2013年10月12日

神仏は妄想である。443

イエスは人間であると、主張した、エビオン派と、全く逆は、マルキオン派である。

イエスは、神であるから、人間である事は無いという。

しかし、マルキオン派は、イエスと、父なる神が、二人の別々の神とは、考えていないのである。
彼らにとって、二人の神とは、ユダヤ教の神、旧約聖書の怒れる神と、イエスの神、慈愛の神だった。

イエスが、後者の神と、どのような関係なのか・・・
全く解らないのである。

しかし、一部地域では、イエスが受肉した、神自身であると、考えられていた。

さて、グノーシス派の様々な集団は、キリストが、神だと、宣言することに、何の抵抗もなかった。
というのは、彼らには、神性を示す存在は、山ほど存在していたからである。

自分だけが、神であり、他にはいないという神は、本当の神ではなく、この世界を創った、下位にいる、劣った神であるとなる。
そして、この嫉妬深く、無知な神の上には、神性を有する、すべての存在が住む、より神聖な領域が存在すると、考えた。

勿論、後に、異端として、退けられるが・・・

初期キリスト教研究史では、正統、正しい信仰というのは、非正統、異なる信仰に、対置されてきた。

非正統とは、異端である。

キリスト教が発展するにつれて、イエスの神性を、どう説明すべきかと、人々は試行錯誤を繰り返した。

多くの試みは、時代、場所によって、受け入れられだが、結局は、淘汰された。

さて、今度は、パトリパッシアニズム、天父受苦説である。
これは、アリウス派によるもの。

二世紀、三世紀に、自覚的、強引に、神の唯一性を奉じる見方が、キリスト教思想家や教父の間で、大流行した。

神は一人のみで、イエスは、神が受肉した姿であるというものだ。
神の子は、受肉した、父なる神であるということになる。

一人の神が、異なる存在形態を有しているため、モダリズムと呼ばれることもある。

一人の者が、他者との関係性において、異なる定義を与えられるということである。
サベリウス主義とも呼ばれる。

だが、このサベリウスは、歴史的には大した人物ではない。
この説を唱えたことで、波紋された。

二世紀末、テルトゥリアヌスが、父なる神と、神の子の、ペルソナ、位格は、別物だと考えるようになった。
彼によれば、二人とも神だ。しかし、神は唯一である。

その時代以降、この考え方が、洗練され、大幅に整えられて、後に、正統教義になるのである。

キリストは、神だ。父なる神も、神だ・・・
しかし、この二人は、一つである。

次に問題なのは、聖霊である。

ヨハネでは、
イエスが天に帰った後で、別の弁護者である、聖霊が、地上に降りると書いた。
この聖霊も、父なる神、神の子とは、別物である。

ついに、三位一体説が、出来上がる。

テルトゥリアヌスの理屈では、
実体の意味においてではなく位格の意味においてであり、分割のためではなく区別のためである。
私は固く結び合わされた三つの中に一つの実体があるという立場をつねに維持している・・・

時の経過とともに、この種の微妙な区別は、どんどん技巧的になっていった。テルトゥリアヌスは、同時代のモダリストへの反駁のなかで、すでに、三つの別個の位格として顕示した一人の神、すなわち三位一体について言及していたのである。
アーマン

だが、彼は、その中でも、ヒエラルキーが存在すると、考えていた。
つまり、父なる神と、神の子が、実体は同じでも、父なる神が優位にあるのだ。
父なる神、だから・・・

そのことで、一世紀以上も、議論を続けたのである。

この問題は、四世紀初頭に、アリウスが巻き起こした、論争の核心部分だった。

アリウスは、神学が盛んだった、エジプト、アレキサンドリアの、著名なキリスト教教師だった。
アリウスの時代までに、原始正統派は、エピオン派、マルキオン派、その他、種々のグノーシス派の集団という、初期キリスト教の異端派を一掃し、少なくとも、完全に、傍流派へと、弱体化させた。

そして、キリスト教教会に属していた人々は、イエスは神であるが、神は一人しかいないという、考え方を持っていた。

アリウスは、キリストは神だが、その力と本質において、父なる神の下位にあるとした。

本来、神は一人しかいなかったが、永遠の昔に、神は、第二の神である息子、つまりキリストを産んだ。神は、キリストを通して、宇宙を創造した。そして、この世に顕現する際、受肉したのはキリストだった。
アーマン

この考えによれば、永劫の過去には、キリストが存在しなかった期間があることになる。彼は、ある時点で生まれたのだ。加えて、彼は神性を備えているものの、父なる神と同等ではない。彼は息子であるため、父なる神に従属しているのだ。両者は、「同一の実体」を有していない。彼らは、ある意味で、「類似の」実体を有しているのだ。
アーマン

何とも、ご苦労なことである。

人間の頭で、捏ね繰り回した、考え方の見本である。
どうしても、超越した存在を持つということは、このような、とんでもない、議論を続けて、作り上げるのである。

勿論、妄想である。
更に、幻想でもある。




posted by 天山 at 05:57| 神仏は妄想第九弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月13日

神仏は妄想である。444

アリウスの考え方は、
この考え方によれば、永劫の過去には、キリストが存在しなかった期間があったことになる。彼は、ある時点で生まれたのだ。加えて、彼は神性を備えているものの、父なる神と同等ではない。彼は息子であるため、父なる神に従属しているのだ。両者は、「同一の実体」を有していない。彼らは。ある意味で、「類似」の実体を有しているのだ。
アーマン

当時、この説は、大人気を博したが、何人かの神学者は、異議を唱えた。
その一人、アレクサンドリアの教会の若い助祭、アタナシウスである。

彼は、キリストと父なる神の実体は同じで、彼らは完全に同格であり、キリストが存在しなかった期間などはないと、言う。

この議論は、熾烈を極めた。
そして、多くの教会は、それにより、分裂する。

同一の実体か、類似の実体か、である。

さて、ここから、政治の力が働く。
キリスト教に改宗した、コンスタンティヌス帝が、この新宗教を、分裂した帝国を統合するために、利用しようとしたのである。

しかし、肝心の宗教が分裂したのでは、話にならない。
そこで、宗教を一つにする必要があった。

皇帝は、この問題について議論し、全キリスト教徒を結束させるため、決着をつけるため、帝国内の最も重要な司教を招集し、ニケアで会議を開催した。
これが、325年に開催された、ニケア公会議である。

公会議の最後に、アタナシウスの説が採択された。
ほぼ、満場一致である。
しかし、その後も、議論は続いたが・・・

結局、正統となったのは、アタナシウス派の見解である。

神格を有する位格は、三つある。
それらは、相互に独立して、しかし、そのどれもが、等しく唯一神である。永遠の存在である。そして、同一の実体を共有している。
三位一体の教義である。

イエスを、神とみなす、ヨハネでさえ、三つの存在が一つの実体だという、見解は無い。

新約聖書のどころにも、それが書かれていない故に、三位一体に言及する、文書を挿入した。
それが、ヨハネの手紙、である。

三位一体は、聖書の教えに基づいていると、アタナシウスは、主張するが、どこにも書かれていないのである。
であるから、後世のキリスト教の発明である。

三百年の間に、イエスは、ユダヤの黙示思想的預言者から、三位一体の位格の一つである神へと変貌した。初期キリスト教の発展は、まさに瞠目すべきものだった。
アーマン

結果は、政治力である。
コンスタンティヌスが、発案しなければ、いつまでも、議論は、続いていた。

イエスは、黙示思想的預言者・・・
一人の人間だった。

それが、ここまでに至ると、当然、ユダヤ教とは、衝突する。
簡単に言えば、キリスト教は、反ユダヤ教になるのである。

イエスは、反ユダヤ教だったのか・・・
全く違う。
イエスは、ユダヤ教の中での、説教を繰り返した。
つまり、イエスの実体とは、随分と、いや、全くといっていいほど、かけ離れたものになった。

