2013年10月18日

もののあわれについて638

十一月になりぬ。神事など繁く、内侍所にもこと多かる頃にて、女官ども内侍ども参りつつ、今めかしう人騒がしきに、大将殿、昼もいと隠ろへたる様にもてなして、籠りおはするを、いと心づきなく、かんの君は思したり。宮などは、まいていみじう口惜しと思す。兵衛の督は、妹の北の方の御事をさへ、人笑へに思ひ嘆きて、とり重ね物思ほしたれど、をこがましう、恨みよりても今はかひなし、と思ひ返す。大将は、名に立てるまめの人の、年頃いささか乱れたる振舞ひなくて過ぐし給へる名残りなく、心ゆきて、あらざりし様に好ましう、宵暁のうち忍び給へる出入りもえんにとなし給へるを、をかしと人々見奉る。




霜月になった。
神の行事などが続いて、内侍所にも、用事の多い月であり、女官や内侍たちもやってきて、華やかに騒がしいが、大将殿は、昼も、たいそう人目につかないように気をつけて、女君のお部屋に籠もっているのを、酷く面白くなく、尚侍の君、玉葛は、思っている。
兵部卿の宮などは、更に、甚だしく残念に思う。兵衛の督は、妹に当たる大将の、北の方の事件まで、外聞が悪いと、情けなく思い、深く悩んでいたが、馬鹿げた話だ。恨んでみても、もうどうにもならない、と、考え直す。大将は、有名な堅物で、今まで、少しも女で、しくじるようなことはなかった。が、まるで、人が変わったように、ご満悦で、昔とは、別人のように、女のことに気を使い、夕方、朝方、明るいうちを、人目を忍んで、出入りも、恋人らしく振舞うのを、女房達は、おかしがって拝するのである。

女君も、かんの君も、玉葛のことである。




女は、わららかに賑ははしくもてなし給ふ本性ももて隠して、いといたう思ひ結ぼほれ、心もてあらぬ様はしるき事なれど、大臣の思すらむこと、宮の御心様の心深う、情情しうおはせしなどを思ひ出で給ふに、恥づかしう口惜しうのみ思ほすに、もの心づきなき御気色絶えず。殿も、いとほしう人々も思ひ疑ひける筋を、心清くあらはし給ひて、わが心ながら、うちつけにねぢけたる事は好まずかし、と昔よりの事も思し出でて、紫の上にも、源氏「思し疑ひたりしよ」など聞え給ふ。今更に人の心癖もこそと思しながら、物の苦しう思されし時、さてもや、と思しより給ひし事なれば、なほ思しも絶えず。




女、玉葛は、明るく、華やかな性格も、表に出さず、とても塞ぎ込んで、自分から、進んでのことではないとは、誰にも、はっきりしているが、大臣、源氏が、どう思っているのか、兵部卿の宮の気持ちは、強く、思いやり深くしていらしたことなどを、思い出すと、顔も上げられず、悔しいと思うばかりで、何か、心にそぐわない様子が、続くのである。
殿、源氏も、玉葛にとって、気の毒なことは、誰も彼もが、二人の関係を疑い、それは、潔白だと、証明されたわけで、自分の心中でも、その場限りの、間違いは、避けている。と、昔からのことも、思い出して、紫の上に、疑っていましたね、など、申し上げる。こうなった以上は、いつもの癖を出しては、大変だと、思うのも、たまらなくなったときは、いっそ、自分の物に、と考えることもある人であるから、やはり、すっかりと、思い切ることもないのである。

何とも、複雑な源氏の、心境である。
いつもの、癖・・・




大将のおはせぬ昼つ方渡り給へり。女君、あやしう悩ましげにのみもとない給ひて、すくよかなる折りもなく、しほれ給へるを、かく渡り給へれば、少し起き上がりて、御凡帳にはた隠れておはす。殿も、用意ことに、少しけけしき様にもてない給いて、おほかたの事どもなど聞え給ふ。すくよかなる世の常の人にならひては、ましていふ方なき御けはひ有様を見知り給ふにも、思ひの外なる身の、置き所なく恥づかしきにも、涙ぞこぼれる。やうやうこまやかなる御物語になりて、近き御脇息に寄りかかりて、少しのぞきつつ聞え給ふ。いとをかしげに面やせ給へる様の、見まほしう、らうたい事の添ひ給へるにつけても、よそに見放つもあまりなる心のすさびぞかし、と、口惜し。




大将のいない、昼頃、源氏が、渡り、お出でになった。
女君、玉葛は、不思議なほどに、気分が優れず、気持ちのすっきりしている間もなく、元気が無いが、こうして、お出でになったので、少し起き上がり、凡帳に隠れるようにして、座っている。
殿様、源氏も、特に気を使い、少し改まった様子で、あれこれと、差し障りの無いお話をされる。面白みのない、平凡な人をいつも見ているので、以前より、いっそう、言いようの無い、様子や、姿と、今は解るにつけて、意外な運命の我が身は、置き場のなく、合わせる顔もなく、涙が出る。次第に、打ち解けて、お話し合いになり、源氏は、消息に寄りかかり、凡帳の中を覗きながら、お話になる。
たいへん美しく、面やつれしている様子が、見るに甲斐あり、愛らしさが加わって、人の物にしてしまうのも、あまりに物好き過ぎると、残念である。

源氏の心境が、何とも、色好みである。




源氏
おり立ちて 汲みは見ねども わたり川 人のせとはた 契りざらしちを

思ひの外なりや」とて、鼻うちかみ給ふけはひ、なつかしうあはれなり。女は顔を隠して、

玉葛
みつせ川 渡らぬ先に いかでなほ 涙のみをの 泡と消えなむ




源氏
立ち入った関係はないが、三途の川を渡る時、あなたを他人に任せようとは、思わなかったのに。

意外なことになってしまった。と、源氏。鼻をかみになる様子、慕わしく、胸が痛む。女は顔を隠して、

玉葛
三途の川を渡る前に、どうにかして、川の泡となって、消えてしまいたいと思います。

なつかしうあはれ
源氏の態度に、玉葛が、感動する。
懐かしい・・・慕わしい
あはれ・・・胸が痛む。感動する。

色々な場面で、この、なつかしうあはれ、が、使われる。
言葉以上の思いである。




posted by 天山 at 06:25| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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