2013年11月13日

もののあわれについて644

日も暮れ、雪降りぬべき空の気色も、心細う見ゆる夕べなり。君達「いたう荒れ侍りなむ。早う」と御迎への君達そそのかし聞えて、御目おし拭ひつつ眺めおはす。姫君は、殿いとかなしうし奉り給ふ習ひに、見奉らではいかでかあらむ。「今なうむとも聞えで、また会ひ見ぬやうもこそあれ、と思ほすに、うつぶし伏して、え渡るまじと思ほしたるを、北の方「書く思したるなむ、いと心憂き」など、こしらへ聞え給ふ。ただ今も渡り給はなむ、と待ち聞え給へど、かく暮れなむに、まさに動き給ひなむや。常に寄り居給ふ東面の柱を、人に譲る心地し給ふもあはれにて、姫君、檜肌色の紙の重ね、只いささかに書きて、柱の乾割れたる狭間に、かうがいの先して押し入れ給ふ。

姫君
今はとて 宿かれぬとも 慣れ来つる 真木の柱は 我を忘るな

えも書きやらで泣き給ふ。母君、「いでや」とて、

北の方
慣れきとは 思ひ出づとも 何により 立ち止まるべき 真木の柱ぞ

御前なる人々も、様々に悲しく、さしも思はぬ木草のもとさへ、恋しからむことと目とどめて、鼻すすり合へり。




日も暮れて、雪が降って来そうな、空模様も、心細く思われる、夕方。
君達は、酷い荒れた天気になるでしょう。早く、と迎えの君達が、催促して、涙を拭いつつ、外を見ている。姫君は、殿様が、とても可愛がっているのが常のことで、お目にかからずには、いられない。只今から、とお暇も申し上げずに、二度と会えないことになるかもしれないと、思うと、突っ伏して、とても行けないと思うので、北の方は、そんな気持ちとは、情けない、などと言い聞かせる。
今すぐにも、お父様、帰ってくださいと、待っているが、こんな日も暮れようとするときに、あちらから動くことがあろうか。
いつも寄りかかっている、東座敷の柱を、人にやってしまうのも悲しくて、姫君は、檜皮色の紙を重ねたものに、ほんの少し書いて、柱のひび割れた隙間に、コウガイの先で、差込になる。

姫君
今日限りと、この邸から去ります。離れても、いつも傍にいた、真木の柱は、私を忘れないで。

書き終わることも出来ず、泣くのである。母君は、なんの、なんのと、おっしゃり

北の方
真木柱が、昔の馴染みを忘れず、思い出してくれても、どうして、ここに留まっていられようか。心残りはありません。

お傍の、女房達も、それぞれに悲しく、普段は、あまり思わない草木のことのまで、恋しく、今後は思い出すだろうと、じっと目を止めて、鼻をすすり、泣き合うのである。

檜皮色
紫色の、やや黄ばんだ黒色で、柱の色に合わせた。

真木
役に立つ材木の意味。

人に譲る心地し給ふもあはれにて
人に譲る気持ちも、悲しくて・・・
切ない・・・複雑な心境も、あはれ、なのである。




木工の君は、殿の御方の人にてとどまるに、中将の御許、

中将
浅けれど 石間の水は すみはてて 宿もる君や かけ離るべき

思ひかけざりし事なり、かくて別れ奉らむことよ」と言へば、木工、

ともかくも 岩間の水の 結ぼほれ かけ止むべくも 思ほえぬ世を

いでや」とてうち泣く。御車引き出でてかへり見るも、またはいかでかは見む、とはかなき心地す。梢をも目とどめて、隠るるまでぞかへり見給ひける。君が住む故にはあらで、ここら年経給へる御住みかの、いかでか忍び所なくはあらむ。




木工の君は、殿様づきの人であるから、後に残るので、中将の君は、

石の間に溜まった水は、浅いけれど、その水は、最後まで澄んでいて、縁の浅いあなたが住んで、邸を守るはずの奥様が出て行くとは。

考えても、みないことです。こうして、お別れするとは。と言うと、木工は、

どのようなことになるのか、何とも解りませんが、岩間の水は、溜まって、影を映さず、私の心も、晴れぬことで、いつまでここにいられる、運命なのかは・・・

本当に、情けないことです、と泣く。お車を引き出して、後を振り返るが、二度と、どうして見ようかと、無常を感じる。木の梢に目を止めて、隠れてしまうまで、振り返り、振り返り、見ていられた。恋しい方が住むのではなく、この長年住み慣れた住まいが、どうして、名残の惜しまれないことが、あろう。

結ぼほれ
流れが停滞する様と、心が鬱屈する様を言う。

かけ止む
水が影を映さないことと、後まで残る意味とを、掛ける。

物語の歌を理解するためには、多くの歌の素養が必要である。
何故、その言葉なのか・・・
それは、昔の歌の中にあるものなのだ。

源氏物語は、当時の、教養の様が、見て取れる。

研究家の手引きにより、それらを知る。



posted by 天山 at 06:12| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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