2013年11月12日

もののあわれについて643

修法などし騒げど、御物の怪こちたく起こりてののしるを聞き給へば、あるまじき瑕もつき、恥ぢがましき事必ずありなむ、と恐しうて、寄りつき給はず。殿に渡り給ふ時も、こと方に離れ居給ひて、君達ばかりをぞ、呼び放ちて見奉り給ふ。女ひと所、十二、三ばかりにて、また次々に男二人なむおはしける。近き年頃となりては、御中も隔たりがちにて慣らはし給へれど、やむごとなう立ち並ぶ方なくてならひ給へれば、今は限りと見給ふに、侍ふ人々もいみじう悲しと思ふ。




修法などを、盛んにするが、物の怪が数多く出て来て、わめいていると聞くので、とんでもない非難を受け、外聞の悪いことも、きっと起こるだろうと、恐ろしくて、近づかないのである。
たまに、邸に戻っても、北の方の所には近づかず、子供たちだけを、別の部屋に呼び出して、お会いする。女の子がひと方、十二、三くらいで、その下に、男の子が二人おいでになる。最近になり、夫婦別居がちにしているが、本妻らしく、肩を並べる女もなく暮らしていたので、いよいよ最後だと思うと、女房たちも一緒に、酷く悲しい限りと、思う。




父宮聞き給ひて、「今は、しかかけ離れて、もて出で給ふらむに、さて心強くものし給ふ、いと面無う人笑へなる事なり。おのがあらむ世の限りは、ひたぶるにしも、などか従ひくづをれ給はむ」と聞え給ひて、にはかに御迎へあり。北の方、御心地少し例になりて、世の中をあさましう思ひ嘆き給ふに、かくと聞え給へれば、「しひて立ち止まりて、人の絶え果てむ様を見果てて、思ひとぢめむも、今少し人笑へにこそあらめ」など思し立つ。御兄の君達、兵衛の督は上達部におはすればことごとしとて、中将、侍従、民部の大輔など、御車三つばかりして、おはしたり。「さこそはあべかめれ」と、かねて思ひつる事なれど、さしあたりて今日を限りと思へば、侍ふ人々もほろほろと泣き合へり。女房「年頃ならひ
給はぬ旅住みに、狭くはしたなくては、いかでかあまたは侍はむ。かたへはおのおの里にまかでて、静まらせ給ひなむに」など定めて、人々おのがじしはかなき物どもなど、里に運びやりつつ、乱れ散るべし。




父宮が、お聞きになって、もはや、そのように別居して、明確にしているのに、気強くいるのは、名誉を汚し、笑い者になるだけだ。私が生きている間は、何も無理して、従うことしはない。と、申し上げて、急にお迎えされる。
北の方は、気持ちが普通になって、夫婦の仲を、情けなく思い嘆いているが、お迎えのことを申し上げると、無理にここに残り、あの人が、私を全く捨てるのを、見届けて諦めるというもの、もっと笑い者になるだろう、などと、決心される。
お兄様方、兵衛の督は、上達部であるから、大袈裟過ぎると、中将、侍従、民部の大輔などが、お車を三台ほど連ねていらした。
結局は、こうなることと、以前から予想していたが、目に見えて、今日が最後と思うと、女房達も、ぽろぽろと涙を流し、泣き合うのである。
女房は、長年されていない、よその住まいのこと、狭くもあり、慣れませんことですから、とても大勢では、お供できません。幾人かは、それぞれ里に下がり、落ち着いてからのこと、などと決めて、女房達は、それぞれ、少しの持ち物を里、実家に運び出し、ばらばらに散るようである。




御調度どもは、さるべきは皆したため置きなどするままに、上下泣き騒ぎたるは、いとゆゆしく見ゆ。君達は何心もなくてありき給ふを、母君皆呼びすえ給ひて、北の方「自らは、かく心憂き宿世、今は見果てつれば、この世に後とむべきにもあらず、ともかくもさすらへなむ。生ひ先遠うて、さすがに散りぼい給はむ有様どもの、悲しうもあべいかな。姫君は、となるともかうなるとも、おのれに添ひ給へ。なかなか男君達は、えさらず参うで通ひ見え奉らむに、人の心とどめ給ふべくもあらず、はしたなうてこそ漂はめ。宮のおはせむ程、形のやうに交らひをすとも、かの大臣達の御心にかかれる世にて、かく心おくべきわたりぞとさすがに知られて、人にもなり立たむ事難し。さりとて山林に引き続き交らむ事、後の世までいみじきこと」と泣き給ふに、皆深き心は思ひ分かねど、うちひそみて泣きおはさうず。乳母「昔物語などを見るにも、世の常の心ざし深き親だに、時にうつろひ人に従へばおろかにのみこそはなりけれ。まして形のやうにて、見る前にだに名残りなき心は、かかり所ありてももてない給はじ」と、御乳母どもさし集ひて宣ひ嘆く。




お道具の数々も、置くべき物は、すべて置いたりするも、上の者も下の者も、大泣きするのは、とても不吉な感じがする。
お子様たちは、無邪気にあちこちと歩き回るが、母君が、呼び寄せて、座らせて、私は、こんな不運な身と、今は諦めていますが、このまま生き続ける気もなく、どうなりと、なるようになりましょう。でも、将来のある、あなた達は、散り散りになるのが、悲しい。姫君は、どうなるにせよ、覚悟して、私に着いてきなさい。男の子たちは、やむを得ず、行き来して、顔を合わせることになるでしょうが、お父様は、構って下さりそうにないから、落ち着きのない生活をすることでしょう。宮様が生きている間は、いちおうの宮仕えは出来ても、あの大臣たちの、お心のままになる、この頃のこと、あの安心出来ない、一族と、やはり目をつけられて、一人前に、出世することも難しい。でも、私の後を追って、山や林に出家したりしては、あの世に行っても、諦めきれない、などと、泣くと、子供達は、深い事情はわからないが、べそをかいている。
乳母は、昔物語などを見ても、子供を可愛がる親でも、時勢に流され、後妻の言うままになり、子供を構わなくなるものです。まして、親とは、名ばかりで、私の見ている前でさえ、昔の思い出のかけらもないお方で、力になってやるようなことは、ないでしょう、と、乳母たちが集まり、北の方ともども、話し嘆いている。

かの大臣達の御心にかかれる世
それは、源氏などの、大臣、おとど、のことを言う。

昔物語とは、継母のお話である。

姫君を連れてゆくという、北の方。
男の子達は、大将の元に。
当時の、身分を知らないと、理解できないことが多々ある。

父宮のところに、姫君を連れてゆくのは、大丈夫だが・・・
大将の元にいる、男の子達は、身分が低くなるということである。

物語には、離別するとは、書かれていない。
それが、後妻になっている。
本妻の他に、妾を持ってもいいはずが・・・

それは、源氏の娘としての、玉葛の身分が、上だからである。

女房達に、手をつけても、問題がないのは、身分が低いからである。




posted by 天山 at 06:08| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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