それが、キリスト教である。
つまり、人間の頭で、捏ね繰り回した教義の結果、出来上がったものである。

それでは、イエスという人間の本当の姿は・・・

作り上げられるものではなく、イエスの実像は、どのような者だったのか・・・

問題は、更に、イエスの宣教時代、イエスの生まれに関わる事である。

アーマンは、言う。
彼はユダヤ人であり、ユダヤ人の両親を持ち、ユダヤ文化の中で育った。彼は、ユダヤの律法を説く教師になり、ユダヤ人の信者を従え、ユダヤの神を真に信仰するとはどういうことか、その本質を教え諭した。

マリアが身ごもった子が、ユダヤ人であれば、問題ないが・・・
処女降誕は、奇跡である。
信じるしかない。

生物学的には、有り得ない。
更に、自然という点から見ても、有り得ない。
だから、奇跡。
神には、出来ない事はない。

両親が、ユダヤ人・・・
だが、その血は・・・
キリストの布が残っているというから、そこから、DMA鑑定でもするしかないが・・・

もし、ローマ兵の血が入っていたら・・・
とんでもないことになる。

更に、キリストの棺、という書籍が出版されだが・・・
キリスト教国では、無視だった。

科学的検証により、分析したものである。
イエスの妻も、子も存在していた。

それも、信じるしかないのか・・・
だが、一度、嘘でも、信じた者は、騙され続ける。
つまり、他の史実、事実を受け入れないのである。

信仰とは、頑固であり、頑迷であり、愚かなものである。
愚昧という。

現在も、イエス・キリストの生まれ変わりとして、宗教を立ち上げる、ばか者が多いが・・・
ばか者というしか、無いのである。

イエスは、神でも、メシアでもない。
純粋な人間である。


posted by 天山 at 06:00| 神仏は妄想第九弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月14日

神仏は妄想である。445

イエスは、黙示思想的なユダヤの預言者だった。彼は、ユダヤの神が、まもなく歴史に介入し、悪の勢力を打ち負かし、この地上に、神の国を樹立すると信じていた。この王国に迎え入れられるには、神が律法で定めたことに従わなければならないと、イエスはユダヤの群集に説いた。とりわけ重要なのは、全身全霊で神を愛すること「申命記」我が身と同じように、隣人を愛することだった。「レビ記」「律法と預言者は、この二つの掟に基づいている」と、イエスは力説している「マタイ」
キリスト教成立の謎を解く バート・D・アーマン

ということで、イエスも、信じていた一人である。
それも、熱狂的に・・・

更に、あの神が歴史に介入すると・・・

イエスが新しい宗教の開祖だと、みなしたのは、後世のキリスト教徒だけである。

イエスが、信奉していたのは、正しく理解された、ユダヤ教である。
それは、ファリサイ派や、サドカイ派の理解とは、違う意味で。

初期のユダヤキリスト教徒は、イエスのユダヤ的特徴を、守り通した。
しかし、キリスト教が、別の方向へ向うにつれ、彼らは、異端として、退けられた。

エピオン派としての、キリスト教は、イエスは、ユダヤの神が、ユダヤの律法を守らせるために、ユダヤの民に遣わした、ユダヤ人のメシアだった。

であるから、イエスの信者は、ユダヤ教徒でなければ、ならなかったのである。

エピオン派は、エルサレムの教会指導者だった、イエスの兄弟、ヤコブが、このような考え方を推奨したと、主張した。
現在の、学者は、彼らの主張は、正しかったのではと、認めている。

マタイなどは、この主張の上を行くのである。

つまり、イエスは、熱心なユダヤ教徒であり、更に、神の国が、現れると信じた一人であるということ。

とても、頑固なユダヤ教徒であったと、言える。

こうした研究により、益々と、キリスト教が、創られた宗教であることが、解る。
つまり、妄想である。

キリスト教徒は、決して、ユダヤ教徒にはならない。
しかし、イエスが求めるのは、それである。

あれほどの、イエスが、求めたが、神の国は、やって来なかった。
歴史に介入することも、無かった。
さて、どうしたのだろうか・・・

イエスも、信じる人だったのである。
それだけのこと。

キリスト教の教えの、大半は、パウロからのものである。
勿論、その後も、色々と加味されて行くが・・・

イエスに付き従うということは、どんなことか・・・
その解釈は、初期キリスト教会における、核心的問題である。
が・・・

敗北した。

パウロは、エピオン派や、マタイは、イエス自身のものとは、恐ろしく違ったものである。

パウロは、神に正しく向き合う上で、律法など、何の役にも立たないと、声だかに主張している。

入信した、異教徒は、ユダヤの律法などに、従うことは、無いのだ。

神は、律法や割礼の盟約ではなく、イエスの死がもたらした贈り物として、救済するのだから、割礼などした男は、救われないことにも、なりかねない。「ガラテヤの信徒への手紙」

パウロにとって、大切なことは、イエスの死と、復活である。

歴史上のイエスは、律法について教えた。
パウロは、イエスについて教えた。

アーマンは、
パウロは、イエスの再解釈を試みたわけではなく、それまでの解釈を受け継いだだけではあったが・・・
と、書いている。

パウロと、マタイは、全く異質である。
それが、一緒にされている、新約聖書・・・

ところで、話は、霊学的なことになるが・・・

パウロに姿を現した、イエスは、誰なのか・・・
パウロは、その時まで、初期キリスト教を迫害、弾劾していた。

突然、馬から落ちて・・・
そこにイエスの声が聞えた。
サウロ、サウロ何故、私を迫害するのか・・・

パウロの前は、サウロといった。
その声の主が、イエスだと、どうして証明出来るのか・・・
そこが、宗教の良いところ。
何とでも、なるのである。

人の見えないもの、霊などを見るという人も・・・
何とでも、言える。
だから、恐ろしい。

今では、使徒パウロと言われる。
使徒とは、弟子たちのことでは・・・
パウロも、使徒なのである。
後の教会が、そのように、定めた。

そして、教会は、更に、パウロの教えを、推し進めたのである。
律法と、福音は、別物・・・

律法は、ユダヤの神が、ユダヤの民に与えたものであり、これを守る者は、「そしてキリスト教徒以外は」、地獄に落ちるのである。

福音を授けてくれたのは、イエスの神である。
イエスの死によって、もたらされた救済の道であり、旧約聖書の怒れる神から救い出してくれるものである。

旧約の神との、断絶である。

そして、旧約聖書も、ユダヤの書物であり、それ以上のものでなし。
初期キリスト教は、滅茶苦茶であった。


posted by 天山 at 06:02| 神仏は妄想第九弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月15日

神仏は妄想である。446

パウロの考えを、推し進めてゆく派閥では、律法を定めた神と、イエスの神は、別物であり、旧約聖書は、ユダヤ人の憤怒の神に属して、ユダヤの書物であり、キリスト教の聖典には、入らないというところまで、行く。

