2013年11月11日

もののあわれについて642

夜一夜打たれ引かれ泣き惑ひ明かし給ひて、少しうち休み給へる程に、かしこへ御文奉れ給ふ。
大将「よべにはかに消え入る人のはべしにより、雪の気色もふり出で難く、休らひはべしに、身さへ冷えてなむ。御心をばさるものにて、人いかに取りなし侍りけむ」と、きすぐに書き給へり。

大将
心さへ 空に乱れし 雪もよに 一人さえつる かたしきの袖

堪え難くこそ」と白き薄様に、づしやかに書い給へれど、殊にをかしき所もなし。手はいと清げなり。才賢くなどぞものし給ひける。尚侍の君、夜がれを何とも思されぬに、かく心ときめきし給へるを見も入れ給はねば、御返りなし。男胸つぶれて、思ひ暮らし給ふ。心のうちにも、「この頃ばかりだに、事なくうつし心にあらせ給へ」と念じ給ふ。まことの心ばへのあはれなるを見ず知らずは、かうまで思ひ過ぐすべくもなきけうとさかな、と思ひ居給へり。




一晩中、打たれ引かれ、泣き騒いで、朝を迎えた。疲れて、少しうとうとする間に、大将は、あちら、玉葛に、お手紙を差し上げた。

大将は、昨夜、急に、死に掛かった人がいまして、雪の降る具合も、出掛けにくく、ぐずぐすしておりましたところ、体まで冷えてしまいました。あなたは、もとより、周りの人は、どのように、取り沙汰したことでしょう、と生真面目に書いた。

大将
雪ばかりか、心まで、上の空に乱れました。この雪に、一人寂しく、片袖を敷いて、寝ました。

耐えられません。と、白い薄様に、堂々と書いているが、取り立てて、風情もない。筆跡は、見事である。漢字は、随分と学んでいた。尚侍の君、玉葛は、夜がれを、何とも思わないので、大将が、気を揉んでいるのに、見ようともせず、お返事もない。
男は、落胆して、一日、気にしている。北の方は、苦しそうにしているので、お祈りを始めるように、命じる。心のうちでも、せめてもう暫くの間だけでも、何事もなく、正気でいて下さい、と、お祈りする。
この方の本当の、心根の優しさを知らなかったら、こうまで我慢していられない、気味の悪さだと、思っている。

あはれなるを見ず知らず
北の方の性格を、大将が思う。それが、あはれなる、である。

この頃ばかりだに
玉葛を迎え入れる間のこと。

けうとさかな
精神錯乱状態。




暮るれば例の急ぎ出で給ふ。御装束の事なども、めやすくなし給はず、世に怪しう、うち合はぬ様にのみむつかり給ふを、あざやかなる御直衣なども、え取りあへ給はで、いと見苦し。よべのは焼け通りて、うちましげに焦がれたる匂ひなどもことやうなり。御衣どもに移り香もしみたり。ふすべられける程あらはに、人もうし給ひぬければ、脱ぎ替へて、御湯殿など、いたう繕ひ給ふ。木工の君、御たきものしつつ、

木工
ひとり居て 焦がるる胸の 苦しきに 思ひ余れる 焔とぞ見し

名残りなき御もてなしは、見奉る人だにただにやは」と口おほひて居たる、眉いといたし。されど、いかなる心にてかやうの人に物を言ひけむ、などのみぞ覚え給ひける。情けなきことよ。




夕方になると、いつも通り、急いで、出掛ける。
お召し物のことなども、見苦しくないように、整えることもなく、とても妙で、ぴったりしないと、苦情ばかりを言うが、すっきりとした直衣など、間に合わず、酷く、見苦しい。昨夜の焼け穴が出来て、気味悪く、こげた匂いがするのも異様である。下着にも、その匂いが移り、染み付いている。やきもちを焼かれた跡が、はっきりしていて、あちらの人も、嫌がるだろうから、着替えて、湯殿に行ったり、ひどくめかしている。木工の君は、新しいお召し物に、香を焚き染めつつ、

木工
奥様が一人いて、ご主人を恋焦がれる胸の苦しさに、思い余り、焔と存じます。

打って変わった、仕打ちは、お付する私どもでさえ、黙っていられましょうか、と口元を覆っている。その眉が美しい。しかし大将は、どんな気持ちで、こんな女に、馴れ初めたのかと、そんなことばかりが、思われる。
酷いことです。

最後は、作者の言葉。




大将
憂きことを 思ひ騒げば 様々に くゆる煙ぞ いとど立ち添ふ

いとことの外なる事ども、もし聞えあらば、中間になりぬべき身なめり」と、うち嘆きて出で給ひぬ。ひと夜ばかりの隔てだに、また珍しうをかしさまさりて覚え給ふ有様に、いとど心を分くべくもあらず覚えて、心憂ければ、久しう籠り居給へり。




大将
嫌なことを思い、心が乱れる。あれこれと、後悔の煙がいっそう立つ。

全く、とんでもない話が、評判になれば、馬鹿のように思われるのは、自分だろう。と、溜息をつき、お出掛けになる。一夜逢わずにいただけなのに、改めて、珍しく思え、美しさが勝った様子なので、益々、愛情を分けられそうもない。憂うつで、長い間、どこにも行かずに、居続けているのである。

中間になりぬ
どちらにも行けない。

玉葛の所に、居続けるでいるのだ。




posted by 天山 at 07:01| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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