2013年09月24日

もののあわれについて636

九月になりぬ。初霜結ぼほれ、えんなる朝に、例のとりどりなる御後見どもの引きそばみつつ持て参る御文どもを、見給ふ事もなくて、読み聞ゆるばかりを聞き給ふ。大将殿のには、
「なほ頼み楽しも過ぎ行く空の気色こそ、心づくしに、

数ならば いとひもせまし 九月に 命をかくる 程ぞはかなき

月たたばとある定めを、いとよく聞き給ふなめり。兵部卿の宮は、
「いふかひなき世は、聞えむ方なきを、

朝日さす 光を見ても 玉笹の 葉分けの霜を 消たずもあらなむ

思しだに知らば、慰む方もありぬべくなむ」
とて、いとかじけたる下折れの霜も落とさず持て参れる、御使ひさへぞうちあひたるや。式部卿の宮の左衛門の督は、殿の案内も聞きて、いみじくぞ思ひわびける。いと多く恨み続けて、

左衛門
忘れなむと 思ふも ものの悲しきを いかさまにして いかさまにせむ

紙の色、墨つき、しめたるにほひも様々なるを、人々も皆、「思し絶えぬべかめるこそ、さうざうしけれ」など言ふ。




ながつき、九月になった。
初霜が降りて、心そそられる朝、例により、それぞれの取り持ちたちが、目立たぬように、手にして、御前に持参するお手紙の数々を、御覧になることもなく、読んでいるのを、聞いているだけである。大将殿の文には、

あてにしていたことも、虚しく去ってゆくこの頃の空の様子は、気がもめて、しかたありません。

大将
人並みならば、この月を嫌がりましょうか。九月は、結婚なさらないと、それを頼みに、生きているのは、情けないもの。

月が改まったら、御出仕との予定を、聞いているのである。

兵部卿の宮からは、
決まってしまったことは、今更、申しようもありませんが、

たとえ、帝の御寵愛を得ても、玉笹の葉末についた霜のように、私を忘れないで下さい。

分ってくだされば、心の鎮めようもあります。
と、霜にかじかんで、折れ臥した笹の枝の、霜も落とさず、持ってきた、御使いまでもが、似つかわしい。

式部卿の宮の、左衛門は、殿様の奥方のご兄弟である。親しく参上したりしている君なので、いつしか十分に、事の事情も聞いていて、大変な気の落としようである。長々と、恨み言を並べて、

左衛門
忘れようとすることが、悲しくて。一体、どのようにしたものでしょうか。

紙の色、墨つきの具合、焚き染めた香の匂いも、それぞれ、優れているものを、女房達も一同に、この方々が、諦めてしまったら、物足りないものです。などと言う。




宮の御返りをぞ、いかが思すらむ、ただいささかにて、

玉葛
心もて 光に向ふ あふひだに 朝置く霜を おのれやは消つ

とほのかなるを、いとめづらしと見給ふに、自らはあはれを知りぬべき御気色にかけ給へれば、霜ばかりなれど、いと嬉しかりけり。かやうに何となけれど、様々なる人々の、恩わびごとも多かり。「女の御心ばへは、この君なむ本にすべき」と、大臣達定め聞え給ひけりとや。




兵部卿の宮への、お返事だけを、どういう思いか、ほんの少しばかり、

玉葛
みずから望んで日に向うひまわりでさえ、朝置く霜を、自分で消すでしょうか。

と、薄墨で、さらりと書いてあるのを、宮は、大変珍しいと、御覧になり、ご本人は、宮の愛情を感じているという、様子に見えるので、わずかな言葉ながら、大変嬉しく思った。

このように、特に、どうということではないが、色々な人々の、恨み言も沢山あった。
女の心の持ちようは、この君を手本にすべきだと、大臣達は、判定されたとか・・・

大臣達とは、源氏、内大臣である。

最後は、作者の言葉。

藤袴を、終わる。




posted by 天山 at 05:44| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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