が、しかし、正反対の立場をとる者もいる。
バルナバの手紙、である。

バルナバは、旧約聖書は、ユダヤ教ではなく、キリスト教の書物である。
ユダヤ人は、その教えの解釈を誤り、過去もそうだった。
彼らは、冷酷で、無知で、反抗的な人たちであり、それは、モーゼの頃から、変わらない。

バルナバによれば、ユダヤの民は、神と特別な契約を交わした直後に、その契約に背いた。モーゼが、十戒を破った瞬間に、ユダヤ人との盟約には、終始が打たれた。
そして、神は、再び、契約を結ぼうとしなかった。

神が新しい契約を、結んだのは、イエスの信者との間である。
と、いう。

まあ、要するに・・・
互いに、言いたいことを言うのである。

アーマンの、導きで進めると、
一つだけ例を挙げておこう。ユダヤ人は、彼らの祖アブラハムに与えられた契約の印である割礼を、男の赤子の包皮を切除しなければならないことを指しているのだと誤解してきたと、バルナバは言う。しかし、これは完全に間違いである。割礼とは、イエスの十字架を信じなければならないことを意味しているのだ。バルナバは、どうやって、この解釈が正しいことを証明したのだろうか? 彼は、旧約聖書に、アブラハムが318人の兵士を率いて闘いに臨んだときに、まず、彼らを割礼することによって、勝利を備えたことを指摘している。318人の割礼を受けた家来は何を意味しているのだろうか、とバルナバは問うている。この数字は、あることを象徴しているのだ。
と、今度は、古代言語の、アルファベットが、数字としても、使われていたことを説明するのである。

いい加減に、嫌になる。
こじ付けのようなものである。

結果は、イエスというなの最初の二文字であり、つまり、割礼とは、包皮の切除のことではなく、イエスの十字架のことなのだ・・・

旧約の当時、イエスの十字架など、誰も、知る者は、いないのである。

それより、キリスト教が、実に、反ユダヤ的であるということに、行き着くのである。

時代が経れば、経るほど、キリスト教の、反ユダヤ主義が、強くなっていった。

キリスト教の、著述家たちは、ユダヤ人が、自分たちの聖書を理解しないばかりか、あらゆる悪事を働いていると、攻撃した。

ユダヤ教の中心地である、エルサレムが、西暦70年に、ローマ人によって滅ぼされたのは、彼ら自身の、メシアを殺したユダヤ人への、神の裁きだと、決め付けた。

更に、キリスト教徒が、イエスを神だと、みなすようになると、イエスの死に責任を負う、ユダヤ人は、神殺しの大罪を犯したと、糾弾するのである。

しかし、イエスが、十字架で、死んだのは、ユダヤ人のお陰であろう・・・

神殺しの、告発は、サルディスの司教だった、メリトンという人物が、二世紀末に行なった、説教の文書の中に、証拠としてある。
それは、20世紀半ばに、発見された。

情熱的なイエスの、ユダヤ教が、激烈な反ユダヤ主義的宗教になった・・・
それは、キリスト教徒が、イエスをメシアだと、主張した時から、必然的に生まれたのである。

メシアは、人々の原罪のために苦しまなければならず、メシアの死は、人々が、神との新しい関係を築くための、手段である。
という、定義が、生まれた。

その人々が、人類という、広さになった。
実に、迷惑である。

甚だしいのは、敬虔なユダヤ教徒、その他の人間は、神に呪われる・・・

あきらかに、狂いである。
だが、キリスト教徒は、それを信じた。そして、信じ続けるという、蒙昧である。

キリスト教徒の思想家は、ユダヤ人の聖書それ自体が、神がユダヤの民を見捨てたことを証明していると主張するかもしれない。旧約聖書の預言者は、繰り返し、古代イスラエル人が、神の意思と法を犯したために、神が彼らに裁きを下していると警告している。アモス、ホセアあるいはイザヤといった預言者は、自分の民が選んだ生き方に怒った神が、彼らを見放したのだと言っている。イエスの初期の信者は、この見解に拘泥し、原則論に仕立て上げた。冷酷無比で頑冥無礼なユダヤ人は、彼ら自身のメシアを拒絶するまで堕落した。神の堪忍袋の緒は切れた。ユダヤ人は、もはや神の選ばれし民などではなく、イエスの信者がそれに取って代わったのだ。
アーマン

このようなことが、どういう事態を招くのか・・・
キリスト教徒以外は、神の怒りと、呪いの対象となるのである。

反ユダヤ感情は、新約聖書、パウロの手紙、そして、福音書のヨハネにも見られる。

ヨハネは、ユダヤ人が神の子ではなく、悪魔の申し子であると、書いている。

二世紀以降、それは、益々と、激しくなり、それが、教義のようになるのである。

この反ユダヤ思想は、キリスト教が誕生するまで、いかなる地域にも、存在しなかった。キリスト教によって、ユダヤ教は、邪悪で、退廃的な宗教と、見なされるようになったのである。

キリスト教が発展し、最終的に、コンスタンティヌス皇帝が、キリスト教に改宗したときは、キリスト教徒の数は、ユダヤ教徒を上回った。
キリスト教徒になることが、流行したというから、驚く。
そして、四世紀末には、ローマ帝国の人口の半分がキリスト教になり、テオドシウス皇帝が、国教と定めた。

これで、決定的になった。
ユダヤ教徒への、嫌悪感が、即、行動に結びつくようになった。

ユダヤ教徒だった、イエスの教えが、遂に、反ユダヤ教になり、悪意に満ちたものとなった。それが、中世における、身の毛もよだつ迫害運動へと連なる。

現代にまで連綿と続く反ユダヤ主義が、非キリスト教徒のユダヤ人に対する、キリスト教徒の敵対意識の歴史の延長線上にあることは確かだ。それは、初期教会が生み出した、最も歓迎されざる発明の一つなのである。
アーマン

イエスから、離れた、キリスト教の、妄想は、このようにして、成った。
更に、人類には、最も迷惑千万な、代物となったのである。


posted by 天山 at 06:55| 神仏は妄想第九弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月16日

