2013年09月18日

もののあわれについて632

そら消息をつきづきしく取り続けて、こまやかに聞え給ふ。「上の御気色のただならぬ筋を、さる御心し給へ」などやうの筋なり。答へは給はむ事もなくて、ただうち嘆き給へる程、忍びやかに、うつくしく、いとなつかしきに、なほえ忍ぶまじく、夕霧「御服もこの月には脱がせ給ふべきを、日ついでなむよろしからざりける。十三日に、河原へ出でさせ給ふべき由宣はせつる。なにがしも御供に侍ふべくなむ思う給ふる」と聞え給へば、玉葛「たぐひ給はむもことごとしきやうにや侍らむ。忍びやかにてこそ良く侍らめ」と宣ふ。




殿様の言葉ではないことを、いかにもそれらしく、次から次へと、こまごま申し上げる。主上の様子が、普通ではないから、ご注意されますように。などといったことである。返事のしようなく、そっと溜息をつく様子は、ひっそりとして、可愛らしくも、優しくもあり、矢張り、夕霧は、我慢出来ず、喪服も、今月には、お脱ぎになるはずなのに、日がよくなかったのです。十三日に、河原にお出であそばすようにとの、仰せです。私も、御供をいたします。と、申し上げると、玉葛は、ご一緒くださるのも、事が大袈裟になると思われますが。人目に立たないほうが、よいでしょう。と、おっしゃる。




「この御服なんどの詳しき様を人にあまねく知らせじ」とおもむけ給へる気色、いとらうあり。中将も「漏らさじとつつませ給ふらむこそ心憂けれ。忍び難く思う給へらるる形見なれば、脱ぎ捨て侍らむ事も、いともの憂く侍るものを、さてもあやしうもて離れぬ事の、また心得難きにこそ侍れ。この御あらはし衣の色なくは、えこそ思う給へ分くまじかりけれ」と宣へば、玉葛「何事も思ひ分かぬ心には、ましてともかく思う給へたどられ侍らねど、かかる色こそ、あやしくものあはれなるわざに侍りけれ」とて、例よりもしめりたる御気色、いとらうたげにをかし。




この喪服の、詳しい事情を、他人に広く知らせまいとしているところは、実に、思慮深いこと。
中将は、知られまいと隠していられるのが、残念です。恋しくてたまらない、おばあ様の形見なので、脱いでしまうのも、辛いことです。それにしても、この家から、不思議に離れないのが、また腑に落ちません。この喪服を着ていなければ、おばあ様の孫とは、とても私には、分らなかったでしょう。と、おっしゃると、玉葛は、何も分らない私には、あなた以上に、どういうことかとも、考えつきませんが、でも、こういう色は、何となく、しみじみと感じさせられるものでございます、と、いつもより、沈んだ様子は、とても、可憐で、美しい。

あやしく もの あはれなる わざに
心の情景である。
妙に、何となく・・・感じる様である。




かかるついでにとや思ひ寄りけむ、蘭の花のいと面白きを持給へりけるを、御簾のつまより差し入れて、夕霧「これも御覧ずべきゆえはありけり」とて、とみにもゆるさで持給へれば、うつたへに、思ひ寄らで取り給ふ御袖を、引き動かしたり。

夕霧
同じ野の 露にやつるる 藤袴 あはれはかけよ かごとばかりも

道のはてなるとかや、いと心づきなくうたてなりぬれど、見知らぬ様に、やをら引き入れて、

玉葛
尋ぬるに はるけき野辺の 露ならば 薄紫や かごとならまし

かやうにて聞ゆるより、深きゆえはいかが」と宣へば、少しうち笑ひて、夕霧「浅きも深きも、思し分く方は侍りなむと思う給ふる。まめやかには、いとかたじけなき筋を思ひ知りながら、えしづめ侍らぬ心の中を、いかでか知ろしめさるべき。なかなか思しうとまむがわびしさに、いみじく籠め侍るを、今はた同じと思う給へわびてなむ。頭の中将の気色は御覧じ知りきや。人の上になど思ひ侍りけむ。身にてこそいとをこがましく、かつは思う給へ知られけれ。なかなか、かの君は思ひさまして、つひに御あたり離るまじき頼みに、思ひ慰めたる気色など見侍るも、いとねたましくねたきに、あはれとだに思しおけよ」など、こまやかに聞え知らせ給ふ事多かれど、かたはらいたければ書かぬなり。




この機会にと思いついたのか、蘭の花の見事なものを、持参してきた。御簾の端から差し入れて、夕霧は、これも、御覧になる、ゆかり、縁あるものです、と言い、すぐには離さず、持っているので、すっと、気付かずに、取ろうとした袖を引いた。

夕霧
あなたと同じ、野の露にしおれた、藤袴、蘭の花です。可哀想だと言ってください。せめても・・・

申し訳にでも、逢ってとの意味なのか。酷く、疎ましく嫌になったが、そ知らぬふりで、そっと、奥へ引き下がる。

玉葛
元を正せば、遠く離れた野の露です。薄紫の、ゆかり、とは、いいがかりでしょう。

このようにして、お話する以上に、深い因縁はございません。と、おっしゃると、少し笑い、夕霧は、浅いも深いも、お分かりのはずだと思います。本当は、畏れ多い、主上のお言葉をわきまえつつも、抑えようも無い、私の心を、どうしてお分かりになりましょう。言い出しては、かえって、煩く思われるのが辛くて、強いて、心に、じっとこらえておりましたが、たとえ、命を懸けてもと思い余りまして。頭の中将のことは、ご存知でしたか。人事のように、何故考えてくださらないのでしょう。自分の身になって、よくよく、愚かしいと、分りました。かえって、あの君は諦めて、兄妹として、いつまでも、親しくしていられるのを頼みに、気持ちを慰めている様子などを見ます。とても、うらやましく、嫉ましいので、せめて、可哀想と思ってください。などと、こまごまと、訴えることが沢山ありましたが、具合が悪いから、書かないのです。

最後は、作者の言葉。

かたはらいたければ
あまりに、くどいお話なので・・・
細々とした、話なので・・・

蘭の花は、藤袴ともいう。

薄紫は、付し袴の色。ゆかりの色である。



posted by 天山 at 05:43| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。