2013年11月02日

霊学128

北方の流れを見ると、最初に、インドで、集中的に、新しい世界観、新しい人生観を生み出した。
それは、南方系の、中国、朝鮮、日本の文化にまで、影響を及ぼした。また、ペルシャの文化、宗教、エジプト=カルデアの占星術、ミイラ崇拝、そして、ギリシア=ローマ時代に至る、アーリア=コーカサス系の白人文化の基礎となる。

それは、基本的に、ロゴス、理性を大切にする文化の中に、現れて、現代まで、続く。

意志が感情にまで発展したときには、感情だけではなく、感情と意志が同時に存在していますし、感情から思考が生まれたときにも、思考と感情と意志とが同時に存在したように、たとえばエジプト=カルデア期には、エジプト=カルデア文化だけではなく、原インド文化も原ペルシャ文化も同時に含んだエジプト=カルデア期だと考えられるのです。
高橋

南方の流れは、中国、蒙古、中国東北地方、韓半島、日本、そして、トルコ、フィンランド、ハンガリー、ウラル=アルタイ系の言語を話す、ソ連と中国に居住する数多くの、百を超える少数民族を通して、今日まで、その文化が、受け継がれている。

その大部分が、アジア全土に広がる、黄色人種系、モンゴロイド系の人たちは、アトランティス文化を比較的、純粋に伝えてきたという。

アトランティス文化の特徴は、エーテル体を高度に発達させることのできた、生命文化である。
今日では、漢字文化の中で、気の文化として、生きている。

エーテル体は、リズムと、繰り返しを基本的な動きとして、太鼓と歌と舞踊を生活の大事な要素としている。

エーテル体に憑依する、霊たちとの結び付きも深く、その在り様は、シャマニズム、アニミズムとなり、今日までも、諸民族の宗教生活の根底を支えている。

この南方系の諸民族は今日、その大部分が独立した国家を形成せず、他民族の支配する少数民族となっていますが、それはこれらの文化形成力が劣っているからではなく、エーテル体文化の本質が、強大な国家権力や近代技術文明のような物質文明を限りなく追求する方向を求めないからです。それどころか、環境破壊が地球そのものの生存を脅かすにいたった現在、少数民族のシャマニズム精神から発するさまざまな問題提起が、今日の「時代霊」の求めにもっともよく応じているような状況が生じています。
高橋

何となく、勝手な解釈のような、気がするが・・・

人智学から見た現代は、北方、南方の流れを含んだ、過去の様々な文化が合流する、時代特徴を持っているという。

つまり、複合性、多様性である。
そして、その多様性の統一を、シュタイナーは、「愛」と呼んでいる。

何故、多様性の統一が必要なのか・・・
それも、融合の思想なのか・・・

多様性を統一する必要はないと、思うが・・・

だが、統一を、愛と、呼ぶという考え方である。

地球紀の課題が、多様性の統一で、愛という、考え方になる。
それは、調和でもある。

思考と感情と意志だけでは、達成することが、出来ない。そこで、愛の力を必要とする。

愛を、感情の一種と考え、感情と愛情を区別しないが、シュタイナーの愛とは、第四の魂の能力だという。

高橋氏は、
ヨーロッパの「愛」に、中国の「仁」が加わった概念です。
というが・・・

シュタイナーの愛は、人間自我の根源的な、そして高貴な自己表現であるとし、意志とも、思考とも、感情とも違う、没我的な愛の働きを、とても大切にするという。

それを未来への衝動であり、・・・共同体における「悪」の働きの対極である、と考えたのです。
高橋

ヨーロッパの愛・・・
それは、キリスト教に根ざしたものであろう。
ヨーロッパの愛というならば・・・
神の愛と、同じ意味合いか・・・

中国の仁という、思想は、孔子の思想にあるが・・・

愛の能力というのは、利己的な感情と結び付くと、いくらでも退化していきますが、機会があるたびに甦り、そして自己をよりよく発揮したいと願います。そういう地球人に基本的な衝動を、抑えるのか、促すのかによって、人間の生き方は二つに分かれてしまいます。ある人びとは思考や感情や意志が働くのは肯定できても、愛情が芽生えると、すぐにそれを抑えようとしますが、他の人びとは思考や感情や意志の働きだけでは満足せず、第四の愛の働きを求め続けます。多様性を統一する能力は、この愛の力以外にないので、この力が民族存在の根底に横たわっているのです。
高橋

その考え方は、解る。
だが、このままシュタイナーの思想を見ていると、次第に、一つの宗教のように堕落してゆく可能性がある。

本人には、意味深い、意義深いが・・・
果たして、それを現実生活と、現在の世界の在り様に、着いて行くことが、出来るのか・・・

勿論、個人的に、行として、その方法を実行することには、反対も反論も無い。

霊的存在が、深く関わるという割には、中々、その成果が見えないが・・・
霊的世界から見るという、試みは、肯定する。

それも、一つの、物の見方の方法である。
行については、書く必要が無いので、紹介しないが・・・
自己満足に陥る危険がある。
更に、自己催眠と、自己暗示である。

例えば、空のコップが二つある。
一つのコップに半分の水がある。
それを、空のコップに注ぐと、注いだコップの方には、水が一杯になっている。
そういうイメージ訓練である。

そうすると、心が、魂が、溢れる豊かさを得る。

潜在意識のイメージトレーニングなどは、ここからヒントを得たのかと、思われる。
潜在意識のトレーニング・・・
それは、無意識の世界の入り口である。

もし、誤れば・・・
狂う。




posted by 天山 at 07:01| 霊学3 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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