伝統について63

葛城の 襲津彦真弓 荒木にも 憑めや君が わが名告りけむ

かつらぎの そつひこまゆみ あらきにも たのめやきみが わがなのりけむ

葛城の、そつひこの真弓が荒々しい。荒木の森を頼りにして、安心したので、あなたは、私の名を告げたのだろうか。

名を言うことは、現実になる。そして、現実にするという、意思である。


梓弓 引きみ弛べみ 来ずは来ず 来ば来そを何ど 来ずは来ばそを

あずさゆみ ひきみゆるべみ こずはこず こばこそをなど こずはこそを 

梓弓を引いたり、弛めたりするように、来ないなら、来ないと、来るなら来ると、はっきりして、欲しい。それなのに・・・来ないなら来ない、来るなら来ると・・・

確認したいのである。
恋の確認である。


時守の 打ち鳴す鼓 数み見れば 時にはなりぬ 逢はなくも怪し

ときもりの うちなすつづみ よみみれば ときにはならず あはなくもあやし

時守の、打ち鳴らす鼓を、数えてみると、逢うべき時になった。それなのに、逢わないとは、不思議だ。

時守とは、陰陽寮の役人。
その、打ち鳴らす、鼓の音が、逢う約束の時間を告げる。
だが、逢えないのである。

燈の 影にかがよふ うつせみの 妹が笑まひし 面影に見ゆ

ともしびの かげにかがよふ うつせみの いもがえまひし おもかげにみゆ

灯火の、光に輝く、現実の妻の笑顔。今、面影に、見える。

妻と離れている男の歌である。


玉矛の 道行き疲れ 稲筵 しきても君を 見むよしもがも

たまほこの みちゆきつかれ いなむしろ しきてもきみを みむよしもがも

玉矛の道を行き、疲れて、稲の筵を敷く。そして、あなたに逢える、手立てを考える。

しきても
何度も繰り返し・・・
そして、何度も、繰り返し、あなたに逢うべき、手立てを考えるのである。

特別な歌は、ない。
現在の恋愛と、変わらない。
しかし、思いは、直情的で、大胆である。

万葉当時の人々の恋は、とても、素直で、純粋である。
そして、それは、性と、直結していた。

逢いたい・・・
体を交わらせる。

その思いに、突かれて、歌詠みをする。

文化、文明が、発達しても、万葉の人たちとは、大差ないのである。

人の心である。
そして、人を思うという、心である。

人知れず、悩む・・・
今も、同じである。


posted by 天山 at 06:45| 伝統について2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月17日

もののあわれについて637

真木柱 まきばしら

源氏「内に聞し召さむ事もかしこし。しばし人にあまねく漏らさじ」と諌め聞え給へど、さしもえ包みあへ給はず。程経れど、いささか打ち解けたる御気色もなく、「思はずに憂き宿世なりけり」と、思ひ入り給へる様のたゆみなきを、いみじう辛しと思へど、おぼろげならぬ契りの程、あはれに嬉しく思ひ、「見るままにめでたく、思ふさまなる御容貌有様を、よその物に見果てて止みなましよ」と、思ふだに胸つぶれて、石山の仏をも、弁のお許をも、並べて頂かまほしう思へど、女君の深くものしと思し疎みにければ、え交らはで籠り居にけり。げにそこら心苦しげなる事どもを、とりどりに見しかど、心浅き人の為にぞ、寺の験現はれける。大臣も心ゆかず口惜しと思せど、いふかひなき事にて、「誰も誰もかく許しそめ給へる事なれば、引き返し許さぬ気色を見せむも、人の為いとほしう、あいなし」と思して、儀式いと二なくもてかしづき給ふ。




源氏は、主上が、お耳にあそばされても、畏れ多い。少しの間は、一般には知られないようにと、注意するが、そんな我慢はできない。
何日か経ったが、当人は、少しも親しむ様子なく、思いのほか、不運な私であったと、思い詰めている様子が、変わらず、たいへん辛いと思うのだが、黒髭大将は、なみなみならぬ、宿縁の深さをしみじみと、嬉しく思い、見れば見るほど、見事に、非の打ち所のない器量、様子を、他人のものにしてしまう結果になるところだった。と、思うだけで、気がそぞろである。
石山の仏と、弁のおもとを並べて拝みたく思うが、女君が、酷いと嫌っているので、勤めにも出ず、籠もっている。
本当に、あちこちで、大勢の懸想人の悩みを、色々と見てきたが、結局は、気の無い人の為に、石山寺の効験も現れた。大臣も不満で、残念だと思うが、どうにもならないことで、誰もが、こうして、承知したことだから、今になって、不承知の態度を見せることも、大将には、気の毒だし、つまらない、と思う。儀式は、またとないほど、立派にして上げるのである。

玉葛の結婚のことである。
愛情を持たずに、髭黒大将と、結婚する。

あはれに嬉しく思ひ
嬉しいという気持ちの前に、あはれ、という言葉がつく。
また一つ、あはれの、風景が広がる。

それにしても、ここでも主語が無いため、誰の思いなのか・・・
迷う。




いつしかと、わが殿に渡い奉らむ事を思ひ急ぎ給へど、軽々しくふと打ち解け渡り給はむに、かしこに持ち取りて、良くしも思ふまじき人のものし給ふなるがいとほしさにことづけ給ひて、源氏「なほ心のどかに、なだらかなる様にて、音なく、いづかたにも人の謗り恨みなかるべくを、もてなし給へ」とぞ聞え給ふ。父大臣は、「なかなかにめやすかめり。殊にこまかなる後見なき人の、なまほのすいたる宮仕へに出で立ちて、苦しげにやあらむ、とぞうしろめたかりし。心ざしはありながら、女御かくてものし給ふをおきて、いかがもてなさまし」など、忍びて宣ひけり。げに、帝と聞ゆとも、人に思し落とし、はかなき程に見え奉り給ひて、ものものしくももてなし給はずは、あはつけきやうにもあべかりけり。三日の夜の御消息ども、聞え交し給ひける気色を伝へ聞き給ひてなむ、この大臣の君の御心を、あはれにかたじけなく、あり難し、とは思ひ聞え給ひける。




大将は、一日も早く、自分の邸に、お連れしようと急ぎ、準備をされるが、身分を考えず、大将に任せて移る場合、あちらで、待っていましたと、いい顔をされない方がいらっしゃるそうで、可哀想だと、かこつけて、源氏は、まあまあ、ゆっくりと、目立たないようにして、騒がれずに、どこからも非難や、恨みを受けることのないように、なさるがよい。と、申し上げる。
父大臣は、内宮仕えよりも、かえって、気が楽であろう。特に、親身になってくれる、世話役も無い者が、御寵愛を争うような、宮仕えに出ては、辛いことだろうと、気がかりだ。可愛いと思う気持ちはあるが、女御が、ああしておいでになるのを差し置いて、どうして、世話ができよう、などと、陰でおっしゃる。
まあ、主上であっても、人より低いお扱いで、時々、お目にかかる程度で、堂々とした待遇をされなかったら、御出仕は、軽はずみだということになるだろう。
三日目の夜のお便りを、あちらこちらと、取り交わしされた様子を伝え聞いて、内大臣は、こちらの大臣のお気持ちを、しみじみ、勿体無く、またとないことと、思われた。

ここでは、源氏と、内大臣の考えである。
が、時に、作者が筆を添える。

あはれにかたじけなく
切々として・・・かたじけない、のである。




かう忍び給ふ御中らひの事なれど、おのづから、人のをかしき事に語り伝へつつ、次々に聞き漏らしつつ、あり難き世語りにぞささめきける。内にも聞し召してけり。「口惜しう宿世ことなりける人なれど、さ思しし本意もあるを、宮仕へなど、かけかけしき筋ならばこそ思ひ絶え給はめ」など宣はせけり。




このように、隠している、間柄のことであるが、いつしか、誰彼と無く、面白い話として、言い伝えながら、口から口へと伝わり、またとない、世間話として、言いはやした。
主上も、お耳にあそばし、残念なことに、縁の無い人であったが、尚侍にという本来の希望もあったのだし、入内などという特殊な関係なら、それは、断念もなさろうが、など、仰せがあった。

