2013年11月16日

伝統について64

小墾田の 坂田の橋の 壊れなば 桁より行かむな 恋ひそ吾妹

をはりだの さかたのはしの こぼれなば けたよりゆかむな こひそわぎも

小墾田の、坂田の橋が壊れているなら、橋桁を通ってでも、行く。恋に苦しむな、吾妹。

坂田の橋、とは、湿地帯にある、板の橋のこと。
それが、壊れたら、その橋の、桁を渡っても行くという。

大丈夫だ、必ず行くという、気概だ。

宮材引く 泉のそまに 立つ民の 息む時無く 恋ひわたるかも

みやきひく いずみのそまに たつたみの やすむときなく こひわたるかも

宮殿を造る、材木を引き出す、泉の山に働く民のように、心休む時無く、恋し続ける。

わたるかも・・・
広がる、続ける・・・
色々な意味がある。

住吉の 津守網引きの うけの緒の 浮かれか云なむ 恋つつあらずは

すみのえの つもりあびきの うけのをの うかれかいなむ こひつつあらずは

住吉の津守が、綱引きする時の、うけ、という綱の紐のように、漂って行ってしまうおうか。恋に苦しみ続けずに。

思い切って、逢いに行く。
行きたいのである。

綱引き、とは、恋の運命の末を比喩する。
流れ死んでも、いいというのだ。

東細布雲の 空ゆ延き越し 遠みこそ 目言離るらめ 絶ゆと隔てや

あさぬのの そらゆひきこし とおみこそ めことかるらめ たゆとへだてや

夜明けの、布雲が、遠く空にかかるように、遠く離れているからこそ、逢う事も、言葉も絶えているが、仲を絶っても、隔てているわけではない。

少し、複雑な歌である。

東雲、しののめ、のことか。

遠くにいる、恋人に語り掛けるのである。
心は、共にある、と。

かにかくに 物は思はじ 飛騨人の 打つ墨縄の ただ一道に

かにかくに ものはおもはじ ひだひとの うつすみなはの ただひとみちに

あれこれと、思わない。飛騨の工匠が打つ墨縄のように、一筋に、一途に。

ただ、一筋に、一途に思う心。

男らしく・・・ありたいのである。

何とも、技巧というものが無いのである。
ただ、口から出たままに、歌う。

丈夫ぶりといわれる、所以である。
万葉の歌は、まさに、それである。

純粋、素朴・・・
それで、いい。

そこから、古今へ、新古今へと、歌の道が、生成発展してゆくのである。

歌の基本が、このように、素朴で、純粋であることが、救いだ。





posted by 天山 at 07:23| 伝統について2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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