2013年10月23日

国を愛して何が悪い97

最初に結論ありの、東京裁判・・・
それは、何か・・・

戦勝国の狙いは次の三つでした。第一は復讐です。白人に唯一刃向った有色人種、日本人への憎しみからです。第二は日本人の洗脳。日本に侵略国のレッテルを貼り、日本人に贖罪意識を植え付け、二度と立ち上がれないようにするために。第三は白色人種のアジア侵略の帳消し。アジアの白人支配に対する罪のなすりつけです。連合軍のアメリカもイギリスもオランダもフランスも、アジア地域を分割し、植民地として搾り取れるだけ搾り取っていたという歴史があります。日本に侵略国の烙印を押し、何もかにもが日本が悪かったとすれば、かつての植民地の非難の目は日本に向けられ、自分たちの悪行は覆い尽くされ、のちのち糾弾されることもないと踏んだのでした。
前野 徹

まあ、そんなところでしょう。

現在も、アジアが巨大になることから、手を打ち始めているのが、証拠。
白人支配を世界的にすべくの、方法を考えている。

だが、東アジアの三カ国以外の、アジアの国は、日本に対して、期待と希望を持つのである。

欧米諸国は、今も、日本を敵国として、考えている。

であるから、日本と、日本人が、いつまでも、贖罪意識を持ち、謝罪外交を繰り返すのを、よしとして見ているのである。

ちなみに、彼らは、一度たりとも、謝罪などしない。
イギリスなどは、香港返還の際に、中国に感謝を求めた。

勿論、中国のうよな国は、感謝した方がいい。
東洋の真珠と言われた、香港を作られたのは、イギリスのお陰である。
中国では、決して有り得ない。

さて、この東京裁判には、唯一、国際法学者がいた。
ラダ・ビノード・パール判事である。

そして、パール判事は、最初から、この裁判について、異を唱えた。

この裁判は文明国の法律に含まれる貴い諸原則を完全に無視した不法行為である。
と、告発した。

日本無罪論を展開し、英文にし、1275ページにわたる、意見書を提出したのである。

もっと、面白いのは、裁判であるから、弁護人が必要である。
弁護人を指名されたアメリカ人たちは、戦時のプロパガンダに染まっていて、日本を弁護することなど、出来ないと、思っていた。

だが・・・
裁判が始まると、アメリカ人の弁護人たちが、これは裁く方がおかしいのではないか、と、燃えたのである。

重要な指摘が、アメリカの弁護人から出た。

人道に対する罪を問う裁判の時に、
アメリカは原爆を落とした。製造を命令した人、運ぶことを命令した人、落とすことを命令した人、落とした人、皆わかる。それを無視して人道とはおかしい・・・
と言う、アメリカの弁護人である。

ところが、ウェッブ裁判長が、
この裁判は日本を裁くものであり、アメリカを裁くのではない、と、はね付けた。

すると、弁護人は、
原爆を落としたから、日本には復讐権が生じた。従って、これはいわなければならない、と応じている。

いやいや引き受けた、アメリカの弁護人たちが、裁判が進むにつれて、
こんな酷い裁判があるのか・・・
と、感じて、やりがいを持ったという。

パール判事だけではなかったのである。

だが、結局、昭和23年、1948年、11月、東京裁判の判決が出て、七名が死刑に処せられた。

アメリカはデタラメな裁判を進めただけではなく、「戦前の日本は悪かった」という史観、いわば東京裁判史観の刷り込みを日本人に行なったのだ。その影響は60余年後の今日まで尾を引いている。
渡辺昇一

パール判事は、冤罪を着せられた日本を案じて、三度も来日した。
その度に、日本の教科書が、東京裁判史観に沿って、日本は侵略の暴挙を犯した、先の戦争は、侵略戦争と教え、自虐的になってゆく日本人を見て、憂いだ。

東京裁判の影響は、原爆よりも酷い・・・
日本の子弟が歪められた罪悪感を背負って、卑屈、退廃に流されていくのを私は平然と見逃すわけにはいかない。誤った彼らの戦時宣伝の欺瞞を払拭せよ。誤られた歴史は書換えなければならぬ・・・
パール判事


再度言うが、この戦争は、引き込まれたものであり、侵略など、全く関係ないものである。

連合軍と戦うために、アジア諸国に進出して、戦うこと以外に方法がなかったのである。
それを追い詰めたのが、アメリカとイギリスである。

そして、それは、マッカーサーによって、語られた。
日本は、自衛の戦争だった・・・
それは、後に再度書く。

兎も角、東京裁判は、その後、国際法学者の間では、完全に否定されたのである。
違法な裁判であったという、見方が定着している。

だが、日本では、それが浸透していない。
何故か・・・
国内の反日勢力が、一時期、闊歩したからであり、それが、今も、延々と続いているからである。

その一つは、共産主義思想の持ち主であり、日本を嫌う人々である。
要するに、先祖の因縁が良くない者たちである。
それらを見分けるのは、簡単である。

天皇陛下に対する思いである。
天皇を奉じするか、否かである。




posted by 天山 at 06:00| 国を愛して何が悪い2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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