御中らひ
玉葛と、大将のこと。

ささめきける
ひそひそと、大袈裟ではなく。

かけかけしき筋ならば
男女関係のことである。

宿世のことなりける人
別人と結婚する運命の人、である。



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2013年10月18日

もののあわれについて638

十一月になりぬ。神事など繁く、内侍所にもこと多かる頃にて、女官ども内侍ども参りつつ、今めかしう人騒がしきに、大将殿、昼もいと隠ろへたる様にもてなして、籠りおはするを、いと心づきなく、かんの君は思したり。宮などは、まいていみじう口惜しと思す。兵衛の督は、妹の北の方の御事をさへ、人笑へに思ひ嘆きて、とり重ね物思ほしたれど、をこがましう、恨みよりても今はかひなし、と思ひ返す。大将は、名に立てるまめの人の、年頃いささか乱れたる振舞ひなくて過ぐし給へる名残りなく、心ゆきて、あらざりし様に好ましう、宵暁のうち忍び給へる出入りもえんにとなし給へるを、をかしと人々見奉る。




霜月になった。
神の行事などが続いて、内侍所にも、用事の多い月であり、女官や内侍たちもやってきて、華やかに騒がしいが、大将殿は、昼も、たいそう人目につかないように気をつけて、女君のお部屋に籠もっているのを、酷く面白くなく、尚侍の君、玉葛は、思っている。
兵部卿の宮などは、更に、甚だしく残念に思う。兵衛の督は、妹に当たる大将の、北の方の事件まで、外聞が悪いと、情けなく思い、深く悩んでいたが、馬鹿げた話だ。恨んでみても、もうどうにもならない、と、考え直す。大将は、有名な堅物で、今まで、少しも女で、しくじるようなことはなかった。が、まるで、人が変わったように、ご満悦で、昔とは、別人のように、女のことに気を使い、夕方、朝方、明るいうちを、人目を忍んで、出入りも、恋人らしく振舞うのを、女房達は、おかしがって拝するのである。

女君も、かんの君も、玉葛のことである。




女は、わららかに賑ははしくもてなし給ふ本性ももて隠して、いといたう思ひ結ぼほれ、心もてあらぬ様はしるき事なれど、大臣の思すらむこと、宮の御心様の心深う、情情しうおはせしなどを思ひ出で給ふに、恥づかしう口惜しうのみ思ほすに、もの心づきなき御気色絶えず。殿も、いとほしう人々も思ひ疑ひける筋を、心清くあらはし給ひて、わが心ながら、うちつけにねぢけたる事は好まずかし、と昔よりの事も思し出でて、紫の上にも、源氏「思し疑ひたりしよ」など聞え給ふ。今更に人の心癖もこそと思しながら、物の苦しう思されし時、さてもや、と思しより給ひし事なれば、なほ思しも絶えず。




女、玉葛は、明るく、華やかな性格も、表に出さず、とても塞ぎ込んで、自分から、進んでのことではないとは、誰にも、はっきりしているが、大臣、源氏が、どう思っているのか、兵部卿の宮の気持ちは、強く、思いやり深くしていらしたことなどを、思い出すと、顔も上げられず、悔しいと思うばかりで、何か、心にそぐわない様子が、続くのである。
殿、源氏も、玉葛にとって、気の毒なことは、誰も彼もが、二人の関係を疑い、それは、潔白だと、証明されたわけで、自分の心中でも、その場限りの、間違いは、避けている。と、昔からのことも、思い出して、紫の上に、疑っていましたね、など、申し上げる。こうなった以上は、いつもの癖を出しては、大変だと、思うのも、たまらなくなったときは、いっそ、自分の物に、と考えることもある人であるから、やはり、すっかりと、思い切ることもないのである。

何とも、複雑な源氏の、心境である。
いつもの、癖・・・




大将のおはせぬ昼つ方渡り給へり。女君、あやしう悩ましげにのみもとない給ひて、すくよかなる折りもなく、しほれ給へるを、かく渡り給へれば、少し起き上がりて、御凡帳にはた隠れておはす。殿も、用意ことに、少しけけしき様にもてない給いて、おほかたの事どもなど聞え給ふ。すくよかなる世の常の人にならひては、ましていふ方なき御けはひ有様を見知り給ふにも、思ひの外なる身の、置き所なく恥づかしきにも、涙ぞこぼれる。やうやうこまやかなる御物語になりて、近き御脇息に寄りかかりて、少しのぞきつつ聞え給ふ。いとをかしげに面やせ給へる様の、見まほしう、らうたい事の添ひ給へるにつけても、よそに見放つもあまりなる心のすさびぞかし、と、口惜し。




大将のいない、昼頃、源氏が、渡り、お出でになった。
女君、玉葛は、不思議なほどに、気分が優れず、気持ちのすっきりしている間もなく、元気が無いが、こうして、お出でになったので、少し起き上がり、凡帳に隠れるようにして、座っている。
殿様、源氏も、特に気を使い、少し改まった様子で、あれこれと、差し障りの無いお話をされる。面白みのない、平凡な人をいつも見ているので、以前より、いっそう、言いようの無い、様子や、姿と、今は解るにつけて、意外な運命の我が身は、置き場のなく、合わせる顔もなく、涙が出る。次第に、打ち解けて、お話し合いになり、源氏は、消息に寄りかかり、凡帳の中を覗きながら、お話になる。
たいへん美しく、面やつれしている様子が、見るに甲斐あり、愛らしさが加わって、人の物にしてしまうのも、あまりに物好き過ぎると、残念である。

源氏の心境が、何とも、色好みである。




源氏
おり立ちて 汲みは見ねども わたり川 人のせとはた 契りざらしちを

思ひの外なりや」とて、鼻うちかみ給ふけはひ、なつかしうあはれなり。女は顔を隠して、

玉葛
みつせ川 渡らぬ先に いかでなほ 涙のみをの 泡と消えなむ




源氏
立ち入った関係はないが、三途の川を渡る時、あなたを他人に任せようとは、思わなかったのに。

意外なことになってしまった。と、源氏。鼻をかみになる様子、慕わしく、胸が痛む。女は顔を隠して、

玉葛
三途の川を渡る前に、どうにかして、川の泡となって、消えてしまいたいと思います。

なつかしうあはれ
源氏の態度に、玉葛が、感動する。
懐かしい・・・慕わしい
あはれ・・・胸が痛む。感動する。

色々な場面で、この、なつかしうあはれ、が、使われる。
言葉以上の思いである。


posted by 天山 at 06:25| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月19日

もののあわれについて639

源氏「心幼なの御消え所や。さても、かの瀬はよぎ道なかなるを、御手の先ばかりは、引き助け聞えてむや」と、ほほえみ給ひて、源氏「まめやかには思し知る事もあらむかし。世になき痴れ痴れしさも、又後安さも、この世に類なき程を、さりともとなむ頼もしき」と聞え給ふを、いとわりなう聞き苦しと思いたれば、いとほしうて宣ひ紛らはしつつ、源氏「内に宣はする事なむいとほしきを、なほあからさまに参らせ奉らむ。おのが物と領じ果てては、さやうの御交らひも難けなめる世なめり。思ひそめ聞えし心は違ふさまなめれど、二条の大臣は心ゆき給ふなれば、心安くなむ」など、細かに聞え給ふ。あはれにも恥づかしくも、聞き給ふこと多かれど、ただ涙にまつはれおはす。いとかう思したる様の心苦しければ、思すさまに乱れ給はず、ただあるべきやう、御心使ひを教え聞え給ふ。かしこに渡り給はむ事を、とみにも許し聞え給ふまじき御気色なり。




