2013年12月23日

慰霊と支援の旅は続く10

チェンマイから、騒乱のバンコクへ。
二日過ごして、帰国するのである。

国王誕生日にバンコクであるから・・・
バンコクは平和だった。

そして、タイ国民は、王様のお言葉を待っていた。
それを、私は、テレビで見ていた。

お言葉を発する王様の、一言一言が、やっとの様子。
間合いが、とても長いのである。

椅子に座り・・・
何とも、痛ましい姿だった。

私は、ナナという界隈の、猥雑な場所のホテルに宿泊した。
その夕方、買い物をするために、外に出ると、体を売る女性たちが、蝋燭を用意している。
私は、どうするの・・・と、問い掛けた。
すると、キング・バースディと答える。

道端に、蝋燭を灯すのである。

これぞ、タイの風物である。
仏教と、王様・・・

王様は、大変である。
国民からの、支持を得て、国民のことを、心に懸ける。
王様のお言葉を、手を合わせて聞く、少女の姿。

一年前も、私は、チェンライにて、その日に遇っている。
その時は、物乞いに、キング・バースディと言い、少し多くのお金を、差し出した記憶がある。

さて、この旅日記も終わる。
つまり、活動七年目の旅の終わりである。

死ぬまで続けると、決心した。
これで生きてゆくしかないと、決めた。
その他の生き方は、私には、無い。

この世に欲しい物が無い。
この世に、未練も無い。

ただ、何か、誰かの必要なことを・・・
死者に対する慰霊の行為を。

全くの、アウトサイダーである。
野垂れ死ぬ覚悟である。

七年を振り返ると・・・
実に重い。

激戦地での慰霊は、特に、重い。
時代の不可抗力に生きた人たち。
そして、私もまた、時代の不可抗力に生きる。

生まれて生きることが、あはれ、である。
生きていることが、あはれ、なのである。

何故か・・・
人は死ぬために、生まれて生きる。
行く先は、明確に決まっている。

未知ではない。
人は死ぬのである。

それを得心し、確信し、更に、我が内に受け容れる。
あはれ

その死ぬ間の、人生を生きると、人はいう。

その、間、を不可抗力の最大である、戦争により、生きた人々を、実に、あはれ、に思う。

国のために・・・
それは、後付の意味である。

そんなことで、死にたくなかった人が、どれほど、いたことか・・・

では、今、本当に納得して、死ぬために、生きているのか。
解らない。

私は、日本よりも、貧しい国々に出掛けている。
その、貧しいという意味・・・
実は、その現場でなければ、解らない。
絶対的に貧しいのである。

貧しいという時、日本にいる場合と、貧しい場にいる場合とでは、意味が違う。
貧しさの意味が、違うのである。

簡単に言う。
食べ物の選択肢が無い。
日本人は、決して、そんな状況に大勢は、陥らない。

更に、道端で眠る子どもたち・・・
日本では、決して見ることのないものである。

一日一食を食べられれば、それで幸せだ・・・
日本では、考えられない。

だから、私は笑う。
健康維持のために・・・
医療費を抑えるために・・・
食事法を云々、運動は、何とか・・・

馬鹿もいい加減に・・・
分配することなく、我が身のみに向う精神的、病。

体の健康より、精神が病んでいるのである。
豊かさは、不幸である。これを説明する長くなるので・・・
だが、お金は、命の次に大切である。
その使い方が問題なのである。

そのツケが、環境破壊、そして、世界的気候変動、自然災害、人間の精神を病ませるのである。
自然から得る、タダのものを、金にして、堂々と生きる人たち。
必ず、天罰が下る。

お金というもの、これも、不可抗力になった。
歴史が、お金に換算される、不幸。

おしまい




posted by 天山 at 06:50| 旅日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。