2013年09月16日

沈黙を破る76

価値観は、多様である。
しかし、国民国家という場合は、そのための、共同幻想が必要である。

それが、神話などの伝承、書き物である。

更に、象徴である。
幸いに、日本は、天皇を戴いている。
これは、僥倖である。

個人の価値観の多様化は、素晴らしい。
そして、自由である。
それも、日本は、憲法で保障されている。

しかし、公の場に出た場合は、一つの価値観を共有する礼儀というものが、必要になる。

それが、国旗掲揚と、国歌斉唱の際の、起立である。
更に、戦争犠牲者に対する、畏敬と、慰霊である。

国民としての、常識である。
それが、常識も、様々だと、いう、価値観と同じように考えると、誤る。

先の、共同幻想と同じように、持つべきであり、子供たちに伝えるべきである。
そうでなければ、国が、滅びる。

滅びるとは、その精神が、崩壊する。
更に、国に対する、思いが、全く無くなる。

それは、どういうことか・・・
いくら、国会議員を選挙で選んでも、その、基準が無いということ。

投票して、自分に利益のある、議員を選ぶという、第三国のような、国に堕落するのである。

更に、国のために、という、大義も失われる。
また、そのように、言う候補者がいないし、語っても、信じられないのである。

いつまでも、拉致被害者をそのままにしている、日本の政治家を、誰が、信じられるだろうか。

遺族もそのうちに、死ぬから、忘れ去られる・・・
そんな馬鹿なことを、言う、馬鹿がいる。

国なんて・・・
ところが、すべて、国によって、成り立っているのである。
だから、国民国家であり、自由民主主義というものを、信じていられる。

賢い馬鹿は、海外に出て、日本人を意識することは、無いなどと、言う。

自分の能力で、国境など、関係ないと言いたいのだろうが・・・
そんな人間が、他国で信用されるのか・・・

自国に誇りの無い人は、他国に国籍を持っても、誰も信用しない。

この人間は、国など、どうでもいいと、思っていると、思われるのが筋である。

自国を裏切る者は、他国をも、裏切るのである。
当然だ。

世界市民などという、麻薬に冒された人間が言う、アホな話を信じている馬鹿は、いなだろうが・・・
いるのである。

常識的に考えて、それは、成り立たない。
国と、民族の誇りをもてない者は、どこに出て行っても、信用されない。

ある、外国人が、自分の国を信用できない・・・
自分の国は・・・
私も、それを聞いて、彼を信用しなくなった。

アメリカ人であれ、ドイツ人であれ・・・
自国を敬愛しなければ、海外に出て、信用されない。

だから、日本を愛する・・・と、外国人が言う・・・
それで、私は、喜ばないのである。

自国を敬愛して、日本も共に、愛するというなら、信用できる。

親を否定して、わが身の存在を、肯定する馬鹿はいないだろう。

私は、そのように、考える。
これも、一つの価値観である。





posted by 天山 at 06:52| 沈黙を破る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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