源氏は、子供のような、消え場所ですね。それにしても、あの川瀬には、他の道は、ないそうだ。お手の先だけでも引いて、お助けしたいものだ。と、微笑み、本当は、解っている事もあるでしょう。私の、またとない、馬鹿さ加減も。それに、安心できることも。世間に例が無いということも。幾らなんでも、お分かりだろうと、心強く、思っています。と、おっしゃるのを、困りきって、聞きづらいと思っているので、気の毒になり、話を逸らせた。
源氏は、主上が、仰せられるのが、お気の毒ですから、やはり、ちょっと、参内しましょう。自分の物と思い込んでしまってからでは、そんなお勤めも出来ない、夫婦仲のようですし。初めに考えていた計画と違ってしまったけれど、二条の大臣は、満足しているようなので、安心です。など、あれこれと、お話になる。
玉葛は、ありがたい思いや、恥ずかしい思いで、お耳にされる言葉は多いが、ただ、泣き濡れている。源氏は、こんなにまで、悩んでいたとの様子が、いじらしく、思いのまま、羽目を外すこともされず、ただ、成すべき事、ご注意を教えて、申し上げる。
大将邸に、お移りになられることを、急には、お許しにならない様子である。




内へ参り給はむ事を、安からぬ事に大将思せど、そのついでに、やがてまかでさせ奉らむの御心つき給ひて、ただあからさまの程を許し聞え給ふ。かく忍び隠ろへ給ふ御振舞ひも、ならひ給はぬ心地に苦しければ、わが殿の中修理ししつらひて、年頃は荒らし埋もれ、うち棄て給へりつる御しつらひ、よろづの儀式を改め急ぎ給ふ。




参内する予定を、不快に思う大将であるが、それを機会に、そのまま自宅に退出させようという、考えが出てきた。それで、ほんのちょっと、との間ということで、お許し申し上げる。このように、人目を忍んで、隠される行為も、慣れていない方なので、気詰まりで、自分の邸に手を入れ、整えて、ここ数年、荒れたまま塵に埋もれて、放っておいた部屋飾りや、万端の儀式を新しく、用意されるのである。




北の方の思し嘆くらむ御心も知り給はず、悲しうし給ひし君達をも、目にも留め給はず、なよびかに、情情しき心うち交りたる人こそ、とざまかうざまにつけても、人の為恥ぢがましからむ事をば、推し量り思ふ所もありけれ、ひたおもむきにすくみ給へる御心にて、人の御心動きぬべき事多かり。女君、人に劣り給ふべき事なし。人の御本性も、さるやむごとなき父親王の、いみじうかしづき奉り給へる。覚え世に軽からず、御容貌などもいとようおはしけるを、あやしう執念き御物怪にわづらひ給ひて、この年頃人に似給はず。うつし心なき折り折り多くものし給ひて、御中もあくがれて程経にけれど、やむごとなきものとは、また並ぶ人なく思ひ聞え給へるを、珍しう御心移る方の、なのめにだにあらず、人々すぐれ給へる御有様よりも、かの疑ひおきて皆人の推し量りし事さへ、心清くて過ぐい給ひける、などを、あり難うあはれと思ひまし聞え給ふも、ことわりになむ。




大将の妻、北の方が、悲しむ気持ちも、理解無く、可愛がっていた、お子様たちにも、目もくれない。物柔らかで、思いやりのある人ならば、何につけても、その人のために、恥になるようなことはないようにするのだが。一徹で、融通の利かない、性格なので、人の気に障ることが多い。
女君は、誰にも、負けるところは、無い。本人の性格も、あの高貴な父宮が、とても大切なお育てになったので、世間の評判も高く、器量もよい。しかし、不思議に、しつこい物の怪に取り付かれて、ここ数年、普通の人のようではない。正気を無くす時が、多くあり、夫婦の仲も、離れたまま、長くになる。
正妻としては、二人と並んで扱える女はないと、思っていたが、珍しく、気持ちが移った、玉葛が、特に人より優れている様子も、さることながら、あの疑いを持って、一同が想像していたことさえ、潔白にしているなど、類稀で、心打たれることと、益々、思いを深くするのも、もっともである。

最後は、作者の言葉。
黒髭大将のことを書くのである。




式部卿の宮聞し召して、「今はしか、今めかしき人を渡して、もてかしづかむ片隅に、人悪くて添ひものし給はむも、人聞きやさしかるべし。おのがあらむこなたは、いと人笑へなる様に従ひ靡かでも、ものし給ひなむ」と宣ひて、宮の東の対を払ひしつらいて、渡し奉らむと思し宣ふを、「親の御あたりといひながら、今は限りの身にて、たち返り見え奉らむこと」と思ひ乱れ給ふに、いとど御心地もあやまりて、うちはへ臥しわづらひ給ふ。本性はいと静かに心よく、児めき給へる人の、時々心あやまりして、人に疎まれぬべき事なむうち交り給ひける。




式部卿の宮が、それをお耳にして、今更、新しい人を入れて、大切にする邸の片隅に、見苦しくいるのも、外聞が悪いであろう。私が生きている間は、それほど、見苦しい有様で、あちらの言うままになることはない。と、おっしゃり、御所の東の対を明けて、道具を置き、お移ししようと考え、口にもするが、北の方は、親の家とはいえ、今捨てられる身となっては、再び家に戻り、顔を合わせるのはと、思い悩むと、いっそう心が狂い出して、床に臥せる。
生まれつき、物静かで、気立てがよく、子供のような人だが、時々、狂乱して、人に敬遠されることが、時にあるのだ。

物の怪
今で言えば、精神疾患である。

今めかしき人・・・
玉葛のことである。


posted by 天山 at 05:46| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月20日

もののあわれについて640

住まひなどのあやしうしどけなく、物の清らもなくやつして、いとうもれいたくもてなし給へるを、玉を磨ける目移しに心もとまらねど、年頃の志ひきかふるものならねば、心にはいとあはれと思ひ聞え給ふ。大将「昨日今日のいと浅はかなる人の御中らひだに、よろしき際になれば、皆思ひのどむる方ありてこそ見果つなれ。いと身も苦しげにもてなし給ひつれば、聞ゆべき事もうち出で聞え難くなむ。年頃契り聞ゆる事にはあらずや。世の人にも似ぬ有様を、見奉り果てむとこそは、ここら思ひ静めつつ過ぐし来るに、えさしもありはつまじき御心掟に、思し疎むな。幼き人々も侍れば、とざまかうざまにつけて疎にはあらじ、と聞え渡るを、女の御心の乱りがはしきままに、かく恨み渡り給ふ。ひとわたり、見果て給はぬ程、さもありぬべき事なれど、任せてこそ今しばし御覧じ果てめ。宮の聞し召し疎みて、さはやかにふと渡し奉りてむと思し宣ふなむ、かへりていとかろがろしき。まことに思しおきつる事にやあらむ、しばし勘事し給ふべきにやあらむ」と、うち笑ひて宣へる。いとねたげに心やまし。




