2013年12月26日

もののあわれについて649

やがて今宵かの殿にと思し設けたるを、かねては許されあるまじきにより、漏らし聞え給はで、大将「俄にいと乱り風の悩ましきを、心安き所にうち休み侍らむ程、他々にてはいとおぼつかなく侍らむを」と、おいらかに申しない給ひて、やがて渡し奉り給ふ。父大臣、にはかなるを、儀式なきやうにやと思せど、あながちにさばかりの事を言ひ妨げむも人の心置くべし、と思せば、大臣「ともかくも、もとより進退ならぬ人の御事なれば」しぞ、聞え給ひける。六条殿ぞ、いとゆくりなく本意なしと思せど、などかはあらむ。女も塩やく煙の靡きける方を、あさましと思せど、盗みもて行きたらましと思しなずらへて、いと嬉しく心地おちいぬ。かの入り居させ給へりし事を、いみじう怨じ聞えさせ給ふも、心づきなく、なほなほしき心地して、世には心解けぬ御もてなし、いよいよ気色あし。かの宮にも、さこそたけう宣ひしか、いみじう思しわぶれど、絶えて訪れず。ただ思ふ事かなひぬる御かしづきに、明け暮れ営みて過ぐし給ふ。




そのままに、今夜、あちらの邸にとのつもりだったが、前もって、お許しが出ないだろうから、一言も言わず、大将は、急に、おかしな風邪を引いて気分が悪いものですから、気の置けないところで、ゆっくりしようと、思いますが、その間、離れていては、気がかりですので、と、穏やかに、申されて、そのまま、邸にお連れする。
父の内大臣は、急な事で、儀式もないようでは、と考えるが、無理にそれくらいのことで、反対すると、大将が、気を悪くするだろと思い、どうでも、よろしいように。元々、私の自由にできないお方のことです。と、お返事された。六条殿、源氏は、あまりに急で、不本意に思うが、どうしようもない。女も思いがけない身の上になったことと、呆れる思いがするが、大将は、盗み取ってでも来たように、嬉しくてたまらず、やっと安心した。
主上が、お渡りあそばしたことに、とてもやきもちを焼くにつけても、気に食わず、下賎の者がすることのような気がして、玉葛は、更に、うとうとしい態度で、ますます、機嫌が悪い。
式部卿の宮も、あれほど、きつい口を利いたものの、実は、酷く思い悩んでいるが、一行に訪ねることもない。大将は、玉葛を、念願かなって大事にし、そのお世話に明け暮れて、かかりっきりになっている。




二月にもなりぬ。大殿は、さてもつれなきわざなりや。いとかうきはぎはしうとしも思はで、たゆめられたる妬さを、人わろく、すべて御心にかからぬ折なく、恋しう思ひ出でられ給ふ。宿世などいふものおろかならぬ事なれど、わがあまりなる心にて、かく人やりならぬものは思ふぞかし、と、起き臥し面影にぞ見え給ふ。大将のをかしやかにわららかなる気もなき人に添ひ居たらむに、はかなき戯言もつつましう、あいなく思されて、念じ給ふを、雨いたう降りて、いとのどやかなる頃、かやうのつれづれも紛らはし所に渡り給ひて、語らひ給ひし様などの、いみじう恋しければ、御文奉り給ふ。右近が許に忍びて遣すも、かつは思はむ事を思すに、何事もえ続け給はで、ただ思はせたる事どもぞありける。

源氏
かきたれて のどけき頃の 春雨に ふるさと人を いかに忍ぶや

つれづれに添へても、恨めしう思ひ出でらるる事多う侍るを、いかでかは聞ゆべからむ」などあり。




二月になった。源氏は、あのようなやり方は、酷いと思う。まさか、こんなにはっきり出ようとは考えず、油断させられたのが残念であり、きまり悪いほどまでに、玉葛のことが、何から何まで、気にならない時がないほど、恋しく思い出される。
運命などとは、馬鹿にならないものだが、自分があまりに、のんびりしているから、誰のせいでもない苦労をするのだと、覚めても、寝ても、玉葛が朧に浮かぶ。
大将のような、風流のない、無愛想な人に、連れ添っているのでは、ちょっとした冗談を言っても、憚られる。つまらなくて、我慢しているが、雨が酷く降り、手持ち無沙汰の頃、こんな時の退屈しのぎに、玉葛の部屋に出掛けて、おしゃべりしたことなどが、恋しくてたまらないので、お手紙を差し上げた。
右近宛に、そっと出すが、それも、右近が何と思うか憚られて、長々と書くことは出来ず、本人の推測に任せた書き方をする。

源氏
春雨が降り続いて、所在無い頃、お見捨てになった私を、どう思っていらっしゃるのですか。

何もすることがないのにつけて、恨めしく思い出されることが多く、どうしたら、申し上げられるでしょう。などと、ある。




ひまに忍びて見せ奉れば、うち泣きて、わが心にも、程経るままに思ひ出でられ給ふ御様を、まほに、「恋しや。いかで見奉らむ」などはえ宣はぬ親にて、げにいかでかは対面もあらむとあはれなり。時々むつかしかりし御気色を、心づきなう思ひ聞えしなどは、この人にも知らせ給はぬ事なれば、心ひとつに思し続くれど、右近はほの気色見けり。いかなりける事ならむとは、今に心え難く思ひける。御返り、玉葛「聞ゆるも恥づかしけれど、おぼつかなくやは」とて書き給ふ。

玉葛
ながめする 軒の雫に 袖濡れて うたかた人を 忍ばざらめや

程ふる頃は、げにことなるつれづれもまさり侍りけり。あなかしこ」といやいやしく書きなし給へり。




人のいない時に、そっとお見せすると、涙をこぼして、自分の心にも時が経つにつれて、思い出されてならない、あの方のご様子、誠に、恋しい、どうかして、お目にかかりたい、などと、おっしゃらない親であるから、おっしゃる通り、どうして、お会いすることができよう、と思い、悲しい。時々、嫌な素振りを見せたので、気に染まなかったことなどは、この右近にも、話していないので、一人心の中で、あれこれと考え続けているが、右近は、うすうす事情を知っていた。だが、どの程度のことだったのかと、今でも、納得ゆかなく思っていた。御返事は、申し上げるのも、恥ずかしいことですが、ご心配をかけてはと思い、とお書きになる。

玉葛
この春雨の軒の下に、物思いにふけっている、袖が濡れました。少しの間も、あなた様を思わずに、いられましょうか。

時が経つと、おっしゃる通り、格別寂しさも募ります。あなかしこ。と、わざと、礼儀正しく、書くのである。





posted by 天山 at 06:04| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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