2013年12月14日

慰霊と支援の旅は続く

秋の風が、冬の寒さに変わってゆく、十一月後半、私たち一行は、タイ・メーソートに向けて、旅立った。

その朝は、寒かった。
これから、気温30度のタイへ行くとは、思われないほど。

今回は、メーソートにての支援、難民孤児施設、メータオクリニックのみならず、ミャンマー側のミャワディにも入る予定である。

今年、八月上旬に、その地帯は、豪雨で、大変な被害を出した。
自然災害が、世界的に多く、報道はされなかったが、ミャンマー側では、川の氾濫で、800名以上の死者を出していた。

日本では、100名以上と、聞いていたが・・・
タイ側でも、浸水した家々と、死者四名である。

孤児施設も、浸水したところもある。

三ヶ月前に航空券を予約していた。
つまり、三ヶ月先も、生きているつもりの、予定である。
私は、いつも、そのように、考えている。

戦没者の追悼慰霊から、子供たちへの、衣服支援、そして、それが大人にまで広がり・・・
更に、今回は、七年目を終わるに当たり、自立支援の模索も出来た。

与えるだけでは、続かない。
相手に、自立を促がす活動である。
方法の知らない人たちに、一つの指針と方法を伝える。

本当は、そこまで、考えていなかった。
しかし・・・

結果的に、そのようになるのである。

さて、私たちが、タイに向う少し前から、バンコクでは、大規模なデモが発生していた。
反タクシン派の、現政権を倒す、デモである。
バンコクでは、何と、200万人が参加したという。

更に、国王の誕生日が近づいていた。
実に、複雑な状況のタイへ向ったのである。

バンコクは、案の定、暑かった。
昼間は、31度である。

この暑さに、慣れるために、バンコクで二日ほど過ごす。
七年間、東南アジア、南太平洋の国々を廻っている。
もう、その暑さに慣れる術を知った。
つまり、何もせず、暑さに慣れること。

急に行動すると、倒れる。

バンコクの下町の、マンション・ホテルに滞在する。
皆々、顔馴染みになった人たち・・・

サワディーカップ・・・こんにちは・・・
言葉も慣れたものだ。
挨拶程度であるが・・・

後は、下手な英語、そして、日本語・・・
時に、自分で、何を言っているのか、解らなくなる。

サワディーカップ・サイバイディ・・・ハワィ・ユー・・・アイ・フイン・・・
それで、ネ・・・アイ・ゴー・ツー・メソットね・・・

ジリジリと日差しの強い、バンコクの下町を歩く。
両替したり、屋台で、果物を買ったり・・・

勿論、食事は、すべて、地元の人たちの食堂である。

今回、新たに、お粥の店を見つけて・・・
毎朝そこに、食べに行く。

安くて、美味しくて・・・
最高である。

だが・・・
この円安・・・
愕然とした。

以前、一万円が、4000バーツ前後だった。
しかし、今は、円安で、3000バーツ前後。
つまり、物価高である。

10バーツが、25円から30円だったのが、約33円である。
100バーツのものが、330円である。

一割高は、辛いものがある。
円安も、いい加減にして欲しい・・・
特に、私の活動では、大変な重荷だ。

支援物資の現地調達では、1000バーツだったのが、3300円になる。
と、意外な心労であった。

それでも、安いと、言い聞かせて・・・

観光旅行なら、いざ知らず。目的が、全く違う。
勿論、観光など、しない。したくない。

メーソートの、孤児たちに逢うのが、何よりの楽しみ。
新しい子供たちも、増えているはずである。
毎年逢う子もいる。それが、楽しい。

昼間の暑さに慣れて、メーソートに向う。
国内線である。

実は、タイに来る時の、荷物は、オーバーして・・・
何せ、一人10キロオーバーである。

支援物資を、機内持ち込みのバックに、詰め直すという・・・

しかし、機内持ち込みも、オーバーなのだが・・・
そこは、こちらの肝の持ちようで・・・

平然として、機内に持ち込んだ。
しまいに、紙袋まで、貰って、詰めた。

乗り込んでしまえば、こっちのもの・・・

ラッキーだったのは、飛行機が、空いていたことである。
荷物は、詰めるし、席も勝手に移動して、三人分の席を独占して、機内食の後で、横になって眠った。

実に、図々しくなったものである。

だが、国内線は、あらかじめ、荷物の重量を買って置いたので、何事もなく、積めた。
小さな飛行機である。

プロペラもついていて、落ちても、墜落するのではなく、プロペラで何とか、死ぬのは、免れるだろうという、もの。

更に、墜落の様子を十分に、堪能出来ると言う楽しさもある。

30名ほどで、満席である。
それでも、雲の上を飛んだ。

この活動をはじめてから、飛行機に乗るのが、楽しくなったという・・・
実に、呆れた性格である。

更に、揺れが大きいほど、乗っているという、感覚がするのが、楽しい。
一度、プノンペンから、死ぬほど揺れて、墜落するかと思ったことがある。
白人の大男が、悲鳴を上げるほど。

その時、私は、死ぬ瞬間を、体験出来ると、ワクワクした。
しかし、無事、バンコクに到着。
ああ、面白かった、という、印象であった。




posted by 天山 at 06:07| 旅日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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