部屋などが、酷く乱雑で、綺麗さもなく、汚れ、とても鬱陶しくなっているので、玉を磨いたような場所を見慣れた目には、気に入らないが、長年の情は、急に変わるものではない。心の中では、大変、可哀想に、思うのである。
大将は、昨日今日の、浅い関係でさえ、悪くない身分となれば、皆、耐え忍ぶこともありつつ、添い遂げるもの。酷く、体を苦しそうにしているので、お話することも、言い出しにくくて。長年、約束していることではないか。普通ではない、ご病気のあなたを、最後まで、お世話しようと、この年月我慢して、暮らしてきたのに、そのように、最後まで、させないような気持ちで、私を、疎んじるな。子供たちもいることだから、悪いようにはしない。と、申し続けてきたのに、女心の慎み無さから、このように恨み続けている。一応、見極めるまで、もっともだが、私を信じて、もう少し、見守ってくれ。宮が、お耳に遊ばして、嫌がり、はっきりと、すぐにお引取り申すと言うのは、かえって、軽率だ。本気に決心されたことか。暫く、懲らしめるつもりなのか。と、笑って言う。
何とも、しゃくで、腹が立つ。

最後は、北の方の心境である。




御召人だちて、仕うまつりなれたる木工の君、中将の御許などいふ人々だに、程につけつつ、安からず辛しと思ひ聞えたるを、北の方はうつし心ものし給ふ程にて、いとなつかしううち泣きて居給へり。北の方「自らを、ほけたりひがひがしと宣ひ恥ぢしむるはことわりなる事になむ。宮の御事をさへ取りまぜ宣ふぞ。漏り聞き給はむはいとほしう、憂き身のゆかり軽々しきやうなる。耳なれにて侍れば、今初めていかにも物を思ひ侍らず」とて、うち背き給へる、らうたげなり。いとささやかなる人の、常の御悩みに痩せ衰へ、ひはづにて、髪いとけうらにて長かりけるが、分けたるやうに落ち細りて、梳る事もをさをさし給はず、涙にまろがれたるは、いとあはれなり。細かに匂へる所はなくて、父宮に似奉りて、なまめい給へる容貌し給へるを、もてやつし給へれば、何処の華やかなるけはひかはあらむ。




お妾として、お傍に仕える、木工の君、中将の御許などという人々でさえ、その身分相応に、穏やかではなく、酷いと思っている。北の方が、正気でいらっしゃる頃で、しおらしく、泣いていらした。
北の方は、私を、ぼけたと、僻んでいるとおっしゃり、きつく叱ったことは、最もなことです。でも、お父様のことまで、引き合いに出して、おっしゃるのは、もし、それを聞いたら、お気の毒ですし、つまらない私のために、ご身分に障るようです。私は、聞き慣れていますから、今更、何とも思いません、と言って、横を向かれた。可愛らしい姿である。たいそう、細かい人が、平生の病気で、痩せ細り、弱々しく、髪はとても綺麗で長かったのが、分け取ったように、抜け落ちて、梳ることもほとんどされず、涙で固まっているのは、痛々しい。
細やかに、つやつやと、美しい点はないが、父宮に似て、優雅なご器量でいらっしゃったが、汚くしているので、何の華やかな感じがありましょう。

いとあはれなり
ここでは、痛々しい・・・

御召人とは、大将の、お手つきの女たちである。




大将「宮の御事を軽くは如何聞ゆる。恐しう、人聞きかたはにな宣ひなしそ」と、こしらへて、「かの通ひ侍る所のいと眩き玉の台に、うひうひしうきすぐなる様にて出で入る程も、方々に人目立つらむと、かたはら痛ければ、心安く移ろはしてむと思ひ侍るなり。太政大臣の、さる世に類なき御覧覚えをば、さらにも聞えず、心恥づかしういたり深うおはすめる御辺りに、憎げなる事漏り聞えば、いとなむいとほしうかたじけなかるべき。なだらかにて、御中よくて、語らひてものし給へ。宮に渡り給へりとも、忘るる事は侍らじ。とてもこうても、今更に心ざしの隔たる事はあるまじけれど、世の聞え人笑へに、麿がためにも軽々しうなむ侍るべきを、年頃の契り違へず、かたみに後見むと思せ」と、こしらへ聞え給へば、




大将は、宮の御事を、どうして軽んじたりできよう。怖いことだ。人が誤解するようなことを、言わないでくれ。と、取り繕い、あの通っているところが、眩いばかりの、美しい御殿なので、物馴れず、生真面目な恰好で、出入りするのも、人目に立つだろうと、気が引けるゆえに、気楽に出来るように、移転させようと思っている。太政大臣の、あれほどの大した名声は、今更、申すまでもなく、ご立派で、行き届いているお暮らしのお邸の中に、感心しないことが、伝わるのは、まことに気の毒で、畏れ多い。穏やかにして、お二人、仲良くして、話し合ってくれ。父宮のところに移っても、忘れるようなことは、ありません。いずれにせよ、今更、愛情の薄れることはないだろうが、世間の評判は、悪くなり、私のためにも、身分に相応しくないことになります。今までの、長年の約束通り、互いの、面倒は見合うということで、居てください、と、取り繕い、申し上げる。

玉葛との関係、源氏に対する思い・・・
そして、正妻の、北の方に、お願いする、大将である。




北の方「人の御辛さは、ともかくも知り聞えず。世の人にも似ぬ身の憂きをなむ、宮にも思し嘆きて、今更に人笑へなること、と御心を乱り給ふなれば、いとほしう、いかでか見え奉らむとなむ。大殿の北の方と聞ゆるも、異人にやはものし給ふ。かれは、知らぬ様にて生ひ出で給へる人の、末の世にかく人の親だちもてない給ふ辛さをなむ、思ほし宣ふなれど、ここにはともかくも思はずや。もてない給はむ様を見るばかり」と宣へば、大将「いとよう宣ふを、例の御心違ひにや、苦しき事も出で来む。大殿の北の方の知り給ふ事にも侍らず。いつき女のやうにてものし給ふ人は、かく思ひおとされたる人の上までは知り給ひなむや。人の御親げなくこそものし給ふべかめれ。かかる事の聞えあらば、いと苦しかべきこと」など、日一日入り居て語らひ申し給ふ。




北の方は、あなたが、私に辛くするのは、何とも思いません。普通ではない身の病を、父宮も御心配されて、今更に、外聞の悪いことです。と、御心を砕いているとのこと。お気の毒で、顔も合わせられません。大殿の北の方、紫の上、と申し上げる方も、赤の他人でいらっしゃるのでしょうか。あの方は、知らないままに、成人された方で、後になり、このように、あの人の親らしくお世話する辛さを考えて、お口にされるようですが、私のほうは、何とも思いません。なさりようを見ているだけです。と、おっしゃると、大将は、よい事をおっしゃるが、いつものご乱心では、困ったことも、出てきましょう。大殿の北の方の、ご存知のことでもありません。箱入り娘のようにしていられる方は、こんなに軽蔑されている人の身の上までは、ご存知ありません。あの人の、親御らしくは、なくていらっしゃるようです。こんなことが、伝われば、さぞ困ることになりましょう。などと、一日中、お話し合いをされるのである。

