思っていらっしゃるの。あら、ごめんなさい、と言うので、酷く驚いて、こちら様には、こんな不躾なことを言う人など、聞いたこともないが、と、考えて、あの評判の姫君なのだと、おかしくて、

夕霧
寄るべがなくて、風にもてあそばれている船人でも、心にもない方に、磯伝いは、しません。

とおっしゃったので、女は、引っ込みがつかなくなった、という、お話。

最後は、作者の言葉。

真木柱を終わる。




posted by 天山 at 05:52| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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