2013年10月17日

もののあわれについて637

真木柱 まきばしら

源氏「内に聞し召さむ事もかしこし。しばし人にあまねく漏らさじ」と諌め聞え給へど、さしもえ包みあへ給はず。程経れど、いささか打ち解けたる御気色もなく、「思はずに憂き宿世なりけり」と、思ひ入り給へる様のたゆみなきを、いみじう辛しと思へど、おぼろげならぬ契りの程、あはれに嬉しく思ひ、「見るままにめでたく、思ふさまなる御容貌有様を、よその物に見果てて止みなましよ」と、思ふだに胸つぶれて、石山の仏をも、弁のお許をも、並べて頂かまほしう思へど、女君の深くものしと思し疎みにければ、え交らはで籠り居にけり。げにそこら心苦しげなる事どもを、とりどりに見しかど、心浅き人の為にぞ、寺の験現はれける。大臣も心ゆかず口惜しと思せど、いふかひなき事にて、「誰も誰もかく許しそめ給へる事なれば、引き返し許さぬ気色を見せむも、人の為いとほしう、あいなし」と思して、儀式いと二なくもてかしづき給ふ。




源氏は、主上が、お耳にあそばされても、畏れ多い。少しの間は、一般には知られないようにと、注意するが、そんな我慢はできない。
何日か経ったが、当人は、少しも親しむ様子なく、思いのほか、不運な私であったと、思い詰めている様子が、変わらず、たいへん辛いと思うのだが、黒髭大将は、なみなみならぬ、宿縁の深さをしみじみと、嬉しく思い、見れば見るほど、見事に、非の打ち所のない器量、様子を、他人のものにしてしまう結果になるところだった。と、思うだけで、気がそぞろである。
石山の仏と、弁のおもとを並べて拝みたく思うが、女君が、酷いと嫌っているので、勤めにも出ず、籠もっている。
本当に、あちこちで、大勢の懸想人の悩みを、色々と見てきたが、結局は、気の無い人の為に、石山寺の効験も現れた。大臣も不満で、残念だと思うが、どうにもならないことで、誰もが、こうして、承知したことだから、今になって、不承知の態度を見せることも、大将には、気の毒だし、つまらない、と思う。儀式は、またとないほど、立派にして上げるのである。

玉葛の結婚のことである。
愛情を持たずに、髭黒大将と、結婚する。

あはれに嬉しく思ひ
嬉しいという気持ちの前に、あはれ、という言葉がつく。
また一つ、あはれの、風景が広がる。

それにしても、ここでも主語が無いため、誰の思いなのか・・・
迷う。




いつしかと、わが殿に渡い奉らむ事を思ひ急ぎ給へど、軽々しくふと打ち解け渡り給はむに、かしこに持ち取りて、良くしも思ふまじき人のものし給ふなるがいとほしさにことづけ給ひて、源氏「なほ心のどかに、なだらかなる様にて、音なく、いづかたにも人の謗り恨みなかるべくを、もてなし給へ」とぞ聞え給ふ。父大臣は、「なかなかにめやすかめり。殊にこまかなる後見なき人の、なまほのすいたる宮仕へに出で立ちて、苦しげにやあらむ、とぞうしろめたかりし。心ざしはありながら、女御かくてものし給ふをおきて、いかがもてなさまし」など、忍びて宣ひけり。げに、帝と聞ゆとも、人に思し落とし、はかなき程に見え奉り給ひて、ものものしくももてなし給はずは、あはつけきやうにもあべかりけり。三日の夜の御消息ども、聞え交し給ひける気色を伝へ聞き給ひてなむ、この大臣の君の御心を、あはれにかたじけなく、あり難し、とは思ひ聞え給ひける。




大将は、一日も早く、自分の邸に、お連れしようと急ぎ、準備をされるが、身分を考えず、大将に任せて移る場合、あちらで、待っていましたと、いい顔をされない方がいらっしゃるそうで、可哀想だと、かこつけて、源氏は、まあまあ、ゆっくりと、目立たないようにして、騒がれずに、どこからも非難や、恨みを受けることのないように、なさるがよい。と、申し上げる。
父大臣は、内宮仕えよりも、かえって、気が楽であろう。特に、親身になってくれる、世話役も無い者が、御寵愛を争うような、宮仕えに出ては、辛いことだろうと、気がかりだ。可愛いと思う気持ちはあるが、女御が、ああしておいでになるのを差し置いて、どうして、世話ができよう、などと、陰でおっしゃる。
まあ、主上であっても、人より低いお扱いで、時々、お目にかかる程度で、堂々とした待遇をされなかったら、御出仕は、軽はずみだということになるだろう。
三日目の夜のお便りを、あちらこちらと、取り交わしされた様子を伝え聞いて、内大臣は、こちらの大臣のお気持ちを、しみじみ、勿体無く、またとないことと、思われた。

ここでは、源氏と、内大臣の考えである。
が、時に、作者が筆を添える。

あはれにかたじけなく
切々として・・・かたじけない、のである。




かう忍び給ふ御中らひの事なれど、おのづから、人のをかしき事に語り伝へつつ、次々に聞き漏らしつつ、あり難き世語りにぞささめきける。内にも聞し召してけり。「口惜しう宿世ことなりける人なれど、さ思しし本意もあるを、宮仕へなど、かけかけしき筋ならばこそ思ひ絶え給はめ」など宣はせけり。




このように、隠している、間柄のことであるが、いつしか、誰彼と無く、面白い話として、言い伝えながら、口から口へと伝わり、またとない、世間話として、言いはやした。
主上も、お耳にあそばし、残念なことに、縁の無い人であったが、尚侍にという本来の希望もあったのだし、入内などという特殊な関係なら、それは、断念もなさろうが、など、仰せがあった。

御中らひ
玉葛と、大将のこと。

ささめきける
ひそひそと、大袈裟ではなく。

かけかけしき筋ならば
男女関係のことである。

宿世のことなりける人
別人と結婚する運命の人、である。





posted by 天山 at 06:00| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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