人の上までは
玉葛のこと。
源氏と玉葛のことである。


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2013年10月21日

もののあわれについて641

暮れぬれば、心も空に浮き立ちて、いかで出でなむと思ほすに、雪かきたれて降る。かかる空にふり出でむも、人目いとほしう、この御気色も、憎げにふすべ恨みなどし給はば、なかなかことつけて、我もむかへ火つくりてあるべきを、いとおいらかにつれなうもてなし給へる様の、いと心苦しければ、いかにせむと思ひ乱れつつ、格子などもさながら、端近ううち眺めて居給へり。北の方気色を見て、「あやにくなめる雪を、いかで分け給はむとすらむ。夜も更けぬめりや」と、そそのかし給ふ。今は限り、とどむとも、と思ひめぐらし給へる気色、いとあはれなり。大将「かかるには、いかでか」と宣ふものから、大将「なほこの頃ばかり。心の程を知らで、とかく人の言ひなし、大臣達も左右に聞き思さむ事を憚りてなむ。途絶えあらむはいとほしき。思ひ静めてなほ見はて給へ。ここになど渡しては心安く侍りなむ。かく世の常なる御気色見え給ふ時は、外様に分くる心も失せてなむ、あはれに思ひ聞ゆる」など語らひ給へば、北の方「立ちとまり給ひても、御心の外ならむは、なかなか苦しうこそあるべけれ。他にても、思ひだにおこせ給はば、袖の氷も解けなむかし」など、和やかに言ひ居給へり。




夕方になり、髭黒大将は、気もそわそわとして、なんとかして、出掛けたいと思う。が、あいにく、雪が降っている。
こんな空模様に出掛けるのも、見苦しいし、北の方の様子も、憎らしそうに、やきもちをやいて、恨みある態度に、かえって、それを口実に、自分も、逆にねじ食わせて、出てゆくものを、おっとりとして、冷静にしているのが、とても可哀想になる。どうしたものかと、あれこれ迷いつつ、格子など上げたまま、端の方に出て、考え込む。
北の方は、その様子を見て、あいにくの雪を、どうして分けてゆくつもりですか。夜も更けたようですし。と、お勧めになる。
もうおしまいだ。引き留めても、仕方がない、と見極めている様子は、不憫である。大将は、こんな夜に、どうして出られよう、と言いつつ、やはり、ここ暫くの間は、私の心も知らず、何かと女房たちが取り沙汰して、大臣たちも、方々から噂を耳にして、何と思うか、心配である。行かなければ、あちらに気の毒だ。心を落ち着けて、もう少し、見ていてください。こちらの邸に連れて来れば、気がねもなくなるだろう。今日みたいに、普通の様子でいる時は、他の女を思う気持ちもなくなって、あなただけを、愛らしく思うのです。などと、あれこれと、言う。北の方は、お出掛けにならなくとも、気持ちが他所に行っているのなら、かえって、辛いことです。よそにいらしても、思い出してくださりさえするなら、涙に濡れた袖の氷も、解けることでしょう。などと、穏やかにおっしゃるのである。





御火取り召して、いよいよ焚きしめさせ奉り給ふ。自らは、萎えたる御衣どもに、うちとけたる御姿、いと細うか弱げなり。しめりておはする、いと心苦し。御目のいたう泣き腫れたるぞ、少しものしけれど、いとあはれと見る時は、罪なう思して、いかで過ぐしつる年月ぞ、と、名残りなう移ろふ心のいと軽きぞや、とは思ふ思ふ、なほ心懸想は進みて、そら嘆きをうちしつつ、なほ装束し給ひて、小さき火取り取り寄せて、袖に引き入れてしめ居給へり。なつかしき程に萎えたる御装束に、容貌も、かの並びなき御光にこそ圧さるれど、いと鮮やかに男々しき様して、ただ人と見えず、心恥づかしげなり。




北の方は、香炉を取り寄せて、益々焚き染めさせる。ご自身は、着慣れたお召し物を重ねて、普段着の姿で、たいそうほっそりと、か弱げである。沈んでいるのが、痛々しい。目の酷く泣きはらしたのは、少し疎ましいが、とても愛情を感じて、見ている時は、それも、気にならない。どのように、長年、暮らしてきたのかと、すっかり、心変わりする自分が、軽率だと思うものの、矢張り、玉葛に対する恋しさは、増すばかり。溜息をついて見せつつ、着物を改めて、小さな香炉を取り寄せ、袖に香を焚き染めている。程よく着慣れたお召し物で、器量も、あの類ない源氏の美しさには圧倒されるが、とてもすっきりと、男らしい感じである。臣籍の者とは、見えず、何となく、気後れするほどである。

かの並びなき御光
源氏のことである。

最後は、作者の言葉。




侍ひに人々声して、「雪少しひまあり。夜は更けぬらむかし」など、さすがにまほにはあらで、そそのかし聞えて、声づくり合へり。中将、木工など、「あはれの世や」などとうち嘆きつつ、語らひて臥したるに、正身はいみじう思ひ静めて、らうたげに寄り臥し給へりと見る程に、にはかに起き上がりて、大きなる籠の下なりつる火取りを取り寄せて、殿の後ろに寄りて、さといかけ給ふ程、人のややみあふる程もなうあさましきに、あきれてものし給ふ。さる細かなる灰の、目鼻にも入りて、おぼほれて物も覚えず、払ひ捨て給へど、立ち満ちたれば、御衣ども脱ぎ給ひつ。うつし心にてかくし給ふぞ、と思はば、また顧すべくもあらずあさましけれど、例の御物怪の、人に疎ませむとする業と、お前なる人々も、いとほしう見奉る。




詰め所で、供人たちが、申す。雪が少し、止みました。すっかり夜が更けたようです。
それでも、あらわにできないが、催促して、咳払いを幾人もする。
中将や、木工などは、あはれの世などと溜息をつきながら、話し合って横になっている。ご本人は、よくも心を落ち着けて、愛らしく、脇息に寄り臥している。と、見る間に、起き上がり、大きな籠の下にあった、火取りを手にして、殿の後ろに回り、さっと、浴びせる、その時、人々が取り押さえる暇もなく、驚いて大将は、呆然としている。
細かな灰が、目鼻にまで入り、ぼんやりとして、何も分らない様子。灰は払い捨てるが、辺り一面に立ち込めているので、下着まで脱がれた。
正気で、こんなことをするのかと思うと、二度と見向く気もしないが、例により、物の怪が、北の方を、人に嫌わせようと、しているのだと、周囲の女房たちも、気の毒に思う。

あはれの世や
情けないことだ・・・




立ち騒ぎて、御衣ども奉り換へなどすれど、そこらの灰の、御鬢のわたりにも立ち昇り、よろづの所に満ちたる心地すれば、清らを尽くし給ふわたりに、さながら参うで給ふべきにもあらず。心違ひとはいひながら、なほ珍しう見知らぬ人の御有様なりや、と、爪弾きせられ、疎ましうなりて、あはれと思ひつる心も残らねど、この頃荒だててば、いみじき事出で来なむ、と思し静めて、夜中になりぬれど、僧など召して、加持まいり騒ぐ。呼ばひののしり給ふ声など、思ひ疎み給はむことわりなり。




大騒ぎになり、着替えなどするのだが、その辺り一面の灰が、鬢の所にも立ち上り、どこもかしこも、灰にまみれている気がする。綺麗にしょうとするが、このまま、出掛ける訳にも、いかない。気が違っているとはいえ、矢張り、珍しい見たことも、聞いたこともない人の、有様で、爪弾きして、嫌らしくなり、愛情を感じていた気持ちも、消え失せてしまったが、今、事を荒立てると、大変なことになるだろうと、心を静め、夜中ではあるが、僧などを呼んで、加持をさせる騒ぎだ。
わめき叫んでいる声などは、大将が、嫌になるのも、無理はない。

最後は、作者の言葉である。


posted by 天山 at 06:20| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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