2013年09月13日

神仏は妄想である。438

それでは、事実はどうであったか。イエスの一大説教は、実はさまざまな折に語られたイエスの言葉をもとにして、教団自身が再構成したものなのだ。言葉と言葉のあいだの論理的構築が弱いのは、それらがもともとバラバラな言葉であった結果にすぎない。われわれの眼前には、原始キリスト教という名の「弟子たち」、最初のキリスト教徒の小さな群れが、彷彿と浮かび上がってくる。
山形

まさに、その通りであり、更に、問題は、周囲に対する彼らの対応である。
新しいユダヤ教の一派である、イエス教団は、周囲からの攻撃を受けた。

ユダヤ教の、パリサイ派、律法主義者、そして、偽預言者たち・・・
偽物が否かは、誰が決めたのか、解らないが・・・

兎も角、イエスを崇拝する者たちにとって、他の預言者は、偽物なのである。

こうした共同体の切迫した必要性に応じて、イエスの言葉は結集され、形をととのえて提示された。それが、「山上の垂訓」である。「山上の垂訓」は、教団生活の、いわば生活綱領であり、新しいプログラムであったのだ。イエスの言葉は、こうした視点から再生されている。
山形

特に、マタイの場合は、ユダヤ教でも、上位にある人たちのグループであることから、ファリサイ派に対して、敵意むき出しである。

同じ話でも、マルコとルカが、書かないことを挿入するのである。

以下
二人が出て行くと、悪霊に取り付かれて口の利けない人が、イエスのところに連れられてきた。悪霊が追い出されると、口の利けない人がものを言い始めたので、群集は驚嘆し、「こんなことは、今までイスラエルで起こったためしがない」と言った。しかし、ファリサイ派の人々は、「あの男は悪霊の頭の力で悪霊を追い出している」と言った。

この調子で、色々な場面で、ファリサイ派を攻撃し、敵とみなしている。

ただ、こうした伝承は、後期に見られる。
古い伝承には、こうした図式は、見られないのである。

マルコでは、イエスが誉めた律法学者を、マタイでは、イエスを試そうとしたと、書かれている。

それぞれの、福音書を読み込むと、そういう矛盾が、沢山ある。

イエスを崇拝する、それぞれの共同体が、それぞれに、理論武装を余儀なくされたと、考えていいのである。

明白なことは、伝承を生み出したものは、イエスに対する歴史的関心ではなく、教団自体の生活に根ざした要求であったということである。
山形

さて、問題は、イエスから、キリストへである。
ルカに多いが、イエスは、「神からつかわれさたもの」、天からやってくる「人の子」として、語る。

イエスは、神ではない。
つかわされた者である、との、福音書の宣言であるが・・・
それが、どうして、キリストになっていったのか・・・

ところで、神の子、という表現は、イエスだけの話ではない。
イスラエルの人々は、皆、神の子なのである。

さらに、ルカの書いた、使徒行伝には、イエスが神とは、一言も書かれていないのである。

とても単純なことだが、神がいて、イエスも神の子で、神だとすると、神は、二人いることになる。
唯一の神ではない。
その簡単な、矛盾に対して、とてつもない、妄想を生み出してゆく、キリスト教共同体である。

最後に行き着いたのは、三位一体説である。

だが、そこまでに至るには、まだ、話がある。
ペトロの説教である。
ナザレのイエスこそ、神から遣わされた方です。神は、イエスを通してあなたがたの間で行われた奇跡と、不思議な業と、しるしとによって、そのことをあなたがたに証明なさいました。・・・

ここでは、イエスは、神によって力を与えられた、奇跡を起こす人間であるが、神そのものではない。

そして、ペトロは、
だから、イスラエルの全家は、はっきり知らなくてはなりません。あなたがたが十字架につけて殺したイエスを、神は主とし、またメシアとなさったのです。・・・

つまり、死んだ後で、復活し、神はイエスを主とし、メシアにしたのである。

見事な嘘である。

後に、これが、論争を呼ぶ。

パウロの言う。
わたしたちも、先祖に与えられた約束について、あなたがたに福音を告げ知らせています。つまり、神はイエスを復活させて、わたしたち子孫のためにその約束を果たしてくださったのです。それは詩篇の第二編にも、
「あなたはわたしの子
わたしは今日あなたを産んだ」
と書いてあるとおりです。

イエスは、どの時点で、神の子になったのだろうか?
「わたしは今日あなたを産んだ」とあるとおり、復活したときである。
バート・D・アーマン

これは、キリスト教信仰の最古の姿であるように思える。イエスは、神によって、その威力を示すための力を授かった人間だった。彼は、ユダヤの指導者に受け入れられず、殺された。しかし、神は、彼を蘇らせ、高い地位につけることによって、彼が義であることを証明してみせた。
アーマン

だが、復活の後ではなく、宣教活動時代を通して、イエスが神の子だったと考える信者が出現するのに、そう時間はかからなかった。

と、この辺りを、もう少し追求するとして・・・

イエスを殺しのは、ユダヤ人であるが・・・
本当は、政治的なものだったのだ。
それは、その前後の歴史を俯瞰すれば、よく解る。




posted by 天山 at 06:57| 神仏は妄想第九弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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