2013年11月03日

霊学129

今私たちの眼の前には、世界中の諸民族のもっているさまざまな喜びや悲しみ、あるいは進歩発展のためのさまざまな願いが現れています。その中での民族の在り方は、内に多様性を含んでいればいるほど、現代的であるといえます。
高橋

そして、自分の中に、異質なものを、抱え込んでいればいるほど、その人の、民族への関わり方、民族の一員としての、在り方が、深くなるという。

一人の内部においても、民族の内部においても、多様な要素が少なくなり、単一的になると、必ず、没落への傾向を辿ることになる。

自分の中に、異質なものをどこまで、取り込むか、取り込むほど、シュタイナーの、愛の力が、それによって、刺激され、目覚めてくる。

グローバル化といわれる、現代は、多様化を求めれば、いくらでも、求められる。そして、その多様化が、愛の力を、刺激するならば・・・
だが、現実の世界は、そのように、動いているのか、疑問だ。

さて、民族霊は、土地、風習、言語、宗教、文化という、横糸であり、時代霊は、目的、思考、感情、意志、感覚の、縦糸として、考えると、良くわかる。

そこで、シュタイナーは、その織物の、織り方を、愛と呼ぶ。

縦糸が、多様であれば、あるほど、愛の結果である、織物は、美しい。
単一であれば、味気なくなる。

多様性というものを、考えると、それぞれの民族の言語であり、それぞれの民族の特徴であり・・・
多様性があるから、その差別や不平等を乗り越えて、真の人類愛に目覚める、目標が与えられるのだという。

ここに至ると、教えになるのである。

現在、私たちにとって人種というのは、だんだん意味のないものになっています。たとえば二百年前と現在とでは、人種の意味が非常に違ってきています。今では、それぞれの人種が、自分の肌の色を誇りに思って生きています。そうすることができないような、特殊な地域があったとしても、人びとが団結してそれに反対するようになったのは、現代が地球的な規模での人類愛に目覚めてきた証拠です。
高橋

そして、益々、民族が人種から、自由になる。
文化にとっての、人種は無意味なものになる。

その代わり、民族が益々、個性を発揮するようになる。

シュタイナーが、霊界入りできる人間を、自分の属している民族共同体に対する感謝の気持ちと、民族に奉仕しようと、決意できたときだと、言う。

それは、国家ではない。
国家とは、ある民族集団が、その生存の不安を解消するために、権力集団となり、他の集団を攻撃して、それを自分の中に取り込む過程の中で、限りなく勢力を拡張してゆくとき、国家が形成される。

なぜ民族と国家とをこのように区別するのか、といいますと、霊的存在・民族霊は物質界の中に働きを及ぼすことができないからでもあります。
高橋

しかし、民族霊は、その民族集団の一人一人の心の中に、必ず関わりを持つ。
一人一人の内部が、民族霊に対して、開かれていれば、民族霊は、親和力を通して、その人の心に関わっていくことができる。

さて、ここで、民族霊とか、時代霊とか、霊的存在に関して記述しているが・・・
どうも、ピンとこない状態になる。
そこで、シュタイナーの最初の、試みについて、書くことにする。

神秘学とか、人智学というものが、何故必要なのか・・・
そこで、シュタイナーが、答えることは、死者との結び付きを持つためだという。

この世を去った人たちと、この地上に残っている我々との間に、一種の、社会的な人間関係を作るというのである。
つまり、死者の霊を、信じることの出来ない者は、とうてい、受け入れられないものである。

死者と地上に生きている者との関係は、密接であり、それをいい加減にするということは、地上を生きることの意味をも、否定するものである。

死者と自分のとの関係が、ほとんど意識できなくなってしまった時代の中で、シュタイナーは、人智学を立ち上げたのである。

そして、再び、地上の人間が、霊界の人間と、結び付きを持てるようになれば、その時、はじめて現代文化の、改新が可能になると、考えたのである。

では、どうしたら、死者との関係が、持てるのか・・・
第一に、死者が現実に存在している、と考えない限り、無理なことである。

シュタイナーは、死者が死後の生活をしている様を、多く著作にしている。
神秘学、神智学、人智学、そして、霊学は、死後の世界を否定しては、成り立たないのである。

霊的存在というとき、民族霊、時代霊というより、身近な死者の霊を、考える方が易しい。

だが、問題がある。
シュタイナーは、死後の世界の、何処の霊界を見たのか、である。

死後の世界、あるいは、霊界というもの、多くの人が、書き付けているが、その霊界は、何処の霊界なのか、である。

神秘学から言えば、
今の私たちの人生で、死者たちからの霊的な恩恵を受けて生活している場合はむしろ少ないくらいです。ただそのことを地上に生きている人間は知らないで、自分だけでこの人生を送っていると思っています。
高橋

ということになる。
つまり、これも、一つの信仰に似る。

だから、神秘主義者ということになる。
シュタイナーの見た、霊界を判断する必要がある。
しかし、その前に、シュタイナーの思想は、見るに価すると思う。

ものの見方、考え方の一つとして、評価できる。




posted by 天山 at 07:04| 霊学3 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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