2013年10月15日

神仏は妄想である。446

パウロの考えを、推し進めてゆく派閥では、律法を定めた神と、イエスの神は、別物であり、旧約聖書は、ユダヤ人の憤怒の神に属して、ユダヤの書物であり、キリスト教の聖典には、入らないというところまで、行く。

が、しかし、正反対の立場をとる者もいる。
バルナバの手紙、である。

バルナバは、旧約聖書は、ユダヤ教ではなく、キリスト教の書物である。
ユダヤ人は、その教えの解釈を誤り、過去もそうだった。
彼らは、冷酷で、無知で、反抗的な人たちであり、それは、モーゼの頃から、変わらない。

バルナバによれば、ユダヤの民は、神と特別な契約を交わした直後に、その契約に背いた。モーゼが、十戒を破った瞬間に、ユダヤ人との盟約には、終始が打たれた。
そして、神は、再び、契約を結ぼうとしなかった。

神が新しい契約を、結んだのは、イエスの信者との間である。
と、いう。

まあ、要するに・・・
互いに、言いたいことを言うのである。

アーマンの、導きで進めると、
一つだけ例を挙げておこう。ユダヤ人は、彼らの祖アブラハムに与えられた契約の印である割礼を、男の赤子の包皮を切除しなければならないことを指しているのだと誤解してきたと、バルナバは言う。しかし、これは完全に間違いである。割礼とは、イエスの十字架を信じなければならないことを意味しているのだ。バルナバは、どうやって、この解釈が正しいことを証明したのだろうか? 彼は、旧約聖書に、アブラハムが318人の兵士を率いて闘いに臨んだときに、まず、彼らを割礼することによって、勝利を備えたことを指摘している。318人の割礼を受けた家来は何を意味しているのだろうか、とバルナバは問うている。この数字は、あることを象徴しているのだ。
と、今度は、古代言語の、アルファベットが、数字としても、使われていたことを説明するのである。

いい加減に、嫌になる。
こじ付けのようなものである。

結果は、イエスというなの最初の二文字であり、つまり、割礼とは、包皮の切除のことではなく、イエスの十字架のことなのだ・・・

旧約の当時、イエスの十字架など、誰も、知る者は、いないのである。

それより、キリスト教が、実に、反ユダヤ的であるということに、行き着くのである。

時代が経れば、経るほど、キリスト教の、反ユダヤ主義が、強くなっていった。

キリスト教の、著述家たちは、ユダヤ人が、自分たちの聖書を理解しないばかりか、あらゆる悪事を働いていると、攻撃した。

ユダヤ教の中心地である、エルサレムが、西暦70年に、ローマ人によって滅ぼされたのは、彼ら自身の、メシアを殺したユダヤ人への、神の裁きだと、決め付けた。

更に、キリスト教徒が、イエスを神だと、みなすようになると、イエスの死に責任を負う、ユダヤ人は、神殺しの大罪を犯したと、糾弾するのである。

しかし、イエスが、十字架で、死んだのは、ユダヤ人のお陰であろう・・・

神殺しの、告発は、サルディスの司教だった、メリトンという人物が、二世紀末に行なった、説教の文書の中に、証拠としてある。
それは、20世紀半ばに、発見された。

情熱的なイエスの、ユダヤ教が、激烈な反ユダヤ主義的宗教になった・・・
それは、キリスト教徒が、イエスをメシアだと、主張した時から、必然的に生まれたのである。

メシアは、人々の原罪のために苦しまなければならず、メシアの死は、人々が、神との新しい関係を築くための、手段である。
という、定義が、生まれた。

その人々が、人類という、広さになった。
実に、迷惑である。

甚だしいのは、敬虔なユダヤ教徒、その他の人間は、神に呪われる・・・

あきらかに、狂いである。
だが、キリスト教徒は、それを信じた。そして、信じ続けるという、蒙昧である。

キリスト教徒の思想家は、ユダヤ人の聖書それ自体が、神がユダヤの民を見捨てたことを証明していると主張するかもしれない。旧約聖書の預言者は、繰り返し、古代イスラエル人が、神の意思と法を犯したために、神が彼らに裁きを下していると警告している。アモス、ホセアあるいはイザヤといった預言者は、自分の民が選んだ生き方に怒った神が、彼らを見放したのだと言っている。イエスの初期の信者は、この見解に拘泥し、原則論に仕立て上げた。冷酷無比で頑冥無礼なユダヤ人は、彼ら自身のメシアを拒絶するまで堕落した。神の堪忍袋の緒は切れた。ユダヤ人は、もはや神の選ばれし民などではなく、イエスの信者がそれに取って代わったのだ。
アーマン

このようなことが、どういう事態を招くのか・・・
キリスト教徒以外は、神の怒りと、呪いの対象となるのである。

反ユダヤ感情は、新約聖書、パウロの手紙、そして、福音書のヨハネにも見られる。

ヨハネは、ユダヤ人が神の子ではなく、悪魔の申し子であると、書いている。

二世紀以降、それは、益々と、激しくなり、それが、教義のようになるのである。

この反ユダヤ思想は、キリスト教が誕生するまで、いかなる地域にも、存在しなかった。キリスト教によって、ユダヤ教は、邪悪で、退廃的な宗教と、見なされるようになったのである。

キリスト教が発展し、最終的に、コンスタンティヌス皇帝が、キリスト教に改宗したときは、キリスト教徒の数は、ユダヤ教徒を上回った。
キリスト教徒になることが、流行したというから、驚く。
そして、四世紀末には、ローマ帝国の人口の半分がキリスト教になり、テオドシウス皇帝が、国教と定めた。

これで、決定的になった。
ユダヤ教徒への、嫌悪感が、即、行動に結びつくようになった。

ユダヤ教徒だった、イエスの教えが、遂に、反ユダヤ教になり、悪意に満ちたものとなった。それが、中世における、身の毛もよだつ迫害運動へと連なる。

現代にまで連綿と続く反ユダヤ主義が、非キリスト教徒のユダヤ人に対する、キリスト教徒の敵対意識の歴史の延長線上にあることは確かだ。それは、初期教会が生み出した、最も歓迎されざる発明の一つなのである。
アーマン

イエスから、離れた、キリスト教の、妄想は、このようにして、成った。
更に、人類には、最も迷惑千万な、代物となったのである。




posted by 天山 at 06:55| 神仏は妄想第九弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。