2013年09月15日

神仏は妄想である。440

更に、分析を続ける。

イエスは、神なのか・・・

新約聖書、福音書が書かれたのは、イエスの死後何年も経てからである。
そのうち、三つの福音書では、イエスが、神と呼ばれていないのである。

新約聖書に含まれる、その他の書には、福音書より、古い伝承が見られる。
使徒言語録に収録されている、使徒の言葉の一部が、ルカが使徒行伝を書いた何年も前に、活動している。

つまり、それは、ルカが福音書と使徒行伝を書く、数十年前に出ていた、言い伝えである。
それでも、使徒行伝には、イエスが神とは、書かれていない。

神がイエスに特別な地位を授けたのは、復活したときだという、原始的な信仰が述べられている。

イエスは、神によって力を与えられた、奇跡を起こす人間であるが、神ではないのである。

ペトロの説教である。
だから、イスラエルの全家は、はっきり知らなくてはなりません。あなたがたが十字架につけて殺したイエスを、神は主とし、また、メシアとなさったのです。

死後、復活して、初めて、神はイエスを主とし、メシアとした・・・

イエスは、どこから、神の子になったのか・・・
パウロが、詩篇から、
あなたはわたしの子、
わたしは今日あなたを産んだ
と書いてあるとおりです。

それが、復活のことだというのである。

なんとも、へんちくりんなことになった。
が、この、へんちくりんなことが、多々続いてゆくのである。

膨大な旧約聖書の言葉から、抜き出して、都合よく解釈するというのは、キリスト教の、特徴である。

復活によって、イエスが、主となり、神の子となった。
それが、キリスト教信仰の最古の姿。

だが、復活の後ではなく、宣教時代から、イエスが神の子であるという、考え方になるのは、時間の問題だった。

最古の福音書、マルコでは、イエスが、ヨハネから洗礼を受けたときであるという。

天が割れ、鳩の姿を借りた聖霊が、彼の上に舞い降りてくる。そして、「あなたは私の愛する子、わたしの心に適う者」という声が、天から降るのである。

つまり、マルコの集団は、そのように信じたのである。

さて、古代ユダヤ人にとっては、「神の子」であることは、神であると同義語ではない。
旧約聖書では、何人もの登場人物が、神の子と呼ばれた。

完全なる人間である、イスラエルの王も、神の子とされる。

または、イスラエル王国全体が、神の子でもあるのだ。

そして、神の子とは、地上における、神との仲介者であることを、意味した。
神の子は、神がその意志を現すために選んだ、神と特別な関係のある、人間だった。

マルコでは、メシアとして、定められたために、神の子であり、その使命は、生贄として、贖罪をもたらすべく、十字架で死ぬことだったとされる。
ところが、福音書の何処にも、イエスが神だという、記述は無い。

その十字架で死ぬことも、政治的な意味であり・・・
彼らが、後付した、贖罪のために、では無い。

時代が経るに従い、洗礼を受けたときに、神の子になったという、考え方が多数になる。

次の、ルカは、生まれた瞬間から、神の子と定義した。
だから、処女懐胎の物語が、加えられた。
マリアが受胎したときに、イエスが、神の子になったと解釈する。

聖霊があなたに降り、いと高き方の力があなたを包む。だから、生まれる子は聖なる者、神の子と呼ばれる。

だが、最も新しい、ヨハネは、イエスが、神の子だった時点を、更に遡らせた。
永遠の昔からというものである。

そして、イエスの神性に言及しているのは、ヨハネだけだった。

キリストは、天地創造以前から、そもそもの始まりから、神の言として、神と共にいた、神の子である。そうして、人間として、この世に降臨したのである。

これが、後に、キリスト教の標準的な、キリスト教教義になるのである。

これは、思想である。
イエスが神性を宿すという思想は、後世のキリスト教徒が、思いついたものである。
つまり、ヨハネ集団の、思いつきである。

ヨハネの伝承は、実に他の福音書とは、違うのである。
他の福音書とは、格段に違う程、イエス・キリスト観を高めている。

兎に角、作られていった、イエス像である。
本当のイエスは・・・

そこで、研究家たちは、一体、イエスの本当の言葉は、福音書のどれかと、分析し始めたのである。

更に、イエスの、本当の立場である。
イエスは、何者だったのか・・・

すると、キリスト教が言うことが、全くの嘘であることが、解る。

今も、キリスト教は、イエス像を作り出している。
そして、それらが、妄想の最たるものであることだ。



posted by 天山 at 05:56| 神仏は妄想第九弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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