2013年11月17日

沈黙を破る79

アセアン、東南アジアの中で、一番貧しい国は、カンボジアである。

あの、狂いの、ポルポトによる、大量虐殺、内戦・・・

あれから、35年を経て・・・
人々は、少し立ち上がり始めた。

しかし、兎に角、貧しい。
貧民窟なども、存在する。

ラオスも貧しいが、救いがある。
自然の中に、恵みがある。
勿論、貧しいが・・・

そこで、支援が必要。
だが・・・
お金で、解決はつかない。

軍事政権下の、ミャンマー、ヤンゴンに支援に出掛けた際に、ヤンゴンの有志の一人に聞いた。
政権と別である。
政権は、何も支援をしなかった。

その有志達の話し合いの際に、お金という問題が出たという。
お金を上げる。
しかし、皆々、考えた挙句、お金では、解決しないという、結論に至った。

つまり、お金を支援すれば、それから以後も、お金の支援が続く。
農民には、農機具を、漁民には、船と網を、ということになったという。

私が、出掛けた、農民たちの村・・・
畑が、灰色である。
もう、畑とは、いえないほどに、荒れていた。

最初から、畑を作り直さなければならないのである。

そのまま、放置すれば、荒廃した土地になる。

と、いうことで・・・
お金で、解決出来ると、日本人は、思うだろうが・・・
あまりにも、短絡的である。

そのよい例が、ミャンマーの北部地方で、支援活動をしていた、プロテスタント系の、キリスト教である。
教会に来る度に、お金を渡した。

村人は、そのために、教会の礼拝に参加する。

ところが・・・
村人は、働かず、麻薬の中毒患者になっていったのである。

私は、こういう、キリスト教の布教を、場壊しと、言っている。
彼らは、キリスト教を広めることが出来れば、何でもありなのである。

キリスト教は、いつの時代も、場壊しを行なってきた。
現在も、そうである。

辛うじて、カトリックなどが、学校、福祉施設などを、経営するが・・・

カンボジアに戻ると、現在は、仕事を求めて、地方から、多くの人が、プノンペンに集まる。
しかし、着の身着のままの状態で、出てくる。
その人たちの住む場所が、新しいスラムになる。

私の手伝いをしてくれる、トゥクトゥクの運転手が、言う。
そのスラムに行って欲しい。

食べるのみで、精一杯で、衣類を買えない。
だから・・・
一枚のシャツを着続けている・・・

地方の貧しさより、都市の貧しさの方が、悲惨である。

地方から出て来た、若者の給料は、5000円程度である。
どう計算しても、生活が出来ない。

数名で、部屋を借りて、一番安い食事をする。
つまり、物売りの食べ物を買う。

屋台でも、食べられない。

屋台では、100円程度から、300円もあれば、腹一杯に食べられるが・・・

観光する人たちには、理解出来ない。
そんな場所に出向かないからだ。

私は、物売り、屋台、屋台連合のような場所で、食べる。
地元の人たちと、接することが出来る。

それが、また、楽しい。

兎に角、衣類という、物で支援することだと、再確認するのである。




posted by 天山 at 08:39| 沈黙を破る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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