2013年09月09日

神仏は妄想である。434

あくまでも、福音書の中では、イエスの治癒物語は、言葉によるものである。

更に、福音書には、イエスが、病人を汚れた者、罪人としては、扱わないのが、
特徴である。

マルコでは、
医者を必要とするのは、健康な人ではなく、病人である。わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである。
と、語らせる。

しかし、この表現も、不思議だ。
罪人を招くため・・・
ここに、マルコの考え方がある。
それは、以前にも書いた通り。

福音書の中での、イエスの言葉は、強烈である。
その強烈な言葉によって、イエスは、癒しを行う。

そこで、問題なのは、歴史的なことである。

驚異の治癒神アスクレピオス崇拝と、キリスト教との競合の歴史からすると、四世紀はその最後の決着のための激しい攻防の世紀であったようにおもわれる。
山形

そこに政治力、権力が関わることになる。

つまり、
すでに歴史に登場した若々しい治癒神イエスの優位は、動かなかったが、それを確認する権力基盤は、いぜん不確定なまま事態は進行していた。最後の決着はローマ皇帝の権力に握られていたのである。いったい、病気なおしの神は、権力にとって何であったか。治癒神イエスの登場には、始終一貫、この問題がからみついているようにおもわれる。
山形

313年、コンスタンティヌスの宗教寛容令により、それまで、非合法化されていた、キリスト教が、ローマ、アテネの各都市で、市民権を獲得する。

更に、公然と布教活動が開始された。

それは、同時に、都市化に伴う悪疫の流行に苦しむ民衆にたいする、活発な治癒活動の解禁をも意味していた。
山形

問題は、ここである。
コンスタンティヌスが、キリスト教への改宗の証のために、それまで勢力を振るっていたキリスト教以外の宗教に対して、破壊の厳命を下したことである。

勿論、アスクレピオスの神殿も。

アスクレピオスは、治癒神の座から引き摺り下ろされ、詐欺師として、告発される。
勿論、告発には、権力が必要である。

エーゲ海の町の治癒神は、イエスへと、交替したのである。

その間の、様々な資料もあるが・・・
省略する。

結論だけを言えば、すべて、権力によるものである。
イエスが、治癒神として、成功したのも、権力の介入によるのである。

そこに、正統、異端という言葉が、出てくる。
これも、後々まで、中世に至るまで、続く・・・
そして、その後も・・・

更に、その頃、すでに教会、そして、司祭たちが、姿を現しているのである。

その後の、歴史は、使徒権と、一つになっていた、治癒権が、法衣をまとう、教皇、枢機卿たちの操作する、権力により、迅速に収束されてゆくのである。

如何に、作為があるかということだ。

何一つ、所持するものがなかった、イエスと、その弟子・・・
それが、いつの間にか、位階制度が生まれ、国家権力と結合し、一大権力機構にまで、発展するのである。

そこに、イエスは、もはや、存在していないのである。

山形氏は、
313年のミラノ勅命によるキリスト教公認によって、早くも、その最初の一歩が踏み出されたということで、あの驚異と不思議の治癒神イエスは、次第に精巧なドグマのキリスト像に仕上げられ、四世紀をすぎる頃には、癒しの宗教としての原初の姿を急速に失っていくことになる。治癒神イエスの驚異の奇跡は、新しい礼典主義に閉じ込められてしまうのである。
と、言う。

ところが、民衆の方は、別である。
教会の礼典主義に飽き足らず、密かに、あるいは、公然と、治癒に対する、思いを行為していたのである。

それが、イコン崇拝と、聖母マリア信仰である。

イコンとは、像である。
イエス、マリアの像・・・

カトリックは、もとより、ギリシャ正教、コプト教、エチオピア正教・・・
そこには、イコン崇拝と、マリア信仰がある。

そこにも、忘れられた、カナン神話の原型がある。
歴史は、断絶してあるのではない。

それが、移行する、取って代られるのである。

カトリックのマリアに対する、思想は、悲しみのマリアと、祝婚のマリアがある。
中世の教会教父たちは、二つのマリア像を、教会の一つの理念として、如何に、定着させるかと、神学的に、努力したのである。

マリア神学・・・
権力により、葬られた、カナンの女神の、悲嘆と歓喜の花嫁の似姿・・・
キリスト教の基盤は、実際、多くの葬られた、歴史的神話によって、形作られてゆくのである。




posted by 天山 at 06:09| 神仏は妄想第九弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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